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第二章
命を救う魔剣(二)
しおりを挟む誰もが寝静まる真夜中、宝物庫の隣に特別に用意された部屋にアナスタシアは入って行った。
そこはダキア用の武器庫で、真っ黒な甲冑や盾がたくさん並べられている。
こんな黒くて地味な武具が魔法の武具なのだろうかと部屋を間違えたのかと思ったほどだったが、奥の方に一つだけひっそりと置かれてある魔剣を見つけるとそこに向かって足を速めた。
そしてその鞘に手を触れようとした瞬間、後ろからその手をガシッと掴まれた。
「何をしている」
「陛下!」
「何をしていると聞いているんだ」
「あ……あの……」
突然現れた威圧的なロータスに足がすくむ。
「ここの鍵は俺とエリノーしか持っていない。どうして入ることができたんだ」
「あの……魔法の武具というのを見てみたくてエリノー公爵に頼んで、それで」
「それでこんな真夜中に来たと言うのか」
「……」
「戻れ」
「あ……」
このまま戻ったらもう魔剣を手にすることはできないと思ったアナスタシアは観念して、魔剣でベルナルドの命を救いたいと懇願した。
「ハハ。で、お前は自分の胸を突き刺す覚悟があるということだな」
「はい。陛下は私が死ぬのは構わないと仰っていました。私も、ベルナルドの為なら命を捨てることはできます。だから、どうか!」
「今はだめだ。話を聞いていたのならわかっているはずだ」
「でも、早くしないとこのままではベルナルドの命が危うくなってしまいます。ランス医師だって呼んでくれないのにどうしたらいいのですか!」
悲壮な顔で訴えるアナスタシアをロータスは武器庫から追い出し、エリノーから貰った鍵を奪った。
「二度とここに立ち入ることを許さない」
「陛下!」
「何度も言わせるな。今はだめだ」
アナスタシアは扉の前で崩れ落ちた。
歩き去って行くロータスの背中は涙で歪み、零れ落ちた時にはもう彼の姿はなかった。
~~~~~~~~~~
「クリビア先生、今日はお勉強が終わったらクリーヴと一緒に東屋でお茶しよう?」
「あら、いいわね。お天気もいいしそうしましょう。でもクリーヴはまた今度にしましょう。まだお座りできないからね。誘ってくれてありがとうね」
「そっか。王子様は?」
「今日は来る予定ないわね」
「なーんだ」
「さぁさぁ、お茶の前にちゃんとスペルを覚えましょうね」
「はーい」
アスター王子はランス伯爵がマリウスを迎えに行っている隙を狙って連日訪ねてきており、昨日も来たばかりだ。
彼は婚約してしまった自分の心を慰めるためにも日中にクリビアに友達として会うくらいいいではないかと半ば開き直って伯爵邸に来ている。
そんなことは知らないラミアは来るたび美味しいお菓子を持って来てくれるアスター王子を心待ちにしているのだ。
やっと授業が終わりラミアはクリビアの手を引っ張って庭の東屋まで行くと、テーブルに並べられたお菓子の中にアスター王子が持って来た王宮シェフの作った焼き菓子があるのを見つけて目を輝かせた。
「昨日のお菓子、まだ残っていたんだ!」
「たくさん持って来てくれたみたいだからね。よかったわね、ラミア」
焼き菓子を食べるラミアの手は止らず、紅茶もすぐに飲み終えて紅茶ポットの中もすぐに空になる。
メイドが紅茶のお代わりを用意してきますと言って一旦下がり東屋にはクリビアとラミアの二人だけになった。
昨日はアスター王子がいたし護衛騎士も庭園の至る所にいたので気を使って全然落ち着くことができなかったが今日の東屋の周りはとても静かでクリビアは落ち着いた。
東屋から少し離れた所にある木に目をやると、幹からリスが下りてくるのが見えた。
ラミアにそれを教えてあげると側に行きたそうにそわそわしだした。
いつもなら何も言わなくても飛んで行きそうなのに、なぜ今だけそうせずにお行儀よくしようとするのか、そういう意味が分からない所が面白い。
クリビアが「見てきていいわよ」と言ったらすっとんで見に行った。
(ふふふ。ラミアって元気で面白いわ。物覚えもいいし、頭が良い所はランス伯爵に似たのかしら)
どうにかしてリスを捕まえようとするラミアを微笑んで見ていると、背後から一陣の風が吹いた。
金髪が前方に靡いで邪魔だ。まとめて後ろに流そうとしたとき、クリビアの肩に強烈な痛みが走り一瞬呼吸が止まる。
「うっ」
顔はみるみる青ざめていき全身から脂汗が滲み出る。
「あ……っ、……っ」
声を出すことが出来ない。全身が痺れだして呼吸はどんどん苦しくなっていく。
余りの苦しさにテーブルクロスを握りしめたまま椅子から転げ落ちた。
ガシャン
(? 先生?)
食器が落ちた音に驚いて振り返ったラミアがテーブルの下にクリビアが倒れているのを見つけた。
「先生! 先生!!!!」
慌てて走り寄り声をかけるが返事が無い。
「先生! 誰か、誰か来て!!!!」
倒れたクリビアの視界は丸くすぼまっていき、ついに真っ暗になって世界から切り離された。
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