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7.弁明の余地もなく、それがただ真実
しおりを挟む「この事実を前にして、再度問います。貴女が修道院の門を潜り、厳格な教えの元贖罪の日々を生涯送る必要がどこにありますか」
「あります」
「貴女を悪役にした王太子やユリア嬢は貴女に強要した事などさほど気にせず、皆に祝福され、愛し愛され幸せに暮らしていると言うのに? 彼らは何も支払いをしていないのに? 貴女だって幸せになる権利があるはずだ」
誤魔化すのは無理だな、と彼女は悟る。彼は本当に全てを知っている。何があったのか、全て。
「支払いは、して頂きました。借金の清算、王家の秘密財産からの融資、弟の治療費と医師、他国での療養生活の手配。姉の離婚協議と嫁ぎ先からの賠償金、依存症に対する治療」
けれど見ていたのに彼は理解しないのだ。
リズベルは、魂を売った。
「幸せとは何でしょうか。私はそれほど興味がないわ。愛し愛される必要など感じていません」
悪意に身を任せた。一連の出来事は、自己犠牲による意に染まぬものではなかった。
「いけません」
抱きしめる腕に力が込められる。まるでちょっとした隙間からリズベルが煙のように擦り抜けてしまうと思っているような、縋るような抱擁。
「貴女には愛される権利が、自由が、義務がある」
あぁ、やはり居心地が悪い。リズベルは再度そう思う。
教えてあげなくては。夢見がちな彼に、教えてあげなくては。
「いいえ」
彼はよく見ていた。だから事情には、一つ一つの事実には詳しい。
けれど、傍から見ていただけでリズベルの心の内など読めるはずがないのだから。
「だって私はあの子が憎かった」
これは偽りのない悪女の本心。
「だから色々としたのよ。幼稚で、卑怯で、心のないことを。本当に、憎かったの」
何も持っていないクセに無条件に愛されるあの子が、不安のないあの子が、何をせずとも未来を約束されたあの子が。
人の犠牲の上でのうのうと生きていけるだろうあの子が。
自分はこんなことを命じられる立場で、こんなことをしなければ生きていけない。
しなくていい、彼女のことが憎かった。本当に本当に憎かった。
リズベルのした一つ一つの悪行には、間違いなく彼女自身の悪意が、憎しみが込められていた。
結末は決まっている。彼女は最終的に幸せな居場所を手に入れる。それはもう、変えようがない。
だから。
どうかその過程で彼女が少しでも苦しみますように。嫌な思いをしますように。人の悪意に怯える日々を過ごせばいい。
そういう風に、本当に思った。最後には半ば、己の意思でやったと言ってもいい。
「貴方は私が嫌々やっていたと思っているのね。可哀想だと同情しているのでしょう? 本当は私の心根が清らかだと、そういう幻想を見ているのだわ」
「修道院の門を叩こうとするのは、良心の呵責があるからでは。進んでやった部分があったとしても、それに対する後悔がない訳ではない」
「いいえ」
良心の呵責。それもきっと少し違う。
「言ったでしょう。数年後に社交界に戻されるのが嫌なだけ。周りから下世話な目を向けられるのも、幸せそうに一段高いところから微笑み合っているお二人を見るのも、心の底から気分が悪いからです。静かなところでそっと暮らしたいと願って何が悪くて? それはもちろん、自分が蒔いた種と言われればそうですけれど、私、その責任を延々と取り続けるのは御免だわ。望みもしない貴方との結婚くらいで清算して頂きたいの」
良心が痛むのではない。リズベルは一連の出来事を通じて、己を心から嫌悪したのだ。いとも簡単に堕ちた誇りやら高潔さやらに驚いた。自分という人間の本性を知り、これは御せるものではないのではとも思った。
ユリア嬢は憎いし、自分自身ももう昔のようには振舞えず、社交界は魔の巣窟。
夫の正体は今ひとつ掴めない。
逃げ出したくもなるというものだ。他人の玩具にされたくはない。
「――――分かりました」
少しの沈黙の後、エヴァンは言った。
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