愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

文字の大きさ
上 下
57 / 62
第二章

最後の会話

しおりを挟む
 
 暗殺に使われたのは毒の塗られたナイフで、その毒はドレインによってすぐにノクリスの花の毒と判明し、クリビアの毒矢事件以降その解毒剤を作り用意していたロータスは事なきを得る。

 そして、王妃アナスタシアがその場で捕まった。


 アナスタシアの話を聞いた尋問官によると、ロータスが魔鉱石を探しに行った日、その日はネベラウ枢機卿がベルナルドの病気快癒の祈祷に訪れる日で、アナスタシアが枢機卿を出迎えた時にロータスがちょうど戻って来たという。
 祈祷の為に戻って来たのかと思ったらロータスは魔剣を携えてサントリナへ行ってしまった。
 何故魔剣を持って行くのか分からなかったが特に深くは考えず、その時は息子を放って女の所へ行く彼を、ただ冷めた目で見るだけだった。
 そして戻って来た時ロータスは魔剣を携えていなかった。
 不思議に思いながらもヴァルコフ国王にベルナルドを失った悲しみを綴った手紙を書いたときにロータスの酷さと魔剣のことに触れて、その手紙の返事に毒のナイフが添えられていた。

 
 ロータスはその報告を神妙な面持ちで聞いていた。

 そしてヴァルコフからの手紙の内容を知ったロータスは、クリーヴの存在がヴァルコフに知られたことがわかり、すぐにランス伯爵家へ連絡するようエリノー公爵に命じた。


~~~~~~~~~~

 牢に入れられたアナスタシアは自分でも不思議なくらいすっきりした気持ちで壁の上の小さな窓から青空を見上げている。
 処刑が待っているのに心は穏やかだ。

 かつてロータスが入れられていたこの牢屋はカラスティア城のある高台の傾斜地を削った場所に建てられており、入口は上階にあるが建物自体は地上にあるため窓からは空が見え、換気も自然とされるようになっている。
 アナスタシアは国王を刺した自分の入っているこの牢屋よりもはるかに酷い牢屋に入れられた無実のクリビアに思いを馳せた。


 牢屋の棟の扉が開くガチャンという金属音がして誰かが階段を下りてくる。
 それがロータスだと分かると、アナスタシアは彼が生きて目の前にいることに大きく動揺し失望した。
 一週間以内には確実に死に至る毒だと手紙に書いてあったはずだ。

「幽霊でも見たような顔をしているな。皮肉なことにヴァルコフがクリビアを暗殺しようとしたことでその毒の解毒剤は用意してあったんだ」
「暗殺? お父様が?」
「クリビアは毒矢で暗殺されそうになった。だから俺は魔剣でクリビアを救った。その毒はお前が俺を刺したナイフに塗られていた毒と同じだ」
「お父様が……」

 アナスタシアはびっくりしたが反論するでもなくすんなりと受け入れた。
 あんな手紙を寄越すくらいだから暗殺しようとしたっておかしくはない。

「魔剣でクリビアを救ったことが許せなかったから俺を襲ったんだろう?」

 その口調に責めるような感じは全く無い。
 まるで自責の念にとらわれているような雰囲気すら感じさせるが、そんなことは自分の勘違いだろうし、今更父親ぶってほしくないとアナスタシアは思った。

「命の危機がクリビア様に起こったんだとは思いました。だからといって、父親であるあなたが息子よりもクリビア様を優先させたことが私は許せませんでした。それは、クリビア様だからというわけではありません」
「知らないのは当然だが、あれはカラスティア王家の血筋の者でしか使えない。だからお前が胸を突いてもベルナルドは救えず、お前が死ぬだけだった。それは俺も後になって知ったことだ」
「なっ」

 アナスタシアは無駄死にするところだったのかとゾッとした。
 そして諦めの色を浮かべ力なくふっと笑った。
 その目線はロータスをもう見たくないとでも言うように、彼を通り越してその後ろの壁に向けられている。

「陛下は自らベルナルドを救う気持ちは無かったのですか。魔剣を使っても陛下なら死なないのでしょう?」
「……」
「クリビア様に子どもがいるためにベルナルドへの愛情が向かなかったのですか」
「……」
「クリビア様はバハルマの王妃であった時に妊娠したのですよね……」
「……あれは彼女のせいではない。俺が勝手に忍び込んだんだ」
「ふふっ。でしょうとも。クリビア様はそのようなお方ではありません」

 そう言った後、アナスタシアはロータスに背を向けて牢の隅に座り込んだ。

「何しにいらしたのですか。もうお帰り下さい」
「侍女から話しは聞いた。侍女は自分を処刑してお前に温情を施せと言った。そうしないと家族が殺されてしまうと。だがお前の代わりに侍女を処刑することはできない」
「それは私も願ったり叶ったりです。罪のない侍女を処刑させたくありませんから。それに、陛下を殺すのはこの私以外にはおりません。……侍女の家族には申し訳ありませんが」
「これがヴァルコフのやり方だ。人質を取るのはあいつの十八番だからな」

 アナスタシアはロータスがクリビアに魔剣を使ったことを手紙で知り、しかも魔剣は使ったら消えるのだろうと書いてあったのでもうベルナルドを救うことが出来なくなってしまったと絶望した。
 だから手紙には侍女にロータスを殺させろと書いてあったが自分の手で憎いロータスを殺すことにした。

 その時は何故父が自分の手紙でロータスが魔剣を使ったと思ったのか考える余裕を無くしたし、侍女の家族を人質に取った父の人間性を疑うことは無かった。

 だがそれもこれも全て自分の為にした事なのだ。
 だからアナスタシアはここで自分が処刑されるのも悪くは無いと思っている。
 
 そうすればもう父が悪事に手を染めることはないだろう。
 父の罪と共に自分は死ぬのだ。
 もしかしたらこの先戦争が起こるかもしれない。
 そしてらきっとバハルマは負け父は殺される。
 先にあの世で待つことにしよう。
 ベルナルドと一緒に。

 アナスタシアはゆっくりと目を閉じた。


「アナスタシア。今を持ってお前を廃妃にする」

 何を当たり前のことを言うのかと、アナスタシアは可笑しくて笑いそうになる。 
 無視しているとロータスが牢から立ち去ろうと階段を上り始めた。

 その時アナスタシアは思い出したかのように彼を呼び止めた。

「陛下!」

 ロータスの足がピタリと止まった。

「陛下! もしクリビア様に魔剣を使う必要がなかったら、ベルナルドを救っていただけましたか?」
 
 アナスタシアはこれを最後と祈るような気持ちで聞いた。
 ロータスは振り向かないで答えた。

「……そのつもりだった」

 そう、最初はそのつもりだった。最初はアナスタシアが使うことを想定して、そして次は自分が。
 だがそこで、命を懸けてまで救いたいという強い想いがなかったため使うことを諦めた。
 それを口にしないのはロータスが彼女へ向ける最初で最後の優しさ、そして何よりベルナルドへのせめてもの償いだった。

 そしてその一言はアナスタシアが心から望んでいた一言だ。
 ベルナルドを産んで初めて聞くベルナルドの命を肯定する言葉。
 それだけでアナスタシアの闇に包まれた心に柔らかい光が差し込む。

(ベルナルド。あなたのお父様はあなたを諦めてはいなかったのよ……。あなたは愛されて生まれてきたの)

 アナスタシアはこれ以上思い残すことは無いと胸を撫で下ろして再び小窓から見える遠い青空を仰ぎ見た。





 牢屋の外はさっきまでは吹いていなかった強い風が吹いている。

「結局ヴァルコフは溺愛する娘を窮地に追いやっただけだったな」

 ロータスの呟きは風の音にかき消されていった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...