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第二章
命を救う魔剣(四)
しおりを挟む目を覚ますと見渡す限り真っ白な空間。
クリビアは以前トリス川で溺れた時もこんな空間で目を覚ました。
あの時は死んでいなかったのだから今だって死んだかどうかはわからない。
クリーヴを残して死んでなどいられないため、希望を失わず大丈夫、大丈夫、と心を強く持っていると、どこからともなく自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
《クリビア》
「誰?」
《我が名はガルシア》
「は?」
《お前たちの世界を作ったガルシアである》
「ガルシア神!? うそ……じゃあ私は死んでしまったの……?」
この空間いっぱいに反響するように聞こえる声は神様で間違いない。
ガルシア神自らが自分を迎えに来たのは凄いことだが、行き先はあの世だと思うとクリビアはがっかりした。
《お前は今、死の淵を彷徨っている》
「死の淵? ではまだ死んだわけではないのですね!」
《お前はまだ生きなければならない》
「はい、生きたいです! どうか私を元の世界に戻してください」
《今回お前が死にかけているのは私のシナリオにはなかったこと 今は私の力で命を繋ぎとめているがこれから元の世界で軌道修正されお前は目覚める》
(ああ、クリーヴ!! まだ一緒にいられるのよ! 良かった!)
《クリーヴはこの世界を平和に統治する者 お前はいずれクリーヴを手放さなければならない》
クリビアは心を読まれてびっくりしたが神なのだからできて当然なのだろう。
だがその内容は聞き捨てならない。
「ちょっとお待ちください。それはどういうことですか? まさかクリーヴをロータスに渡せということですか?」
《クリビアよ よく聞きなさい ロータスは前世で己の本心に反し愛を裏切った その負の連鎖が多くの人間に負の影響を与えた 己自身の内なる愛が欲望に負け堕落した彼はその結果として今世で愛する者と引き裂かれる宿命を背負った だが今世で彼は大きな犠牲を払った 大きな犠牲には大きな報酬が与えられる 私はその犠牲に報いるために彼に彼の心から愛する者との間に子どもを授けることにした 彼は大きな愛でクリーヴを慈しむ 大きな愛情の中で育ったクリーヴはそれを民に還元することになる》
(彼の前世……。大きな犠牲とはきっと彼の両親のことだわ。でもクリーヴを手放すなんてそんなこと……それに……)
「神よ。カラスティア王国の跡を継ぐのはアナスタシアの子どもです」
《アナスタシアに子どもがいようが関係ない 彼が大きな犠牲を払った代わりにクリーヴは彼の元へ行き皇帝となる運命なのだ》
シタールのした事が重くのしかかる。
クリーヴを手放すなんてそんなことできるだろうかとクリビアは苦悩に顔が歪んだ。
《クリビアよ よく聞きなさい 蓮司にはやり残したことがある 彼はこの世界でそれを果たすことになるのだ ランスによってこの世界の医療は大きく進歩し、たくさんの命が救われるだろう そしてその対価として私は彼の願いを聞くことにした》
神の御業により白い空間に突然美砂の墓前にいる蓮司の姿が現れ、彼の考えていることが頭の中に聞こえてきた。
これは以前見たのと同じ光景だ。
『美砂、来世では必ず一緒になろう。俺が見つけるまで誰とも結婚しないでくれよ……。どんなに離れていても必ず見つけ出すから。愛している、永遠に……』
(まさかこれが彼の願いだと言うの? 最初に聞いた時はただの未練でそう言っているだけだと思っていたのに。だから私は結婚が失敗していたの? だから不幸な人生を送っていたの? こんなの私には呪いの言葉以外のなにものでもないわ!)
クリビアは蓮司のおかしな願いに恨み顔になった。そもそも死んだ人間に来世で自分が見つけるまで結婚しないでくれなんて狂った発想をする人がいるだろうか。
それを願いとして叶える神も神だとクリビアは正直なところそう思わずにはいられない。
《お前が不幸と思っている人生を送ることになったのはランスと出会うため そしてお前の使命を果たすためには必然だった それなしでは君に幸せは訪れない》
ランスと出会うためにあんな経験をしなければならなかったことが必然とは、クリビアはやるせない気持ちになる。
それに使命とは何なのだろうか。随分大げさな感じがするが、自分にできることなど何もないことは自分が一番よく分かっている。
「神よ、私の使命とは何でしょうか」
クリビアが問いかけてから結構な時間が経ったが、ガルシア神がその問いに答えることはなかった。
そしてもう神は答えてくれないのかと諦めかけた時、再び声がした。
《どうやら時が近づいて来たようだ さあ、私の世界は軌道修正される カラスティアに仇なす国はことごとく滅びるだろう クリビアよ、クリーヴを手放す勇気を持て そして自分の使命を果たすのだ そうすればこの世界は平和の元に繁栄していくだろう 私はこの世界が人々の幸せな笑い声で満たされるのを待っている》
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