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第二章
前世の二人
しおりを挟む初っ端から「前世の記憶をお持ちなんじゃありませんか」とはさすがに聞けない。
まず反応を見ようと、ランス伯爵は息を深く吐き出して問いかけた。
「クリビアさんは前世というものを信じていますか」
「ええ、信じていますよ」
当たり前のように軽く言われて伯爵はいささか拍子抜けした。
しかしそれなら話は早いと自分が前世の記憶があることを告白した。
クリビアは自分と同じく前世の記憶がある人に出会うなんてびっくりして、しかもそれがこんな近くにいるランス伯爵だなんて、なかなかない偶然だと目を見開いた。
「何故私があなたにこのような話をするのかと言うと、これまでのあなたの話の中にこの世界の人が使っていない言葉が含まれていたからです」
「それってもしかして熱中症のことですか?」
そう言うと、ランス伯爵は嬉しそうに、興奮気味に話しを続けた。
「はい! そうです。それとあなたはマリウスが姉の所に行く時に、意識が無くても聞こえていると言いました。そういう考えはここではまだ浸透していません。というか、そう考える人は今のこの世界ではまずいません。そしてシルエラのことも。梅は青梅の段階では毒素があるということをあなたは知っていたし食べたこともあると。ですがそんなはずはないのです。梅はまだ市場に出たばかりなのですから」
「ランス伯爵、わかりました。実を言うと私も前世の記憶があって、それらはその時の記憶によって出てきた言葉なんです」
「ああ、やっぱり! そうじゃないかと思っていたのです!」
二人は顔を見合わせてその不思議な偶然に笑った。
「早く言ってくれれば前世の話をもっと前からできたのに」
「でも頭がおかしいと思われるのが嫌で」
「じゃあ私たちは頭のおかしい者同士なんですね。くすくすくす」
伯爵の興奮は冷めやらず、自分が日本人として生きていた事、医師だったことを話した。
前世での医療の方がここよりも進んでいたため、今世ではその知識を持って他の医師たちに講義をしたり診療をしたりしていることも。
クリビアは、彼が日本人だったと知ってこの偶然は果たして本当にただの偶然なのかと疑問に思った。
「でも、なんていうか凄い偶然ですね。私も日本人だったから」
「本当に? っていうか、そりゃそうだ、梅干を知っているんだから」
「ここまで偶然が続くとなんか気味が悪いというか……。いい意味でなんですけど。私たちはもしかしたら同じ時代を生きていたのかもしれません。えーと、私が死んだのはいつだったかしら……交通事故で死んだんですけど……。そうそう、私ったら運が悪くて、その時付き合っていた人とのデートの待ち合わせ場所に行く時に事故に遭ったんですよ」
「……私の彼女も交通事故で亡くなりました」
二人の心臓が同じ速さで脈打ち始める。
「そして私の勤務する病院に運ばれてきて。私が彼女とのデートの待ち合わせ場所に行く直前でした」
「え」
「あの、名前を覚えていますか。私は畠山蓮司という名前でした」
「え! 蓮司? 畠山蓮司ですって!? 私は――」
運命。
伯爵は彼女といると美砂を求める心が落ち着く理由がわかった。
魂はとっくにわかっていたのだ。もう十年以上も前から。
「君が美砂だったのか! ああ、どれだけ会いたかったか! どれだけ私が君を愛していると伝えたかったか!」
伯爵は目を潤ませながら目の前にいるクリビアの手を握り締めた。
「あの時は死んでしまってごめんなさい」
「実はあの日君にプロポーズしようと思っていたんだよ」
「やっぱり」
「知っていた?」
「私、死んだ後あなたの元に行ったのよ。そこで指輪を握り締めて泣いているあなたを上の方から見ていて婚約指輪かなって。憔悴しているあなたは本当に可哀そうだったわ。置いていく方より置いていかれる方が悲しいわよね」
「ハハ、そんな場面を見られていたのか」
伯爵は頭を掻いて照れ笑いをした。
「蓮司。遅くなったけど返事は」
「え?」
「イエスよ。私もあの頃あなたと結婚したかった」
「!」
伯爵は徐に彼女の座るソファの隣に移動した。
無意識の行動だったが、当時の彼女の返事は今の彼女の気持ちにも当てはまるのではないかと思ってしまい、つい抱きしめようとした。
だがそこでブレーキがかかって、抱きしめる承諾を得ようか迷うようにその両手を彷徨わせる。
(”あの頃” と言った……)
そんなじれったい伯爵にクリビアは自分の方から抱き着いた。
まるで前世で成し遂げられなかったことの続きをするように二人は強く抱きしめ合ってお互いの存在とその奇跡を確かめ合う。
それから伯爵は彼女の体を一旦離し、コホンと軽く咳払いして改まって言った。
「私と付き合ってくれないか。前世のこととは関係なく私は君の事が好きだ!」
「よろしくお願いします」
クリビアは迷うことなく笑顔で返事をした。
ランス伯爵は数か月前サントリナ行きの船上で流れ星に願い事をした。
『クリビアさんを守れる男になりたい』と。
そういう男になれたかどうかはわからないが、今、そういう関係にはなることができて夢心地だ。
年甲斐もなく嬉しさのあまり飛び跳ねて、笑顔のクリビアを再び抱きしめた。
そして互いに見つめ合うと、自然に唇が近づき熱く長い口づけを交わした。
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