55 / 62
第二章
訃報
しおりを挟むランス伯爵はジュリアナの話をするためにマリウスに聞かれないよう一旦部屋の外に出ることにした。
それまでジュリアナは自殺したと思っていたロータスは話を聞いて眉間に大きく皺を寄せて押し黙った。
少しの沈黙が続いた後、口を開いた。
「大分前の話だが俺はガルシアでクリビアを襲った男に後をつけられたことがある。バハルマの貴族、しかもあの男がガルシアをうろつくなど単なる偶然ではない。そいつがジュリアナを手にかけたとしたら」
「それも魔鉱石を狙っていたヴァルコフ国王の仕業ですね」
「そうなんだろうが、だとしても随分早く彼女を見限ったものだ……」
自分がジュリアナの家を出て行ったから用無しとして口封じしたとしてもあまりにも短絡的で早い。
シタールより先に見つけるために自分に近づかせたのに、それをあっさりと諦めたことになる。
ロータスはヴァルコフ国王の考えていることがさっぱり分からずそれ以上考えるのを止めた。
「そういえば墓はどこにあるんだ」
弟を人質にとられていたということが分かってジュリアナを嫌う気持ちも薄らぎ、一度は情を交わした女だったので気が向けば花でも供えようという気になった。
「彼女のことはアルマ医師が管理しています」
「ああ、アルマ医師か。そうか。彼は最近王子の病の診察に来て……」
全く考えていなかったが、この時ロータスはランス伯爵をこのまま連れて帰ることを思いついた。
彼が来るのを拒んだ気持ちはもう消えている。
そして伯爵はカラスティアに行ったのだが、時は既に遅かった。
~~~~~~~~~~
ロータスが戻った時、王宮内は悲しみの色に染まっておりただ事ではない何かが起こったことはすぐにわかった。
そしてそれが何なのかも。
駆け寄ったエリノー公爵に数時間前ベルナルド王子が亡くなったことを告げられた。
抱くこともしなかった子どもではあるが、亡くなって初めて愛情を注がなかったことへの後悔がロータスを襲う。
「葬儀は国王に準ずる者と同じように執り行え」
「承知しました。ところでこちらはどなたですか」
「あ、私はサントリナのランス伯爵と申します。医師をしております」
「なんと! 連れてきてくださったのですか」
「……間に合わなかったがな」
ベッドサイドにいるアナスタシアは泣き疲れて放心して、ロータスがランス医師を連れて戻って来ても一瞥するだけだった。
王宮医師たちとアルマ医師が項垂れて並んで立っている所にランス伯爵が近づいて、アルマ医師に声をかけた。
「アルマ医師」
「ああ、ランス医師。来てくださったのですね。でも……」
「症状は?」
「高熱と鼻水、咳など風邪の症状です。私も王宮医師も乳幼児のかかる感染症と診断して対症療法で様子を見ていました。生まれて間もなくの初めての感染なので重症化しないよう細心の注意は払っていたのですが……」
「もしかしたら合併症を引き起こした可能性もありますね。おそらく私でも救えなかったでしょう」
前世でもこの感染症に対しては基本は対症療法だった。しかし乳幼児の、特に六か月未満の赤ちゃんは重症化しやすい。
この世界には点滴や酸素投与の設備がないため重症化したら死亡率は高いのだ。
近くにいる大人が風邪をひいた場合は乳幼児と距離を取り、おもちゃや子どもがよく触る場所などは消毒することが大切だ。
ランス伯爵は乳幼児の感染症について、対症療法が基本だが乳幼児がいる家族の心構えなどを今後の為にもアルマ医師と王宮医師に伝えることにした。
一通りそれを伝え終わると、アルマ医師にジュリアナのことで話があると言って部屋の隅に移動して、彼女がマリウスを人質に取られたバハルマの間諜であり、ヴァルコフに雇われたバハルマの貴族の男に自殺を装って襲われた可能性が高いことを話した。
「証拠は無いがロータス国王もそう思っている。こんなことを聞いてもどうしようもないとは思うが君には知る権利があると思って」
「間諜だったとしても彼と付き合っていた頃は本当に幸せそうだったんですよ。可哀想に。でも彼女がバハルマの間諜だとネベラウ枢機卿が知っていたなんて驚きです。殺されそうになったのも知っているのかな……」
アルマ医師はアナスタシア王妃の側にいるネベラウ枢機卿を見やった。
「教えて下さり有難うございました」
「いや……」
ランス伯爵は悲しそうに微笑むアルマ医師が少し心配だったが、話し終わるとロータスに断ってサントリナへとんぼ返りすることにした。
「せっかく来てもらったのに何にもならなかったな。クリビアの事、よろしく頼む」
「はい。……っ、え?」
今回ランス伯爵はロータス国王のことが意外だった。
彼がクリビアの状態を知って伯爵邸まで来たのはケーキ屋の前であんなことがあった後でさえも諦めきれず彼女の周りを監視していたからだ。
自分の息子より彼女を魔剣で救うことを優先するほど愛している。
それなのにカラスティアへ連れ帰ろうとしなかった。
もし連れ帰ろうとしたら、クリビアだって命を救ってもらったのだからついて行くかもしれないと思って伯爵はかなり不安だったのだ。
しかし ”よろしく頼む” とは?
ランス伯爵はその言葉の意味をどうとっていいのか分からず聞こうと思ったが、彼は既に背を向けて静かに眠る息子の顔をじっと眺めていた。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる