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【第二話】意中の騎士とやっっっと恋仲になったのに何故か一向に手を出してこないので、ここらで一服盛ることにした件について

【第二話】その1

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 あれ? おかしいな?


 そう思ったのは、件の娼館騒動からひと月と半分ほど経った頃だった。
 娼館騒動とはつまりアレ、同じ王立騎士団所属のアレクセイ・ウィルストンが上官の娘とお見合いすると知り、長年こっそり片思いをしていたオレことシオン・ルブランがヤケになって娼館で暴飲していたあの件。


 美貌の騎士と言えば聞こえは良いけど、誘拐、付きまとい、同意なしに襲ってくる野郎共、恋人を取られたと掴みかかって来るご令嬢と、負の要素ばかり引き連れて来る自慢する気にもならないオレの顔を前に、店の女の子達が指名権を巡って争い始め、オレは彼女らに囲まれながら浴びるほど酒を摂取していたのだ。


 上官の娘との見合い。断れるものではない。告白すらできずに失恋が確定した状態。
 ヤケの一つや二つ起こしたい気分だった。
 が、何故かそこに当の本人であるアレクセイ氏が乗り込んできて、何やら説教を始めたかと思えばあれよあれよとお仕置きと称して抱かれてしまい、まぁ紆余曲折あって両想いであることが確認できた、あの娼館事件。


 そう、あれからもう一月半経っている。
 なのに。


「おかしいんだよ……」
 オレは路地裏にある馴染みの酒場で、同僚相手にグラスを傾ける。
「何がおかしいんだよ、っていうかあんまり飲むなよ」
「なんで?」
「なんでってそりゃ、お前に酔われでもしたら大変なことになるから……」
 本日終業後の誘いに付き合ってくれたサスが、向かいの席で苦い顔をする。
 手にしているのはそれほど強い酒ではない。そもそも滅法強い方なので、この程度では全く酔わない。そんなことは、同じ団に所属しているこの男ならよく知っているはずなのに。
「っていうか、飲みに行きたいならアレクを誘え?」
 サスに言われ、オレは渋面を作った。
 もちろん、オレも一番にお誘いはしたのである。だが。
「だって断られた。残務処理があるからって」
「そうなの?」
 ではその残務を手伝うと申し出れば、自分でどうとでもできるからとそちらもやんわり断られた。
 続けざまにお断りを申し渡され傷心の身となったオレは、それならばと同じ団の同僚たちに声をかけたのだが、これがまぁ面白いくらい袖にされる。


 今日は予定が、彼女とデートなんで、実家から呼び出し食らってて、まさに今この瞬間急用が入ったわ、行きたい気持ちは山々なんだけど持病の癪が等々。


 もしかしてオレって職場で嫌われてる? というくらい白々しくお断りを告げられ、最終的に泣きついたのがこちらのサスだった。
 ちなみにこちらの同僚、幼少期からゾッコンべた惚れの幼馴染がいるので、そういう意味でも心配のない大変得難い友人の一人だ。幼馴染に対してはヤンデレストーカーでは? 大丈夫か? といった様子ではあるが、それ以外は至って常識人である。


「アレクがお前の誘いを断るとか、珍しいな」
「っていうか、皆に断られるんだけど、なんで? オレ、なんかやらかした? あまりにあからさまに断られるんだけど」
 本日袖にされた人数を告げると、サスはだろうね、と溜め息を吐いた。
「そりゃあまぁお前、アレクの怒りを買いたくないからだろ」


 アレクの怒りを買いたくない。
 まぁ、確かにアレクは怒ると怖い。それは認める。


「アイツの怒り? なんでそんな心配をする必要が?」


 が、オレと飲みに行くのと、アレクの怒りを買うことの相関関係が分からない。
 仕事帰りに同僚と一杯二杯引っかけるのなんて、よくあることだ。オレは酒には滅法強いし、腕っぷしもある。酒場に行くと店にいた別の男が絡んで来たりすることは確かにあるが、大きなトラブルにせず収める術は身に着けているつもりだ。


「お前まだ無自覚なの」
 サスが呆れた顔をする。
「……何に対して?」
 自覚できていないことが何かあるだろうか。
 だって団員は身内みたいなものだ。もちろん、オレの入団当初や新入りが入って来た際に迫られたことはあった。だが、団内で邪な視線を向けて来たやつは即座に腕っぷしで制圧することを信条としている。オレを手籠めにしようなんて百年早いということを叩き込んで、関係を修正してきたのだ。
 大体はそれでどうにかなるし、そこまでしてどうにもならないヤツはそもそも問題ありと見做され、配置換えとなる。


 己を律することのできないヤツは、厳しい戦況に送られることもある第四師団には適さない。
 仲間の命を危険に晒しかねない。


 そう、同僚とはそれなりの信頼で結ばれているのだ。
 職業柄、そういうものがないとやっていけない。地味でキツイ業務も多いのだ。


「本音を言うならオレだって帰りたいよ」


 なのに、付き合ってくれたと思ったサスにまでそう言われてしまった。


「ひどい」


 オレが傷つかないと思っているのか。


 面と向かって言われれば、もう誤魔化しようがない。どうやらオレは団の中で嫌われているらしい。


「まぁひどい話だわな。無自覚っていうのは、そういうところな訳だけど。自覚がないのが幸せかもだし」
「……意味が分からん」
「人間、自分に向けられているものが大きすぎると、その正体を掴めなくて当然だよなって話」
 サスが宥めるように机に突っ伏したオレの頭をぽんぽんした。嫌いな人間に対してこういうことはしないような気はするが、言われたことを振り返れば何のことか心当たりはないが、要するにオレに客観性が足りていないのだと指摘されているように思う。
「……オレ、なんか皆に嫌な思いさせてる?」
「いやぁ、別に。シオンがどうのこうのって話ではない。触らぬ神に祟りなしってことだよ」
「はぁ」
 それはつまりこの場合、アレクがその“神”に当たるということで……と思考を巡らせていると、酒のアテのオリーブをつまみながらサスの方が話を戻してきた。


「それで何がおかしいって?」



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