5 / 11
5.その誠実そうな顔の下に、一体どんな企みを
しおりを挟む湯を浴びて、食事は自室で済ませた。エヴァンの顔は見たくもなかった。
「やり方がぬるかったのかしら……」
夫に見つからないうちに修道院に駆け込み、俗世を捨てる。
そのやり方そのものに問題があるのかもしれない、と窓辺から庭を見下ろしながらリズベルは考える。
「できるだけひっそりと、醜聞にならないようにと言うのが間違いだったのかも。そうね、今更一つや二つ、汚名が増えたところで気にするようなものでもないわ。もっと派手に騒ぎ立てて、周りを巻き込んで、彼が拒めない状況を作り上げるとか。そうよ、もういっそ彼を悪者に仕立ててしまってもいいわ。信じる信じないなんてどうでもいい、そう、結婚の誓約を破棄できるような」
気は進まないが、不貞も一つの手段だろう。罪には問われるが死罪にはならないし、流刑なんかになれば何もかもが丁度良い。
「相手を巻き込むのは不本意だけれど、まぁそこはお金で解決しましょう」
何せ、リズベルには特に使うアテのないまとまった財産がある。
今後の方針転換を決意した時だった。
コンコンと、控えめなノックの音が響く。
「エマ? 今日はもう下がっていいと言ったはずよ」
部屋付きの侍女が来たのだと思ってそう声を向ける。
けれど返事はなく、了承を得てもいないのに扉が内側に向けて押される。
「!」
そんなことをする人物はこの屋敷には一人しかない。
「入室を許した覚えはありません」
自分よりもこの夫の方にこそ全権があるのだと分かりながら、不機嫌丸出しでリズベルは溜め息を吐いた。
「忘れ物をお届けに」
「忘れ物?」
そんなものがあっただろうか。
エヴァンは特に何を持っている様子でもない。
「そんな窓辺にいては冷えるでしょう。春が近いとは言え、まだまだ寒さは和らいでいないのに」
余計なお世話ですと言う前に、ソファの背に掛けてあったガウンを手に取りエヴァンはリズベルの肩に掛けた。そのまま包み込まれるように腕を回されてしまい、リズベルは抵抗するように身体を揺らす。
「ほら、やはり冷えている」
もちろん、そんなものをエヴァンは気にしない。
するり、リズベルの左手を取ってその薬指の付け根をくすぐる。
そうして背後で何か探る気配がしたと思ったら、反対の手が月明りに光るリングを取り出した。
「あ……」
リズベルが逃走の最中外して馬車に隠した結婚指輪だった。
「結婚に際して、貴女は私を永遠に自分のものにするのだと約束したではありませんか。違いますか?」
確かにした。けれどそれは式におけるお決まりの文句であり、リズベルが特別に望んで織り込んだものではない。
ぎゅっと抱き竦められる。耳元で低い声が熱っぽく囁いた。
「捨てられるだなんて、思わないでください」
「無理な相談だわ」
「何故です? まだ王太子殿下に未練がありますか?」
ない。全くない。
「え、えぇ、そうよ」
ないが、そう言わなければ説得力がない気がしてリズベルは是と返した。
「酷い人だ。こんなに愛を、献身を捧げても、貴女はオレには見向きもしない」
“オレ”という本当にプライベートな空間でしか使わない呼称に、ドキリと胸が騒いだ。それを無視するようにリズベルはつっけんどんな態度を意識して問う。
「貴方、何を企んでらっしゃるの」
「企む?」
不思議そうな声が上がった。演技なら見事なものだ。
「殿下とどんな取り引きをしたの。もうそろそろ、教えてくださってもいいんじゃなくて?」
「取り引きとは」
「私を押し付けられる代わりに、何を得る約束を、あるいは何を清算する約束を取り付けたの、と訊いているの」
「オレが陛下や王太子殿下に貴女との結婚の許しを願ったのは、純粋に元から貴女をお慕いしていたからですが」
「まぁ、とんだご趣味をされてるのね。世間から後ろ指指される悪女を慕っていただなんて。嘘はもう少し上手についてくださらない? 冗談としても面白みがないわ」
ハッと鼻で笑い飛ばしたが、エヴァンはそれは気にせず彼女の言葉を意味深に繰り返した。
「世間から後ろ指指される悪女、ね」
そうして問いかける。
「殿下と取り引きしていたのは、貴女の方でしょう」
「はい?」
「自分がそうだったから、オレもまたそうだと考える」
「……意味がよく」
「分かるはずだ」
6
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説


歪んだ恋にさようなら
木蓮
恋愛
双子の姉妹のアリアとセレンと婚約者たちは仲の良い友人だった。しかし自分が信じる”恋人への愛”を叶えるために好き勝手に振るまうセレンにアリアは心がすり減っていく。そして、セレンがアリアの大切な物を奪っていった時、アリアはセレンが信じる愛を奪うことにした。
小説家になろう様にも投稿しています。

気だるげの公爵令息が変わった理由。
三月べに
恋愛
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。
王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。
そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。
「生きる楽しみを教えてくれ」
ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。
「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」
つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。
そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。
学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。
「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」
知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。
「無視してんじゃないわよ!」
「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」
「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」
そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。
「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」
ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。
(なろうにも、掲載)

モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。


乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。

悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる