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第二章
マリウスのお迎え
しおりを挟むアルマ医師はマリウスにこのまま自分の所で助手見習いとして雇ってもいいと言ってくれており、マリウスはそのつもりでいた。
しかし伯爵が迎えに来て、クリビアが一緒に暮らすことを願っていると伝えると、暗く沈んでいた彼の顔に少し明るさが戻り、彼はサントリナへ行くことを選んだ。
サントリナへ帰るための港町タンスクへ行く途中、二人はカラスティア王国の王都を通った。
王都の上空には色とりどりの風船が飛び広場ではあちこちで大道芸人のパフォーマンスが催され、人々が歓声を上げ拍手をしている。
普段とは違う、まるでお祭り騒ぎの様な賑やかさで、通りには屋台も立ち並んでいる。
そこでロータス国王に王子が生まれたことを知るとマリウスは途端に仏頂面になった。
彼は姉がいつか結婚すると言っていたロータスがあのロータス国王と同一人物だということをアルマ医師から聞いていたので、姉を捨ててかつて自分が捕らわれていたバハルマの王女と結婚したロータス国王に良い印象が無い。
ランス伯爵もアルマ医師から彼女とロータス国王がつきあっていたことを聞いた時はびっくりしたものだ。
伯爵はマリウスを元気づけようと屋台でアーモンドを飴で固めたコンフェッティを買ってあげると、初めて食べたその美味しさに機嫌も良くなり仏頂面が和らいだ。
「ねえおじさん、クリビアお姉ちゃんにも赤ちゃん生まれたんでしょう? 男の子? 女の子? 名前は?」
「クリーヴって言って、可愛い元気な男の子だよ」
「男の子かぁ。早く会いたいなぁ。僕はクリーヴの伯父さんになるんだよ」
クリーヴと会うのを楽しみにしているがその瞳にはまだ陰が残っている。
子どもながら無理に笑顔を作っているのがなんとも健気で伯爵はマリウスの頭にポンと手を乗せると、優しく髪をくしゃくしゃっとした。
そして、そういえばアルマ医師もとても悲しそうだったなぁと思い出した。
医師として患者を治せなかったというよりも、一人の女性の死に打ちひしがれているようだった。
(彼はジュリアナのことを好きだったのかもしれない)
寝ている顔しか知らないが、それでも相当な美人であることは伯爵にもわかった。一緒に働いているうちに好きになるのも当然あり得る。
もしそうなら、ロータスと恋人同士になってしまった時どんな気持ちだっただろうか。
そして彼女への気持ちをずっと秘めたまま、ただ彼女の回復を祈るしかなかったと思うと自分の事のように胸が痛んだ。
ワー!
通りに大きな歓声が上がった。
ランス伯爵はその声に現実に戻り、見ると沢山の騎士と馬車が目の前を通り過ぎようとしている。
威風堂々としたその行列に掲げてある旗を見ると、それはバハルマ王国のものだった。
(国王自ら娘の出産祝いにやってきたのか? 凄い親ばかだな)
ふとマリウスの顔を見ると、目を大きく見開いてまるで硬直しているように固い表情をしている。
「どうした」
「あ……あの人……」
「ん?」
その見つめる先には騎士に囲まれたひときわ豪華な馬車の窓に中年の男の顔が見える。
男は馬車のカーテンを開けて幸せの絶頂のように満面の笑みを民衆に見せつけている。
(いい気なもんだ。クリビアには酷い仕打ちをしておきながら)
「あれはヴァルコフ国王だろう。彼がどうかしたのか」
「国王陛下……。そうだ、あの国王陛下がお姉ちゃんを叱っていたんだ……」
「え、なんだって?」
「お姉ちゃんが僕に会いに来たとき、あの国王陛下に泣きながら謝っていたんだよ」
「国王に謝る? 思い違いとか見間違いじゃないのか? 本当にあの人?」
「うん、そうだよ。だってもう一人神殿のおじさんがいて、その人が国王陛下って呼んでたもん」
(神殿関係者? 司祭か枢機卿か?)
「でもどうして謝ってたんだ?」
「……」
マリウスは暫く考えてそしてハッと思い出した。
「魔鉱石! 魔鉱石の場所を聞き出せなかったから」
「魔鉱石……」
ランス伯爵は具体的な事を聞いて、マリウスの勘違いなどではないことがわかると顎に手を添えて考えを巡らせた。
その間に国王の一行は通り過ぎて行き、集まった人々は散り始める。
(魔鉱石と言えばカラスティア。ジュリアナはただの看護師ではなくヴァルコフ国王の間諜でそのためにロータスに近づいた?)
しかめっ面になったランス伯爵をマリウスが心配して覗きこんで言った。
「おじさん?」
「ん、ああ、なんでもない。先を急ごう」
「うん」
ランス伯爵はそのことをアルマ医師に伝えるかどうか悩みながらシタールの港町タンスクへ足を進めた。
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