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第二章
最後の会話
しおりを挟む暗殺に使われたのは毒の塗られたナイフで、その毒はドレインによってすぐにノクリスの花の毒と判明し、クリビアの毒矢事件以降その解毒剤を作り用意していたロータスは事なきを得る。
そして、王妃アナスタシアがその場で捕まった。
アナスタシアの話を聞いた尋問官によると、ロータスが魔鉱石を探しに行った日、その日はネベラウ枢機卿がベルナルドの病気快癒の祈祷に訪れる日で、アナスタシアが枢機卿を出迎えた時にロータスがちょうど戻って来たという。
祈祷の為に戻って来たのかと思ったらロータスは魔剣を携えてサントリナへ行ってしまった。
何故魔剣を持って行くのか分からなかったが特に深くは考えず、その時は息子を放って女の所へ行く彼を、ただ冷めた目で見るだけだった。
そして戻って来た時ロータスは魔剣を携えていなかった。
不思議に思いながらもヴァルコフ国王にベルナルドを失った悲しみを綴った手紙を書いたときにロータスの酷さと魔剣のことに触れて、その手紙の返事に毒のナイフが添えられていた。
ロータスはその報告を神妙な面持ちで聞いていた。
そしてヴァルコフからの手紙の内容を知ったロータスは、クリーヴの存在がヴァルコフに知られたことがわかり、すぐにランス伯爵家へ連絡するようエリノー公爵に命じた。
~~~~~~~~~~
牢に入れられたアナスタシアは自分でも不思議なくらいすっきりした気持ちで壁の上の小さな窓から青空を見上げている。
処刑が待っているのに心は穏やかだ。
かつてロータスが入れられていたこの牢屋はカラスティア城のある高台の傾斜地を削った場所に建てられており、入口は上階にあるが建物自体は地上にあるため窓からは空が見え、換気も自然とされるようになっている。
アナスタシアは国王を刺した自分の入っているこの牢屋よりもはるかに酷い牢屋に入れられた無実のクリビアに思いを馳せた。
牢屋の棟の扉が開くガチャンという金属音がして誰かが階段を下りてくる。
それがロータスだと分かると、アナスタシアは彼が生きて目の前にいることに大きく動揺し失望した。
一週間以内には確実に死に至る毒だと手紙に書いてあったはずだ。
「幽霊でも見たような顔をしているな。皮肉なことにヴァルコフがクリビアを暗殺しようとしたことでその毒の解毒剤は用意してあったんだ」
「暗殺? お父様が?」
「クリビアは毒矢で暗殺されそうになった。だから俺は魔剣でクリビアを救った。その毒はお前が俺を刺したナイフに塗られていた毒と同じだ」
「お父様が……」
アナスタシアはびっくりしたが反論するでもなくすんなりと受け入れた。
あんな手紙を寄越すくらいだから暗殺しようとしたっておかしくはない。
「魔剣でクリビアを救ったことが許せなかったから俺を襲ったんだろう?」
その口調に責めるような感じは全く無い。
まるで自責の念にとらわれているような雰囲気すら感じさせるが、そんなことは自分の勘違いだろうし、今更父親ぶってほしくないとアナスタシアは思った。
「命の危機がクリビア様に起こったんだとは思いました。だからといって、父親であるあなたが息子よりもクリビア様を優先させたことが私は許せませんでした。それは、クリビア様だからというわけではありません」
「知らないのは当然だが、あれはカラスティア王家の血筋の者でしか使えない。だからお前が胸を突いてもベルナルドは救えず、お前が死ぬだけだった。それは俺も後になって知ったことだ」
「なっ」
アナスタシアは無駄死にするところだったのかとゾッとした。
そして諦めの色を浮かべ力なくふっと笑った。
その目線はロータスをもう見たくないとでも言うように、彼を通り越してその後ろの壁に向けられている。
「陛下は自らベルナルドを救う気持ちは無かったのですか。魔剣を使っても陛下なら死なないのでしょう?」
「……」
「クリビア様に子どもがいるためにベルナルドへの愛情が向かなかったのですか」
「……」
「クリビア様はバハルマの王妃であった時に妊娠したのですよね……」
「……あれは彼女のせいではない。俺が勝手に忍び込んだんだ」
「ふふっ。でしょうとも。クリビア様はそのようなお方ではありません」
そう言った後、アナスタシアはロータスに背を向けて牢の隅に座り込んだ。
「何しにいらしたのですか。もうお帰り下さい」
「侍女から話しは聞いた。侍女は自分を処刑してお前に温情を施せと言った。そうしないと家族が殺されてしまうと。だがお前の代わりに侍女を処刑することはできない」
「それは私も願ったり叶ったりです。罪のない侍女を処刑させたくありませんから。それに、陛下を殺すのはこの私以外にはおりません。……侍女の家族には申し訳ありませんが」
「これがヴァルコフのやり方だ。人質を取るのはあいつの十八番だからな」
アナスタシアはロータスがクリビアに魔剣を使ったことを手紙で知り、しかも魔剣は使ったら消えるのだろうと書いてあったのでもうベルナルドを救うことが出来なくなってしまったと絶望した。
だから手紙には侍女にロータスを殺させろと書いてあったが自分の手で憎いロータスを殺すことにした。
その時は何故父が自分の手紙でロータスが魔剣を使ったと思ったのか考える余裕を無くしたし、侍女の家族を人質に取った父の人間性を疑うことは無かった。
だがそれもこれも全て自分の為にした事なのだ。
だからアナスタシアはここで自分が処刑されるのも悪くは無いと思っている。
そうすればもう父が悪事に手を染めることはないだろう。
父の罪と共に自分は死ぬのだ。
もしかしたらこの先戦争が起こるかもしれない。
そしてらきっとバハルマは負け父は殺される。
先にあの世で待つことにしよう。
ベルナルドと一緒に。
アナスタシアはゆっくりと目を閉じた。
「アナスタシア。今を持ってお前を廃妃にする」
何を当たり前のことを言うのかと、アナスタシアは可笑しくて笑いそうになる。
無視しているとロータスが牢から立ち去ろうと階段を上り始めた。
その時アナスタシアは思い出したかのように彼を呼び止めた。
「陛下!」
ロータスの足がピタリと止まった。
「陛下! もしクリビア様に魔剣を使う必要がなかったら、ベルナルドを救っていただけましたか?」
アナスタシアはこれを最後と祈るような気持ちで聞いた。
ロータスは振り向かないで答えた。
「……そのつもりだった」
そう、最初はそのつもりだった。最初はアナスタシアが使うことを想定して、そして次は自分が。
だがそこで、命を懸けてまで救いたいという強い想いがなかったため使うことを諦めた。
それを口にしないのはロータスが彼女へ向ける最初で最後の優しさ、そして何よりベルナルドへのせめてもの償いだった。
そしてその一言はアナスタシアが心から望んでいた一言だ。
ベルナルドを産んで初めて聞くベルナルドの命を肯定する言葉。
それだけでアナスタシアの闇に包まれた心に柔らかい光が差し込む。
(ベルナルド。あなたのお父様はあなたを諦めてはいなかったのよ……。あなたは愛されて生まれてきたの)
アナスタシアはこれ以上思い残すことは無いと胸を撫で下ろして再び小窓から見える遠い青空を仰ぎ見た。
牢屋の外はさっきまでは吹いていなかった強い風が吹いている。
「結局ヴァルコフは溺愛する娘を窮地に追いやっただけだったな」
ロータスの呟きは風の音にかき消されていった。
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