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【第二話】意中の騎士とやっっっと恋仲になったのに何故か一向に手を出してこないので、ここらで一服盛ることにした件について

【第二話】その5

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 えぇ、えぇ、オレが馬鹿でした。楽観が過ぎました。
 いつが分岐点だったのかなんて分からないけど、もっと早い時点で何らかの挽回策を打っておくべきでした。


 サスが悪い訳じゃないけど、お迎え来てくれたから何だって言うんだ。
 送り迎えなんてものはちょっとした忍耐さえあれば、好きでない相手でもこなせる簡単なお仕事だ。キスやハグやその先とは全然違う。


「シオン、これも美味いぞ。このソース、お前の好きそうな味だ」
 向かいの席でアレクは機嫌良さそうに、食事をしている。
 そうだ、別に嫌われてはいない。ただ、それがオレの思っている意味合いとは違ったというだけの話だ。
 オレはアレクの親友として、きっと今も変わらぬポジションにいるだろう。
「ん、ホントだ。いいな、このソース」
「だろう?」


 アレクの抱えていた仕事は、先週半ばには片が付いた。
 オレの方も新人の修練のカリキュラムが週末にはひと段落し、丁度良いから久しぶりにお前の部屋で飲もうよと誘いをかけた。だって落ち着いたら食事でもと言っていたから、まさにナイスなタイミングだったはずなのだ。


 それなのに、やっぱり断られてしまった。週末は実家に用事があると言うのである。
 まぁ、そういうこともあるだろう。何故よりにもよってこの週末なんだとは思ったが、家族との付き合いも大切だ。じゃあ来週にしようと言ったら、分かったとアレクも頷いてくれたのだ。
 で、その来週というのが今日なのだが。


「この間、新入りのマシュが腕をやっただろ」
「え、あぁ。ヒビだけで済んでまだ良かったよ。折れてたら大変だった」
「だな。俺も顔を覗きに医務室に行ったんだが、丁度マシュは眠ってて」
「あぁ、元々睡眠不足による注意力の低下が事故の原因だったしなぁ」
 件の新入りは根を詰めて自主練をしすぎたらしい。睡眠時間を削ってまでやるようなことではないのだが、同期の中でも体格に恵まれていないことをとりわけ気にしていたらしく、それ故の行動だった。その辺りについては、気持ちも分からなくはないので今後もフォローを入れて行く必要を感じている。
「その時、医務室のレイチェルとちょっと談笑したんだよ。せっかくだからと何かいい店ないかって訊いたんだ」
「それがここ?」
「あぁ」
 確かに、美味しい。なんだか店の雰囲気もオシャレだし、いつもよりワンランク上で特別感はある。
 これが何事も順調な恋人同士のお食事デートなら、オレも何も心配しないのである。むしろ喜ぶところなのだろう。


 だが。


「確かにこの鴨肉もすごく美味しいし、窓からの眺めもいい」
「やっぱり女性は色々と知ってるな。ここ、最近できたばかりの店らしいぞ」


 オレの思考はネガティブに傾いているので、そうなんだ、わざわざ探したんだという感想で占められていた。
 しばらくすれ違いが続いていたし、断ってばかりで悪いと思ったのかもしれない。だからちょっといいところで食事をとでも思ったのかも。
 だけど、オレはその前の週に言ったのだ。久しぶりにお前の部屋で飲みたい、と。
 それを華麗に躱された。
 そんな風に感じている。
 それに気付いてしまったのだ。


 前まではよくアレクの部屋で飲んでいた。そのまま泊まっていくなんてこともザラだった。
 でも、関係が変わってからは一度もない。オレが行きたいと言うより、向こうから声を掛けてくることの方がずっと多かったのに、一切なくなった。
 そしてオレが行きたいと言っても、結局こうしてさり気なく別の場所になってしまっている。


 せっかくの料理も、集中して味わえない。気まずさとへこんだ気持ちを誤魔化すために、ワインばかりがどんどん進む。
「今日はよく飲むな」
「そういう気分なんだよ」
 気のせいだ、と思いたい。でも、やっぱりどう考えても距離を取られているし、二人っきりでべたべたするシチュエーションにならないように避けられている。


 オレの一方的な思い込みだろうか?
 こうやってうじうじ思い悩んでるなんてらしくない?
 そうかもしれない。


 結局、美味しかった、という語彙力皆無の感想しか抱けない状態でアレクと店を出た。


「結構飲んでるし、帰るか? それとももう一軒くらい行くか?」
「…………アレク」
「ん?」


 その二択なら、もう一軒行く方を迷いなく選ぶ。
 その二択しか、ないのなら。


「行きたい」


 でも、オレたちは付き合い始めたばかりの恋人同士のはずなのだ。
 仕事も片付けて、もう目下の課題は処理されたはずなのだ。いちゃいちゃしたって罰は当たるまい。


「アレクの部屋、行きたい」


 大体、発言が怪しいとか、こういう意図があるのかもとか、もしかしてもしかしてと想像だけで考えすぎなのが宜しくないのだ。正面からぶつかれば、ありもしない可能性でぐるぐるする必要はなくなる。すんなり受け入れてもらえるかもしれないし、何か理由があるにせよ、聞けば納得できるようなものかもしれない。


「……俺の部屋で飲みたいって?」
「というか、ぶっちゃけ飲みはどうでもいーんだよ。そうじゃなくて」


 握り込んだ手のひらに爪が食い込む感覚。


「しよ」
「……ん?」
「だーかーらー!」


 こんなにはっきり言わせるな、馬鹿。
 でも、察してくれくれ男にだってなりたくない。


「やらしーことしよって言ってんの!」
「――――」


 言った。ついに言ってやった。
 これだけはっきり言えばこっちの気持ちは伝わってるはずだし、相手の反応だってきちんと見極められる。


 多分、そんなに長くはなかったはずだ。でも少しの沈黙にも胸が圧迫される。気まずくて、必要なんてないのに足元の石畳の数なんて数え始めてしまう。


「それはほら、また今度」


 だけど。
 アレクから頂けたのは、またもや躱す言葉だった。
 顔を上げれば、おまけに目も泳いでいる気がする。


「……なんで」


 違う意味に取れないように、はっきりとした表現を選んだつもりだ。それをこうもはぐらかされるとは。
 それに、こうなると何だかオレばっかりいやらしことをしたがってる変態みたいで、それも辛い。


 なんで、どうしてとぐるぐる巡る思考とは別に、現実逃避するみたいにまだ石畳の目の数を数えている自分がいた。二十二、二十三、二十四、数えることに集中することで、痛みを誤魔化したいらしい。
「いや、悪い。実は明日朝早いんだ」
 じゃあいつならいいんだよ! と言いかけて、それではぐらかされたらもう本当に終わりだと思って喉元で急ブレーキがかかる。
「シオン」
 アレクがさっと当たりを見回してから、不意に手首を掴んできた。
「あ……?」
 路地裏に引き込まれ、頬に触れられる。残念ながらショックの方が強くて、全く胸など高鳴らない。


 触れられたら、嬉しいはずなのに。
 こんな風に顔が近づいて来たら、堪らない気分になるはずなのに。


「ん」
 唇と唇が重なった。アレクの唇はちょっとカサついている。


 丁寧で優しいキスだった。でもそれだけ、というものでもあった。
 ゆっくりたっぷり触れてはくれたけど、唇を割って口腔に舌が侵入してくることなどなく。


「シオン」


 触れるだけでおしまい。これ以上なんてないことは、アレクの様子を見ればすぐに分かる。
 こんな路地裏で、手早く簡単に済まされた。


 あぁ、そうか。
 舞い上がって舞い上がって、ちっとも地に足が着いていなかったらしい。
 初めからその場のノリか、いざ関係を持ってみたら思ったのと違ったのか、オレが何かそこまで幻滅させるようなことをやらかしたのか。


 あんなに、求められたと思ったのに。


 娼館での一夜を思い返すと、今のこの状況との落差に打ちのめされる。
 まぁあれだ、要するにそうだ。


 恋心に漬け込まれて、弄ばれた!


「断ってばかりで悪い。その」
 申し訳なさそうな顔ばかりお上手だな。嫌味は心の中だけで、実際のオレはアレクの言葉を遮って、全く別の言葉を並べ立てた。
「分かった。ごめん、朝早いならそうだよな、じゃあ二軒目もやめといた方がいいんじゃないか?」
「シオン」
「今日はここで解散にするか」
 これ以上は恥ずかしくて情けなくて、辛い。
「そうだ、アレク。こうやって食事とかもいいけどさ、また前みたいに勤務後、身体ならしに付き合ってくれよ。最近新入りの相手が多いから、本気の打ち込みできてないんだ」
 アレクは何か言いたそうにしている。でもオレはまだそれを聞きたくない。いつかは聞かなくちゃいけないだろうけど、心の準備をする時間くらいはもらったっていいはずだ。
「じゃあな、おやすみ」
「あ、あぁ、おやすみ」
 努めて明るく告げて、オレは多少強引に別れを告げた。
 いつもならアレクは家の近くまで一緒についてきてくれるが、そんなことされたら帰り道はオレにとってただただ地獄になる。


「ははっ、まさかまさかとは思ってたけど、マジか」


 正面切って、大怪我を負ってしまった。堪らない痛手だ。


 でも、これで分かった。
 躱されるお誘い、泳ぐ目、オレより優先される休日の予定。
 これはきっと間違いない、ただ飽きられた幻滅されたというだけではなく――――



「浮気だ!!!!」



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