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第二章
命を救う魔剣(一)
しおりを挟むヴァルコフ国王も帰国して王子の誕生による皆の浮かれた華やかな気分も徐々に普段通りの落ち着きを取り戻した頃、アナスタシアに悪夢のような出来事が訪れる。
突然ベルナルドが高熱を出したのだ。
咳や痰、鼻水の症状もあり、王宮医師によるとこれは乳幼児が一度は感染する病で、一週間くらいすると徐々に良くなってくると言われ、対症療法をしながら様子を見ることになった。
しかしそれでもアナスタシアは納得がいかずアルマ医師に来てもらうと彼の診断も王宮医師と同じだった。
だが、おっぱいやミルクで水分を小まめに補給しても咳や痰はどんどん酷くなるばかりで症状が良くなることはなく、アルマ医師は重症化する兆候に危機感を覚えていた。
「ランス医師! 彼に診てもらいましょう」
アナスタシアは彼のことを思い出して早速連れて来るように侍女に命令したがどこに連絡すればいいのかわからず侍女は困り果てている。
クリビアの時はたまたまボランティアでバハルマに来ていただけだ。
困っていたら、アルマ医師が彼はサントリナの伯爵ということを教えてくれた。
「そう! それなら――」
「だめだ」
突然扉を開けてロータスが部屋に入って来た。アナスタシアもアルマ医師も侍女たちも皆一様にざわつき困惑する。
「どうしてです! ベルナルドの命がかかっているのですよ!」
「ランス医師を呼ぶのは駄目だ。許さない」
~~~~~~~~~~
世の中の不幸を一身に背負っているような暗い顔をしたロータスは灯りも付けず窓とカーテンを閉め切った暗い部屋の中で黙ってワインを飲んでいる。
クリビアの横にいたランス伯爵の顔が忘れられない。
「クソッ」
(アルマ医師でだめなら仕方がない。それが運命と思って諦めるしかない)
ロータスもあえてベルナルドの命を無下にしようとは思っていない。だが彼にとってクリーヴよりも愛する存在ではない。おまけに黒髪に赤い瞳の男の子。
ロータスがぽつりと呟いた。
「王女ならいざ知らず……」
「え? なんと仰いましたか」
「いや、なんでもない」
ロータスとこの部屋の陰気な状態が続くこと数週間。エリノー公爵はうんざりして大きなため息を吐いた。
「いい加減元気を出してください。こんな閉め切っていたら増々気が滅入りますよ」
「煩い黙れ。それより何しに来た」
「魔剣のことでちょっとお話がありまして」
「魔剣?」
「陛下もご存知かと思いますが、魔剣が人の命を救う剣であるということを」
「なんだそれは、初めて聞くぞ」
「そうなんですか? ……私は生前父から聞きましたよ。父は兄である前国王陛下から聞いたと申しておりました」
エリノー公爵はロータスがそのことを知らないのなら自分が言っていいのかどうか迷った。
前国王陛下はきっとわざと言わなかったのだろうから。
だがそれを実行するのはアナスタシア王妃殿下であってロータスではないことは確かだし、ここまで言ってその秘密を言わないことはできないので、結局話すことにした。
「なるほど。だが自分の胸を突き刺した後、その剣はどうなるんだ。願いが叶えば消えたり魔力が無くなったりするんじゃないのか? 不思議な力がある剣にはありそうな話じゃないか。アペロスが俺に言わなかったのは何か理由があるんだろう」
「そうですねぇ。実際使った人はいないみたいなので剣がどうなってしまうのかはわかりません。アペロスに聞くしかないですね」
「アナスタシアが死ぬのは構わないが剣が消えたり魔力が無くなるのは困る。今、異世界へ行くことはできないのだ。魔剣が無いのを知ったどこかの国が攻めてこないとも限らない」
「ですよねぇ。でも我が国は魔剣が無くても十分強いですけど」
魔剣を王妃殿下に使ってもらおうというエリノー公爵の思惑は不発に終わった。
「でしたら魔鉱石をまた探しに行くのはどうでしょう。もしかしたら現れているかもしれませんよ。気分転換にもなりますし」
「この国が狙われているとでも思っているのか?」
「いえ、狙われているというよりも、王子殿下のお命が危うい今、もしかしたらそういうことでも現れるのではないかと思いまして」
「そんなことで現れるのならこれまで王族が死ぬ度に現れていたことになる」
「ははは。そうでした」
「でも……そうだな、明日からでも探し始めるとするか」
「! ではそのように手配いたします!」
タタタタタ……
バンッ
勢いよくベルナルドの部屋の扉が開かれた。
「はぁはぁはぁ……」
「まぁ、息せき切ってどうなさいました」
「はぁはぁ……なんでもないわ」
「王妃殿下、王子様が病に罹ってからずっとお休みになっていないのではないですか? このままではお倒れになってしまいます。今夜は私がずっと見ておりますので王妃殿下はどうぞお休みになってください」
「私なら大丈夫よ。あと少しだけここにいさせてちょうだい」
アナスタシアは水桶に入った冷水にタオルを浸した。そしてベルナルドの額の汗を拭いながら心の中で話しかけた。
(ベルナルド。もう大丈夫よ。私が必ず助けてあげるから)
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