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第二章
二大悪女
しおりを挟む処刑の日
空には重苦しい雲が低く垂れこめている。
広場にはヴァルコフ国王一家の処刑を見ようとする群衆が押し寄せていた。
人々のざわめきが空気を震わせ、緊張感が漂う。
一家がみずぼらしい格好で連れてこられると、群衆は怒りと憎しみを露わにし、若者たちは声を張り上げて罵声を浴びせ、中には石を投げる者もいた。
老人は震える手で祈りを捧げている。
ロータスは壇上からその光景を厳しい顔をして見ている。
処刑台の周りは武装した兵士たちが厳重に警備しており処刑人は無表情で準備を進めていた。
彼の手には鋭く光る斧が握られている。
処刑をするのは息子たちから。ヴァルコフに自分の子どもが処刑されるのを見せつけるのが目的だ。
最初はバーバラが処刑台にあげられた。失禁しながら私は何もしてないとブツブツ言っている。
処刑人が一歩前に進み出ると、握られた斧が鈍い光を放ちながら高く振り上げられた。
その瞬間、群衆の中から一斉に息を呑む音が聞こえた。
見逃すまいとその視線は一点に集中しシンと静まり返る。
斧が振り下ろされ鈍い音が広場に響き渡った。
数秒の静寂を突き破りワーッという勝利の雄叫びのような声が湧き起こる。
次はカリアス、そして側室たちの首が次々と刎ねられた。
アナスタシアが処刑台に上がると顔面蒼白で血の涙を流すヴァルコフが地に響くような低い声で呟いた。
「お前が発端なんだ。ロータス、お前のせいで何もかもがむちゃくちゃになった。あの時助けてさえいなければ……」
その時、興奮冷めやらぬ群衆の合間を縫って一人の女性が処刑台に突進して行く。
「ちょっとどいて、どいてください!」
「クリビア!?」
壇上のロータスがすぐに気付いて急いで彼女の元へ走って行った。
「アナスタシア!」
「!? クリビア様!!」
クリビアが無謀にも処刑台の上に上がろうとすると、まさかこんなことをする若い女がいるとは思ってもいなかった警備兵は慌てて彼女の髪を掴んで引っ張り引きずり倒した。
「きゃぁっ」
「やめろ! 警備兵! やめるんだ! おい、彼女に乱暴を働くなと警備兵に伝えろ!!!」
ロータスの声は群衆のざわめきで届かない。
頭のおかしい女だと思った警備兵が容赦なく切り捨てようとするとランス伯爵が間一髪で遮った。
そしてロータス、近衛騎士らが辿り着いて即座に警備兵に剣を納めさせた。
「クリビア、何をしているんだ!」
「ロータス様! アナスタシアを処刑しないで!」
「!」
クリビアはそう言って処刑台に上がった。
ランス伯爵とロータスも彼女の後を追い、近衛騎士と警備兵も上がったため処刑台の上は騒然となる。
処刑台に上がったクリビアを見て誰かが叫んだ。
「あれはバハルマの元王妃のクリビアだ!」
広場がどよめく。
「クリビアってあの淫乱で詐欺師の?」
「我らが国王を欺いた女だ!」
「私たちの国を奪ったシタールの王女よ!」
「俺の親はシタールに殺された!」
「バハルマの泥棒女!」
「あいつは娼婦だ!」
「おい、シタールとバハルマの二大悪女が揃ったぞ! みんな、やっちまえ!!」
群衆の興奮は最高潮に達した。
カラスティア国王が台の上にいるのもお構いなしにクリビアに向かって沢山の石が投げつけられ、ひときわ大きな石が彼女の額に直撃した。
「みんなやめろ! 石を投げるな! 警備兵、何をしている! 群衆を静めて直ちに石を投げる者を取り押さえろ! 処刑は延期だ!」
クリビアは額から血を流し朦朧となりながらも必死でアナスタシアの所へ行き、彼女を抱きしめた。
「遅くなってごめんなさい。あなたを処刑になどさせないわ」
「クリビア様……!」
その二人の姿に更に興奮した群衆は、しまいには二人は同性愛者だ、魔女だ、悪魔だと言い始め、その罵り様はどちらが悪魔か分からないほどになった。
傍らでそれを見ていたヴァルコフは目を瞑って天を仰いだ。
(彼女にあんな不名誉を着せた罰か。アナスタシアが悪女と言われながら処刑される運命になってしまうとは……。今思えばクリビアを殺そうとすることも無かった。アナスタシアを励まし勇気を与えるだけで……。王妃よ、娘を守れなかったわしを許してくれ)
一番愛していた娘。そしてきっと幸せにすることができたであろうクリビア。
この二人の姿を最後に目に焼き付けて、ヴァルコフはこの翌日に処刑台に散ることとなる。
~~~~~~~~~~
半年後
ヴァルコフが処刑されてから羽振りが急に悪くなったネベラウ枢機卿を訝しんだ他の枢機卿たちが、教皇への献金の一部を横領していたのではと疑い、裏帳簿を発見。
バハルマからの献金の半分を横領していたことが発覚したネベラウ枢機卿がガルシアから追放となった。
その後釜にはテネカウ神父が据えられた。
ネベラウ枢機卿の荷物を彼の家に送り届けるため神殿内の彼の部屋を整理していたテネカウ神父は壁裏から一冊の日記帳を見つけた。
それにはクリビア王女への愛、王妃となって幸せに暮らしていることへの喜び、そしてクリビアが牢に入れられた時のヴァルコフ国王への激しい怒りが記されていた。
『何故あの美しく清らかなクリビア王女が泥棒だの娼婦だのと言われなければならんのだ! 全てヴァルコフ国王のせいだ。あいつは美しい女性に恨みでもあるのか。ジュリアナの時もそうだ。いくら王妃を救うためとはいえ、ジュリアナを利用しなければ彼女もロータス国王と出会わず自殺することもなかっただろう。美しい女性が不幸になるのは堪えられん。本当に残念だ。神罰が下る前にこの私がいつかあの男を痛い目に遭わせてやる!』
テネカウ神父がそのことをアルマ医師に話すと、彼は気が抜けたような顔になって「そうですか。教えて下さりありがとうございました」と微かに微笑みながら静かにお礼を言った。
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