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第二章
不穏
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アスター王子が女性を連れ帰ったことは宮廷中の噂になった。
まだ独身の王子が身重の女性を囲っているだけでもスキャンダルなのに、それがクリビアだと判明すると貴族中から強い反発が起こる。
国王夫妻もいい顔をしない。
「全く、お前はどういうつもりだ!」
「私は彼女と結婚したいと思っています」
「な、なに!?」
「アスター、彼女を正妃でなく側室に迎えたとしても、それはあなたの不名誉に繋がることは分かるわよね? 他に立派な女性は沢山いるのですから彼女のことはいい加減諦めなさい」
国王夫妻や貴族たちの反発は最初から分かっていたため、アスター王子には覚悟があった。
「父上、母上。私は王太子の座を弟に譲っても構いません」
「なんだって?」「なんですって!?」
~~~~~~~~~~
クリビアは海辺の閑静なリゾート地に建っているアスター王子の別宅に滞在させてもらっている。
足を延ばせばすぐにあるプライベートビーチはタンスクの賑やかな港町とは違い静かで秘密の楽園のようだ。
海の青さとは対照的な純白の砂浜は太陽の光にキラキラと輝いている。
海岸線に沿って椰子の木が風にそよぎ、その影が砂に揺らめく様子はまるでここだけ時間がゆっくりと流れているかのようで。
穏やかな波と温かな日差しに包まれて、クリビアは心身共に癒されている。
その一方で、プロポーズの返事をしようとするとアスター王子はゆっくり考えてから返事をしてくれと言って遮るため、中途半端な状態でこの素晴らしい楽園に居続けることに申し訳なさを感じる自分もいる。
ただ、身一つでやってきて、身重の体で仕事や宿を探すことは難しいので、悪いとは思いながらも好意に甘えてしまっている。
夜になると、静まり返った部屋に優しく寄せては返す波の音だけが聞こえてくる。
そのリズミカルな音は心を落ち着かせる旋律を奏で、クリビアはすぐに眠りに落ちた。
ガシャーン!
夜の闇を裂くように固く冷たい音が鳴り響いてクリビアは目を覚ました。
「何!?」
辺りを見回すと、バルコニーの窓ガラスが粉々に割れている。
ベッドから下りて飛び散ったガラス片に注意しながら転がっているこぶし大の石を拾うと、それにはペンキで ”出て行け” と書かれていた。
翌日の午後、メイドが砂浜にいるクリビアを呼びに来た。
「ノースポール公爵様がいらっしゃいました」
「ノースポール公爵?」
事前の知らせも無くやって来たことに何事かあったのだろうかと客室に行くと、バハルマの親睦パーティーであった時よりいささか難しい顔つきでクリビアを見る公爵が座っていた。
サントリナに着いてから、叔母のダイアナには会ったが公爵にはまだ会っていなかった。
「お久し振りです、ノースポール公爵」
「お久し振りです。突然の訪問、お許しください。バハルマでは大変な思いをされましたね。妻も私も心を痛めておりました」
「ご心配をおかけしました。今日はどういったご用件で?」
公爵は紅茶を一口飲んで少し間をおいて話し始めた。
「まず……妻も私もあなたの無実は信じているし、あなたの味方であるということを先にお伝えしておきます。ヴァルコフ国王の子どもでないのなら、今は平民となってしまったあなたのお腹の子どものことも深くは追及しません」
クリビアは落ち着いて公爵の言葉に耳を傾けている。何を言いに来たのかはだいたい察しは付く。
「その上でなのですが、アスター王子のプロポーズを断って頂きたいのです」
実際公爵はクリビアの事を心配していた。
妻のダイアナからバハルマの王子に陥れられたことを聞いていたし、王太子の座を狙うカリアス王子ならクリビアが邪魔だったことは容易に想像がつく。
それが、今度はサントリナの貴族たちから邪魔な存在と思われる。
それ以前に、側室の子どもを王太子にするなど王妃が承知するはずがないため、クリビアと結婚することは王妃が決して許さないだろう。
ともすればクリビアの命が危ないと公爵は考えている。
「彼は王太子の座を退いてでもあなたと結婚すると言って聞きません。ですから、あなたの方から――」
「ちょっと待ってください、王太子の座を退く?」
そこまで考えていたことに衝撃を受けたクリビアは早く返事をしなかったことを後悔し、今日にでもきっぱり告げようと決心する。
「安心してください。私は彼と結婚するつもりはありません。明日にでもここからは出て行きます」
「そうですか! それは良かった。実はダイアナに言われていたのですが我が家に来ませんか。急に住むところを探すと言っても難しいでしょう。あなたさえよければの話ですが」
「いいのですか! そうさせて頂けたら本当に助かります。有難うございます」
話がまとまると公爵は家で準備があるから明日迎えに来ると言って帰って行った。
自分の荷物など何もないクリビアはほんの数日の楽園での生活にお別れを言うために砂浜に歩いて行った。
裸足になって砂の上を歩くと足裏から体の中の悪いものがどんどん出て行って、代わりに太陽に照らされ温かくなった砂浜からエネルギーを貰うようでとても気持ちが良い。
このエネルギーが子どもに良い影響を与えますようにとクリビアは願いつつ、短い間だったけど有難うと呟いた。
そして何とはなしにそのままふらっと波打ち際の方に歩いて行ってまだくるぶしにも満たない深さのところで昨日より波の強い海面を見ると、めまいのようにクラッとなって倒れそうになった。
まだ独身の王子が身重の女性を囲っているだけでもスキャンダルなのに、それがクリビアだと判明すると貴族中から強い反発が起こる。
国王夫妻もいい顔をしない。
「全く、お前はどういうつもりだ!」
「私は彼女と結婚したいと思っています」
「な、なに!?」
「アスター、彼女を正妃でなく側室に迎えたとしても、それはあなたの不名誉に繋がることは分かるわよね? 他に立派な女性は沢山いるのですから彼女のことはいい加減諦めなさい」
国王夫妻や貴族たちの反発は最初から分かっていたため、アスター王子には覚悟があった。
「父上、母上。私は王太子の座を弟に譲っても構いません」
「なんだって?」「なんですって!?」
~~~~~~~~~~
クリビアは海辺の閑静なリゾート地に建っているアスター王子の別宅に滞在させてもらっている。
足を延ばせばすぐにあるプライベートビーチはタンスクの賑やかな港町とは違い静かで秘密の楽園のようだ。
海の青さとは対照的な純白の砂浜は太陽の光にキラキラと輝いている。
海岸線に沿って椰子の木が風にそよぎ、その影が砂に揺らめく様子はまるでここだけ時間がゆっくりと流れているかのようで。
穏やかな波と温かな日差しに包まれて、クリビアは心身共に癒されている。
その一方で、プロポーズの返事をしようとするとアスター王子はゆっくり考えてから返事をしてくれと言って遮るため、中途半端な状態でこの素晴らしい楽園に居続けることに申し訳なさを感じる自分もいる。
ただ、身一つでやってきて、身重の体で仕事や宿を探すことは難しいので、悪いとは思いながらも好意に甘えてしまっている。
夜になると、静まり返った部屋に優しく寄せては返す波の音だけが聞こえてくる。
そのリズミカルな音は心を落ち着かせる旋律を奏で、クリビアはすぐに眠りに落ちた。
ガシャーン!
夜の闇を裂くように固く冷たい音が鳴り響いてクリビアは目を覚ました。
「何!?」
辺りを見回すと、バルコニーの窓ガラスが粉々に割れている。
ベッドから下りて飛び散ったガラス片に注意しながら転がっているこぶし大の石を拾うと、それにはペンキで ”出て行け” と書かれていた。
翌日の午後、メイドが砂浜にいるクリビアを呼びに来た。
「ノースポール公爵様がいらっしゃいました」
「ノースポール公爵?」
事前の知らせも無くやって来たことに何事かあったのだろうかと客室に行くと、バハルマの親睦パーティーであった時よりいささか難しい顔つきでクリビアを見る公爵が座っていた。
サントリナに着いてから、叔母のダイアナには会ったが公爵にはまだ会っていなかった。
「お久し振りです、ノースポール公爵」
「お久し振りです。突然の訪問、お許しください。バハルマでは大変な思いをされましたね。妻も私も心を痛めておりました」
「ご心配をおかけしました。今日はどういったご用件で?」
公爵は紅茶を一口飲んで少し間をおいて話し始めた。
「まず……妻も私もあなたの無実は信じているし、あなたの味方であるということを先にお伝えしておきます。ヴァルコフ国王の子どもでないのなら、今は平民となってしまったあなたのお腹の子どものことも深くは追及しません」
クリビアは落ち着いて公爵の言葉に耳を傾けている。何を言いに来たのかはだいたい察しは付く。
「その上でなのですが、アスター王子のプロポーズを断って頂きたいのです」
実際公爵はクリビアの事を心配していた。
妻のダイアナからバハルマの王子に陥れられたことを聞いていたし、王太子の座を狙うカリアス王子ならクリビアが邪魔だったことは容易に想像がつく。
それが、今度はサントリナの貴族たちから邪魔な存在と思われる。
それ以前に、側室の子どもを王太子にするなど王妃が承知するはずがないため、クリビアと結婚することは王妃が決して許さないだろう。
ともすればクリビアの命が危ないと公爵は考えている。
「彼は王太子の座を退いてでもあなたと結婚すると言って聞きません。ですから、あなたの方から――」
「ちょっと待ってください、王太子の座を退く?」
そこまで考えていたことに衝撃を受けたクリビアは早く返事をしなかったことを後悔し、今日にでもきっぱり告げようと決心する。
「安心してください。私は彼と結婚するつもりはありません。明日にでもここからは出て行きます」
「そうですか! それは良かった。実はダイアナに言われていたのですが我が家に来ませんか。急に住むところを探すと言っても難しいでしょう。あなたさえよければの話ですが」
「いいのですか! そうさせて頂けたら本当に助かります。有難うございます」
話がまとまると公爵は家で準備があるから明日迎えに来ると言って帰って行った。
自分の荷物など何もないクリビアはほんの数日の楽園での生活にお別れを言うために砂浜に歩いて行った。
裸足になって砂の上を歩くと足裏から体の中の悪いものがどんどん出て行って、代わりに太陽に照らされ温かくなった砂浜からエネルギーを貰うようでとても気持ちが良い。
このエネルギーが子どもに良い影響を与えますようにとクリビアは願いつつ、短い間だったけど有難うと呟いた。
そして何とはなしにそのままふらっと波打ち際の方に歩いて行ってまだくるぶしにも満たない深さのところで昨日より波の強い海面を見ると、めまいのようにクラッとなって倒れそうになった。
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