愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

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第二章

命を救う魔剣(六)夕凪

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 クリビアが意識を取り戻すと、マリウス、アスター王子、ランス伯爵は涙ながらに喜んで、クリビアもそんな彼らを安心させようと元気に微笑んだ。
 以前よりもずっと健康体で、体の中からエネルギーがほとばしり出るのを自分でも感じている。

 そしてクリビアはロータスの魔剣で命が助かったことを教えられた。


 ロータスは皆のように駆け寄って抱きしめたいのを我慢して、存在を消すかのようにひっそりと部屋の隅に佇み瞳を真っ赤にしている。
 彼女が助かった安堵感と彼女が遠い存在になったようなそんな寂しさが入り混じった瞳。
 泣いたわけでもないのに泣きはらしたようだ。

 見つめ合うクリビアとランス伯爵の様子から、ただの患者と医師の間柄ではないことが改めて分かったロータスは自然と二人から目を逸らした。
 しかし彼女を救えたことに自分の彼女に対する存在意義を感じ、達成感のようなものもあって、離れ行く彼女を見ても以前のような絶望や苛立ちなどは感じなかった。
 ただ、彼の心は寂しさと共に夕凪の海底に静かに、静かに底に沈んで行く。


「ロータス様」

 クリビアが話しかけると許しを得るのを待っていたかのようにロータスは彼女のベッドに近づいた。しかしその足取りはゆっくりだ。

「ロータス様、本当にありがとうございました。貴重な剣だったのでしょう? 申し訳ありません。なんとお礼を言ったら言いか……」
「いいんだ。俺だって君に命を救われたんだから当然のことをしたまでだ」

 本当は「愛しているのだから当然だ」と言いたかったが、他人行儀な彼女の言葉に、それを言ってももう何にもならないことがわかる。
 そんな彼女を受け入れるかのように彼の口調は一貫して落ち着いていてそこに彼女への熱を感じさせることはしなかった。
 
 そして自分の発した言葉に救われるように瞳の赤味はスーッと引いていく。


 そしてロータスはやっとクリビアを諦める決心がついた。

 魔剣で命を救えるのは王家の血筋だけと言うことを伏せ彼の本気度を試したその行為こそが既にロータス自ら彼に敗北する道を選んでいた証でもあった。

 一生を共にできなくても、彼女が生きていてくれればそれだけでいいという彼の願いは奇しくも叶えられた。




 部屋の壁に貼りつくように一人立っている男ドレインは、マリウスにジーッと見つめられて落ち着かず目線をあちこちに動かしている。

「思い出した! あのおじさん、僕たちを守ってくれた人だ! お姉ちゃん、あの人がトリス川で僕たちを助けてくれた人だよ!」
「え、そうなの? あの人だっけ?」
「絶対そうだよ。ね、ね、そうでしょう?」

 マリウスに詰め寄られてドレインがたじたじしていると、ロータスが笑って言った。

「そうだ。こいつがクリビアを襲った刺客を殺した」
「そうでしたか。ドレインさん、あの時は有難うございました」
「いえ……川に流されるような結果になってしまい申し訳ありませんでした」
「それは私の判断ミスですから気になさらないでください。逆にあなたを置いて逃げてしまってこちらの方が謝りたいくらいなんですから」

 そして襲ったのはヴァルコフ国王によるものという話になった。
 少なくともクリビアとロータスは百パーセントそう思っているがランス伯爵が疑問を口にした。

「でも城内で襲った方が確実なのにどうして外で襲ったんだろうか」
「アナスタシアと結婚すればクリビアを牢から出すということだった。だから牢から出すまではクリビアには手を出せない」

 まさかあの結婚にそんな裏があったとは、アスター王子もランス伯爵も驚愕する。
 マリウスはロータス国王のことは嫌いだが、仕方なく結婚したのだと思うと少しは溜飲が下がった。
 そこでマリウスはランス伯爵にコソコソと耳打ちした。

「ねぇ、ロータス国王は僕のお姉ちゃんと、クリビアお姉ちゃんのどっちと先に付き合っていたと思う?」
「先に婚約していたのはクリビアの方だよ」
「じゃあクリビアお姉ちゃんと別れてから僕のお姉ちゃんと付き合ったんだね」
「……」

 そこら辺の詳しいことは伯爵も分からない。
 だがロータス国王がずっとクリビアを愛しているということは魔剣で命を救ったことやアナスタシア王女との結婚の理由でも嫌と言うほどわかる。
 



 扉を叩く音がして、執事とクリーヴを抱いた乳母が入って来た。

「旦那様。クリビア様が意識を取り戻したと聞きましたので、クリーヴ様とお会いしたいと思い、お連れしました」

 乳母がそう言ってクリーヴをクリビアに手渡すとクリーヴは大きな青い瞳でじっとクリビアを見つめてにっこり笑った。
 その可愛らしさに、この子を手放すことなど果たしてできるだろうかとクリビアの胸は苦しくなる。

 その横ではロータスがクリーヴを食い入るように見つめている。
 最愛の息子、クリーヴ。もう一度会えるとは思ってもおらず、彼の顔は興奮で赤みがさす。
 手を何度も差し伸べては引っ込めていたがしまいには諦めた。

 そのベッドに半分身を乗り出してマリウスが「僕叔父さんになるんだね」と嬉しそうにはしゃいでいる。
 
 ロータスの目の前ではしゃぐマリウスのピンクの髪。
 この髪色に見覚えのあるロータスがこの子は誰かと聞くと、クリビアが答える前にランス伯爵が即座に反応して言った。

「この子はジュリアナの弟ですよ」
「なんだって!?」





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