8 / 11
8.怪物
しおりを挟む「では社交界に戻る必要はありません」
「は?」
聞き違いかと思い、リズベルは一応は夫である男を見上げる。
「貴女がお付き合いされたい方とのみ、細々と交流を続ければ宜しい。無理強いは致しません。見たくないものは見なければ良いのです。煩わしい物は全て放っておくのが良い」
「本気で仰ってる? パートナーも連れずに、貴方一人で公の場に出ると?」
「貴女が悪女だと言うのなら、オレのことなど気にする必要はない」
「それは……」
言われてみれば。
「確かに」
そうは思う。
しかしそれではあまりに自分に都合が良すぎるとも思った。
けれども彼自身もリズベルなどを連れて歩き回りたくない、他に愛人やら狙っているご婦人がいて、リズベルがいない方が好都合という事情があるのかもしれない。それならば納得できる。いや、納得できるだろうか。
押し付けられた結婚ではない。彼が望んだ結婚だった。意中の相手がいるなら、リズベルは端から必要ない。それとも既婚の身になることで、油断を誘えたりカモフラージュができたりしているのか。
考えを巡らせても、何も分からない。何故ならリズベルはこの夫のことを通り一辺倒のことしか知らないのだから。
交友関係も好みも、幼少の頃のことも何も知らない。知ろうとも、知りたいとも思わなかった。
「でもやはり違うな。リズベル、貴女は良心の呵責ではないと言う。そういう言葉はしっくりこないのでしょう。でも、そう、違う言葉を当てはめるなら」
貴女は恐れて、怯えているのです、とエヴァンは言った。
「人は心に誰しも怪物を飼っています。どんなに善良に見える人間の心にも、必ず」
ドキリとする。それは今日、リズベルも抱いた考えだったから。
「それは時に目を覚まし、普段からは想像もつかない振る舞いを表に出し、人間と言う生き物の醜さを容赦なく教えます。怪物をさほど目覚めさせずに済む人生、自覚せずに済む人生、存分に使いこなす人生。人の数だけ色々とあるでしょう。貴女は、貴女の中に潜む怪物の扱いがあまりお上手ではないようだ」
「何を、訳の分からない、勝手な解釈を」
怖いと思う。自分の中にいるだろう怪物よりも前に、目の前のこの夫が。
彼はいつでもリズベルを正当化しようとする。言葉を魔法のように操って。
「無理に悪女らしく振舞うのはおやめなさい。あなたのソレはどこかちぐはぐで、ボロだらけです」
「なんですって、んっ!」
不意に唇が温かいもので塞がれた。口付けをされていると一拍遅れて気付く。
「ん、んっ、っぁ!」
優しく食むように、包み込むように、柔らかな口付けを繰り返される。ペロリと割れ目を舐め上げられれば思わず反射で口を開きそうになったが、すんでのところでリズベルはそれを耐えた。
「犯した過ちが恐ろしいのなら、目を背ければいい。貴女は既に罰を言い渡されている身で、これ以上何を払う必要もない。けれど愛し愛され、幸せになることに違和感があるのならば、そうですね、ではそれをひとつの罰と、試練と捉えては? 思うのですが、修道院の門を潜って神に仕える選択はある意味逃げで、怠惰です」
「逃げ……」
言われて、バツの悪さがあった。確かに分かりやすい手段であるが故に、安易だと捉えることもできる。
「オレは貴女をお慕いしています。愛しているのですよ、もうずっとね。存分に愛され、甘やかされてください。幸せになりたくないのに、愛など信じたくないのに、誰かに心など預けたくないのに。なのに貴女はきっとそうなってしまう」
身体を抱き上げられる。寝台まで運ばれ、そっと横たえられる。
美しい笑みを湛えて、彼は言った。
「幸せにして差し上げます。存分に溺れてください。そして時折貴女は自分が幸せだということに気付いて、けれど自分が過去に仕出かしたことを思い出して、その乖離に恐怖する。どうです? 俗世にいる方が誘惑は多いのです。そういう場で耐えることの方にこそ、凪いだ平穏で祈りを重ねるより苦難が多く悪女たる貴女のツケとしては見合うのでは?」
11
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~
sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。
ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。
そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。


美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です

気だるげの公爵令息が変わった理由。
三月べに
恋愛
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。
王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。
そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。
「生きる楽しみを教えてくれ」
ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。
「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」
つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。
そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。
学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。
「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」
知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。
「無視してんじゃないわよ!」
「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」
「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」
そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。
「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」
ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。
(なろうにも、掲載)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる