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第二章
戦争の足音
しおりを挟むベルナルドの葬儀では多くの国民も悲しみに包まれた。それから数週間が経ちカラスティアの宮廷内は日常が戻っている。
政務をきちんとするようになったロータスは執務机の斜め横の机で仕事をしているエリノー公爵に話しかけた。
「この間魔法鍛冶職人の世界に行った時、既にあの者たちは魔剣を作り始めていたんだ」
「……確か魔剣は一本しか作らないんじゃありませんでしたっけ? どうして頼みもしないのに作り始めていたんですか? クリビア様に使って無くなるなんて知らなかったはずなのに」
「王子の誕生祝でヴァルコフ国王が来ただろう、その日にこの世界と繋がったらしいんだが、短期間に二度もこの世界と繋がるなどこれまでなかったそうだから妙な胸騒ぎがしたんだと。それで念のため作り始めたらしい」
「念のため……」
「でだ、もう出来上がったかもしれないから取って来てくれないか。二本」
「二本?」
「あー、もう! つべこべ言わずに取ってこい。俺は溜まっている書類を片づけるから」
「行きます、行きます。やっと書類から解放されるんですよ、行かないわけありません」
エリノー公爵は翌日の早朝喜々としてトマシス鉱山へ向かった。
「アペロスさん、こんにちは。魔剣を取りに来ました」
休みなのか閑散としている鍛冶場の奥の方からアペロスが魔剣を手にして出てきた。
「エリノー公爵、いいタイミングで来られました。昨日出来上がったばかりなんですよ」
「既に作っておられたと聞きました。陛下が更にもう一本頼んだので無理されたんじゃないでしょうか」
「いやいや、そういうのも我々の役目ですから。さあ、これです」
「有難うございます」
魔剣を受け取る際にアペロスがあまりにも自分を見てニコニコしているのでエリノー公爵はいささか妙な気分で帰途についた。
「ただいま戻りました」
外からは見えないように大きな袋に入れて持って来た魔剣二本を取り出してロータスに手渡した。
「やっぱりできていたか。一本はお前用だ、ほら」
「え、私にですか?」
「もちろんだ。二人が持てばこれまで以上にダキアは強くなる。これでダキアの人数を増やす必要もないだろう。名声のためにダキアに入ろうとする奴などいつ裏切るかしれたものではないからな。それに魔法鍛冶職人集団はお前の為に魔剣を作り始めていたんだよ」
「本当ですか!?」
まるで夢のような話に目を輝かせて魔剣を手にした。
「でもどうして私に?」
「シタールを襲撃した頃にはお前が俺を裏切らないって分かっていたみたいだぞ」
「そんなの当然ですよー!」
それまで疑われていたなんてちょっと悲しく思ったが、今は信用されていることが素直に嬉しくて、魔剣を掲げてうっとりと眺めているとロータスに突然冷や水を浴びせられた。
「そういえばお前、アナスタシアに魔剣を使わせる目的であそこの鍵を渡しただろう?」
「え、あ、えーと……魔剣を見てみたいと仰ったのは本当で……。でも王妃殿下の様子から、我々の話を聞いていたのかもしれないとは少しは思いました……」
単に魔剣を見てみたいと言ったのを鵜呑みにして鍵を渡したのではないとロータスにバレていた。
そのことに怒るでもなくいたずらっぽく笑って言われたエリノー公爵は小さな声で謝った。
「申し訳ありません……」
「ハハハ。もういいさ。そのあと魔鉱石を探しに行ったら見つかっただろう? その時これは俺の魔剣をアナスタシアに使わせるためのお導きかと柄にもなく思ったんだ。異世界に行けばもう一本頼むことができるから。そしたら王家の血筋の者しか使えず、心からの願いでない場合は胸を刺したら死ぬと聞かされて」
王妃が使えないなら自分が使うか? と思った直後に ”心からの願い” と聞いて、それなら明らかに死ぬ可能性が高いためそんな冒険は冒せないと諦めた。
「おかしいだろう。息子を救うことが心からの願いじゃないなんて」
今でもクリビアと息子の命を天秤にかけた時、クリビアを選ぶ自分がいるのがわかる。ロータスは自嘲的な笑みを見せて目を伏せる。
「王妃殿下が使えなかったのがつくづく残念です」
「王家の血筋でなくても王子と血が繋がっていたら使えるくらい融通が利けばよかったんだが」
「そうですね。でも陛下が私を信用して魔剣を渡して下さったことはとても嬉しいです。魔法鍛冶職人集団が私を認めてくれたことも。私は陛下とこの国の為に魔剣を使うことを誓います!」
「まぁ使うことにはならないだろう。少なくともこっちからは」
ロータスは魔法の武具で他の国々を制圧するつもりはなく、平和な統治者としての道を選ぶつもりでいる。
それから三か月後、ロータス国王の暗殺未遂事件が起こる。
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