元悪役令嬢・リズベルは今日こそ“理想の騎士”と離縁したい

東川カンナ

文字の大きさ
上 下
7 / 11

7.弁明の余地もなく、それがただ真実

しおりを挟む



「この事実を前にして、再度問います。貴女が修道院の門を潜り、厳格な教えの元贖罪の日々を生涯送る必要がどこにありますか」
「あります」
「貴女を悪役にした王太子やユリア嬢は貴女に強要した事などさほど気にせず、皆に祝福され、愛し愛され幸せに暮らしていると言うのに? 彼らは何も支払いをしていないのに? 貴女だって幸せになる権利があるはずだ」


 誤魔化すのは無理だな、と彼女は悟る。彼は本当に全てを知っている。何があったのか、全て。


「支払いは、して頂きました。借金の清算、王家の秘密財産からの融資、弟の治療費と医師、他国での療養生活の手配。姉の離婚協議と嫁ぎ先からの賠償金、依存症に対する治療」
 けれど見ていたのに彼は理解しないのだ。
 リズベルは、魂を売った。
「幸せとは何でしょうか。私はそれほど興味がないわ。愛し愛される必要など感じていません」
 悪意に身を任せた。一連の出来事は、自己犠牲による意に染まぬものではなかった。
「いけません」
 抱きしめる腕に力が込められる。まるでちょっとした隙間からリズベルが煙のように擦り抜けてしまうと思っているような、縋るような抱擁。
「貴女には愛される権利が、自由が、義務がある」


 あぁ、やはり居心地が悪い。リズベルは再度そう思う。
 教えてあげなくては。夢見がちな彼に、教えてあげなくては。


「いいえ」


 彼はよく見ていた。だから事情には、一つ一つの事実には詳しい。
 けれど、傍から見ていただけでリズベルの心の内など読めるはずがないのだから。


「だって私はあの子が憎かった」


 これは偽りのない悪女の本心。


「だから色々としたのよ。幼稚で、卑怯で、心のないことを。本当に、憎かったの」


 何も持っていないクセに無条件に愛されるあの子が、不安のないあの子が、何をせずとも未来を約束されたあの子が。
 人の犠牲の上でのうのうと生きていけるだろうあの子が。
自分はこんなことを命じられる立場で、こんなことをしなければ生きていけない。
 しなくていい、彼女のことが憎かった。本当に本当に憎かった。
 リズベルのした一つ一つの悪行には、間違いなく彼女自身の悪意が、憎しみが込められていた。
 結末は決まっている。彼女は最終的に幸せな居場所を手に入れる。それはもう、変えようがない。
 だから。


 どうかその過程で彼女が少しでも苦しみますように。嫌な思いをしますように。人の悪意に怯える日々を過ごせばいい。
 そういう風に、本当に思った。最後には半ば、己の意思でやったと言ってもいい。


「貴方は私が嫌々やっていたと思っているのね。可哀想だと同情しているのでしょう? 本当は私の心根が清らかだと、そういう幻想を見ているのだわ」
「修道院の門を叩こうとするのは、良心の呵責があるからでは。進んでやった部分があったとしても、それに対する後悔がない訳ではない」
「いいえ」
 良心の呵責。それもきっと少し違う。
「言ったでしょう。数年後に社交界に戻されるのが嫌なだけ。周りから下世話な目を向けられるのも、幸せそうに一段高いところから微笑み合っているお二人を見るのも、心の底から気分が悪いからです。静かなところでそっと暮らしたいと願って何が悪くて? それはもちろん、自分が蒔いた種と言われればそうですけれど、私、その責任を延々と取り続けるのは御免だわ。望みもしない貴方との結婚くらいで清算して頂きたいの」
 良心が痛むのではない。リズベルは一連の出来事を通じて、己を心から嫌悪したのだ。いとも簡単に堕ちた誇りやら高潔さやらに驚いた。自分という人間の本性を知り、これは御せるものではないのではとも思った。
 ユリア嬢は憎いし、自分自身ももう昔のようには振舞えず、社交界は魔の巣窟。
 夫の正体は今ひとつ掴めない。
 逃げ出したくもなるというものだ。他人の玩具にされたくはない。


「――――分かりました」
 少しの沈黙の後、エヴァンは言った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

歪んだ恋にさようなら

木蓮
恋愛
双子の姉妹のアリアとセレンと婚約者たちは仲の良い友人だった。しかし自分が信じる”恋人への愛”を叶えるために好き勝手に振るまうセレンにアリアは心がすり減っていく。そして、セレンがアリアの大切な物を奪っていった時、アリアはセレンが信じる愛を奪うことにした。 小説家になろう様にも投稿しています。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

悪役令嬢の里帰り

椿森
恋愛
侯爵家の令嬢、テアニアはこの国の王子の婚約者だ。テアニアにとっては政略による婚約であり恋をしたり愛があったわけではないが、良好な関係を築けていると思っていた。しかし、それも学園に入るまで。 入学後は些細なすれ違いや勘違いがあるのも仕方がないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。いつの間にか王子のそばには1人の女子生徒が侍っていて、王子と懇意な中だという噂も。その上、テアニアがその女子生徒を目の敵にして苛めているといった噂まで。 「私に他人を苛めている暇があるようにお思いで?」 頭にきたテアニアは、母の実家へと帰ることにした。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処理中です...