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第二章
ジュリアナ
しおりを挟む「私は君が死んだ後もなかなか君を忘れられなくてね。死ぬまでずっと独身だったんだよ」
「そうなの!? あんなにモテていたのに」
「君を失っておかしくなってしまったんだろうね。手足が震えて手術できなかったんだ。別の医師が呼ばれたけどもう手遅れで。その後病院は辞めたよ」
「事故は私の不注意のせいでもあったんだから」
「……あの事故は単なる事故じゃない。運転していた女は捕まった」
「単なる事故じゃない?」
「ああ。運転していたの誰だと思う?」
「私が知っている人?」
「君の前夫の浮気相手の女だよ」
「えええっ」
浮気されて離婚する破目になったのに離婚した後で殺されるなんて、なんて理不尽なと、クリビアは腹が立って苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ははは。そんな顔しなくても。でもこうやってまた君と会えたのは本当に奇跡だし運命としか思えない。君と私は十歳違いだろう? 私が前世の記憶を思い出したのは十歳の時だ。もしかしたら君がこの世に生まれたから思い出したのかもしれない。私の想いが報われるようにと! 神様なんて普段は信じてないけど今回だけは神の取り計らいに感謝するよ」
~~~~~~~~~~
(苦しい……息ができない……ロータス様……)
上下左右真っ暗な暗闇。
ジュリアナはこの暗闇の中で苦しみながらあてどもなく彷徨っている。時間の感覚はもう無い。
歩き続けても進んでいるかどうかすら分からない。
ジュリアナはロータスが出て行ったあと絶望の中で何度も首を吊って死のうと思ったがその度に思いとどまった。
それが何故なのかは覚えていない。ただ、眠っている時に急にとてつもない苦しみに襲われ、その後、気付いたらこの暗闇にいた。
(どうして私ではだめだったの。なぜ、クリビア王女をそこまで愛することができるの。わからない。わからない。仇の娘ではないか!)
ロータスの事を考えるたびに嫉妬の炎がメラメラとジュリアナを覆う。
(熱い! 熱い!)
必死で炎を振り払おうとするが全く消える気配がない。
(あ、あれはロータス様!!)
炎の隙間から、どこかの煌びやかな会場でロータスが深紅のドレスを着た金髪の美しい女を情熱的な目で見つめているのが見えた。
(あの女は誰? あの女は……まさかあれがクリビア王女?)
その場面が消えるとロータスがその女を抱いている場面が現れた。
ジュリアナの心臓は粉々に砕かれ、瞳からは滂沱の涙が流れ落ちる。彼女を覆う炎は増々激しく燃え盛った。
(悪いようにはしないと言ったのにあなたは私を捨てた……あんなに愛し合ったのに……ああ、憎い……ロータス様が、クリビア王女が……)
ジュリアナの体はどんどん焼けただれていき肉片がボトボト剥がれ落ちる。
暫くすると見知らぬ黒髪の男が現れた。異国の人間のようだ。
貴族の着る服に似ているが形はとてもシンプルで装飾品を取り払った地味な色の服を着ている。
その横ではとても短いスカートを履いた女がしなだれかかるようにして腕を組んで歩いている。
娼婦だろうか……。
そして次にその女が泣きながらその男に縋っている場面を見た。男は女のいる部屋から出て行った。
ジュリアナは自分とロータスを重ねあわせ胸が苦しくなる。
また場面が変わった。
歩道と車道がしっかりと分かれた整然とした街を鬼のような形相のその女が奇妙な乗り物に乗って走っている。
(分かるわ。あなたのその気持ちが、とても良く分かる……だって私は……)
その時ドンッという鈍い音がして自分の眼前に血だらけの女が映る。
(あ、あはは。やってやった。いい気味だわ。アハハハハハ)
ジュリアナの体の半分は骨だけになり、もう半分は焼けただれた肉の中にウジが湧いていた。
(恒太はもう私のものよ! 恒太! ……恒太!?)
彼が自分が轢き殺した殺した女の墓前で愛を宣言している。
(どうして、どうして、どうして!? 違う! あなたは私を愛しているのよ!)
ジュリアナは真っ逆さまに落ちて行くような感覚に陥り再び真っ暗闇に包まれる。
全身から嫉妬と憎しみの感情をほとばしらせながらその後も長い間彷徨い続けた。
(苦しい。とても苦しい。誰か助けて!!!)
すると小さな光が遠くにあるのが見えてそこに体が自然と吸い寄せられていく。
それはとても心地いい光で。
近づくと誰かの声が聞こえてきた。
『……ちゃん』
(誰?)
『お……ちゃん』
(聞いたことがあるような……)
『お姉…』
(……懐かしくて愛おしい……)
『お姉ちゃん』
(!!! マリウス!!!)
突然マリウスと過ごした日常が走馬灯のように駆け巡る。
マリウスと二人の幸せで優しい日々。
父親はマリウスが生まれる前に病気で亡くなり、母親はマリウスを産んで二年後に亡くなった。
厳しい毎日だったが母親代わりになって年の離れた弟の面倒を見るのは楽しかった。
ヴァルコフに目をつけられる迄は……。
そしてどうしても死ぬことができなかったその理由を思い出した。
ロータスを好きになってしまい何が大切なのか見失っていた。
マリウスを残して死のうとするなんてなんて愚かだったのだろう!
一番大切なのはマリウスだった。
その瞬間ジュリアナの苦しみがスーッと消えていき、骨とウジだらけの体が元に戻って行く。
ジュリアナは意識を失った後も襲われた時の苦しみが延々と続いていた。
しかし今、肉体の苦しみと心の苦しみから漸く解放されていく。
(一緒にいてあげられなくてごめんね……)
目の前の小さな光が大きく温かい光に変わりジュリアナを優しく包み込んでいった。
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