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第二章
恋のさや当て
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「お忘れかもしれませんが、実はあなたが子どもの頃に会ったことがあるんです」
「子どもの頃?」
「サントリナの行き帰りに船酔いしたでしょう? あれ、介抱したの私なんですよ」
「えー! あの時の医師はランス伯爵だったのですか!?」
とたんに恥ずかしくなった。何度も吐いたところを見られている。
「ははは。あの時は今と違って天候が悪く海が荒れていましたからね、酔うのも仕方ないですよ」
そう、よりによって行きも帰りもその時だけ天気が悪かったのだ。
「今日明日はとても天気が良いそうなのであの時のように酔うことはないかもしれませんよ」
「それならいいですが」
楽しそうに話す二人の会話を邪魔するようにアスター王子が呟いた。
「なんだか寒いな……」
「え、あ、そうね」
「冷えて来たからそろそろ部屋に戻ろう」
アスター王子はクリビアの手を取り立たせて自分の上着を彼女の肩にかけた。
「伯爵、我々は部屋に戻ります。それでは」
「え、同じ部屋を?」
ランス伯爵がびっくりしたように言うと、クリビアはぎょっとしてすぐさま否定した。
アスター王子は別に勘違いされても良かったのにとでも言わんばかりにとぼけた顔をしている。
(アスター王子ったら、もう!)
「殿下、クリビアさんの名誉の為にも勘違いされるような言い方は止めてください」
「名誉? 私は既に彼女にプロポーズしているんだ。名誉が失墜することはない。もちろん彼女が私のプロポーズを受けてくれたらの話だが」
「は、今なんと仰いましたか? プロポーズ? 王室は知っているのですか?」
「私をいくつだと思っているんだ。父や重臣らの言いなりになるような年ではないぞ」
「そうは言っても……」
(殿下が良くても周りが許さないだろう。そうなったら傷つくのはクリビアじゃないか)
「そういえば、君には娘が一人いたな。君の帰りを待ちわびているだろうな」
「……」
突然娘の話を持ち出され、ランス伯爵は呆れた。アスター王子の考えていることなどお見通しだ。
しかし娘がいることを隠すつもりはさらさらないランス伯爵にダメージなどあるはずもなく、彼は軽く口角を上げた。
それよりも……
「あら、ご結婚されてたのですね」
クリビアが微笑んでそう言ったことの方がダメージが大きい。自分に全く関心が無いように感じられてテンションが下がった。
「七歳になる娘がいます。妻は五年前に亡くなりました」
「まだ小さかったのに大変でしたね」
「ええまぁ。でも乳母がほとんどやってくれたので私は特に何もしていません」
「お名前は?」
「ラミアです」
「可愛い名前ですね。伯爵と同じ黒髪で黒い瞳なんですか?」
ランス伯爵は、そんな細かい事まで聞かれるなんて想定外で、まさか興味を持ってくれたのだろうかと一気に期待の花が咲いた。
そういえばマリウスと一緒に旅をしていたくらいだから子ども好きなんだろう。
「瞳は青いですが顔は私に似ていますね」
「でしたらきっと美人さんなんでしょうね」
それは自分をかっこいいと言っているのか? と頬に赤みが差し、今日も髭を剃っていて良かったと自分を褒めた。
「そういえば随分長く家を空けていたのではないですか?」
「そうなります。でももう慣れていますから。乳母もいますしそこは心配していません」
「そんな……きっと寂しい思いをしていると思いますよ」
「あぁ、よかったらうちに遊びに来ませんか。ラミアも綺麗なお客様に喜ぶかもしれません」
「そうですね、機会があったら……」
「クリビア、体を冷やしたらいけない。中に入ろう。伯爵、君も医師ならそれくらい気を遣ったらどうなんだ」
「これは、私としたことが!」
クリビアと会話しているうちに彼女が妊婦であることが伯爵の頭から抜けていた。
どうも彼女の前にいると浮かれてしまうようだ。
医師なのに妊婦をこの冷えた船上に留まらせてしまった自分を殴ってやりたくなった。
「アスター王子、私は大丈夫ですから」
クリビアは話を広げてしまった自分にも責任があると思って、アスター王子に心配をかけて少し怒らせてしまったことを反省した。
「じゃあもう失礼するよ」
「ランス伯爵、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
アスター王子の左腕がクリビアの肩に回され、二人は船内に入って行く。
そんな二人の後姿を眺めながら、王子に自分が勝てるわけがないとランス伯爵は今にも泣きそうな情けない顔になった。
(ちょっと待て。勝てるだって? 私が王子と彼女を取り合う? 私は彼女のことを……好きなのか?)
さんざん彼女に好意を持ってもらいたい、一緒にいたいと思っていた割には自分の気持ちに気付いていなかった彼は、ようやく彼女を好きなんだと気付いた。
美砂以外の女性を好きになることなんて生まれてこのかた一度も無かったから自分でも驚きだ。
(でも彼女は私のことなどただの医師としか思っていないよなぁ。年も十は離れているし。はぁ……)
ランス伯爵は二人が船内に入る扉が閉まるのを見とどけるとまだ花火の余韻冷めやらぬ人々の中に入って行った。
夜も更けて来るとデッキの人影は徐々にまばらになっていき、とうとうランス伯爵一人だけになった。
ワインを飲みながら夜空を眺めていると、無数の星々が静かに輝いている中にひときわ明るい光が一筋の線を描いて流れていく。
その光は、まるで夜空に描かれた一瞬の奇跡のように儚くも美しい。
流れ星が通り過ぎる瞬間、ランス伯爵は心の中で願いを込めた。
「子どもの頃?」
「サントリナの行き帰りに船酔いしたでしょう? あれ、介抱したの私なんですよ」
「えー! あの時の医師はランス伯爵だったのですか!?」
とたんに恥ずかしくなった。何度も吐いたところを見られている。
「ははは。あの時は今と違って天候が悪く海が荒れていましたからね、酔うのも仕方ないですよ」
そう、よりによって行きも帰りもその時だけ天気が悪かったのだ。
「今日明日はとても天気が良いそうなのであの時のように酔うことはないかもしれませんよ」
「それならいいですが」
楽しそうに話す二人の会話を邪魔するようにアスター王子が呟いた。
「なんだか寒いな……」
「え、あ、そうね」
「冷えて来たからそろそろ部屋に戻ろう」
アスター王子はクリビアの手を取り立たせて自分の上着を彼女の肩にかけた。
「伯爵、我々は部屋に戻ります。それでは」
「え、同じ部屋を?」
ランス伯爵がびっくりしたように言うと、クリビアはぎょっとしてすぐさま否定した。
アスター王子は別に勘違いされても良かったのにとでも言わんばかりにとぼけた顔をしている。
(アスター王子ったら、もう!)
「殿下、クリビアさんの名誉の為にも勘違いされるような言い方は止めてください」
「名誉? 私は既に彼女にプロポーズしているんだ。名誉が失墜することはない。もちろん彼女が私のプロポーズを受けてくれたらの話だが」
「は、今なんと仰いましたか? プロポーズ? 王室は知っているのですか?」
「私をいくつだと思っているんだ。父や重臣らの言いなりになるような年ではないぞ」
「そうは言っても……」
(殿下が良くても周りが許さないだろう。そうなったら傷つくのはクリビアじゃないか)
「そういえば、君には娘が一人いたな。君の帰りを待ちわびているだろうな」
「……」
突然娘の話を持ち出され、ランス伯爵は呆れた。アスター王子の考えていることなどお見通しだ。
しかし娘がいることを隠すつもりはさらさらないランス伯爵にダメージなどあるはずもなく、彼は軽く口角を上げた。
それよりも……
「あら、ご結婚されてたのですね」
クリビアが微笑んでそう言ったことの方がダメージが大きい。自分に全く関心が無いように感じられてテンションが下がった。
「七歳になる娘がいます。妻は五年前に亡くなりました」
「まだ小さかったのに大変でしたね」
「ええまぁ。でも乳母がほとんどやってくれたので私は特に何もしていません」
「お名前は?」
「ラミアです」
「可愛い名前ですね。伯爵と同じ黒髪で黒い瞳なんですか?」
ランス伯爵は、そんな細かい事まで聞かれるなんて想定外で、まさか興味を持ってくれたのだろうかと一気に期待の花が咲いた。
そういえばマリウスと一緒に旅をしていたくらいだから子ども好きなんだろう。
「瞳は青いですが顔は私に似ていますね」
「でしたらきっと美人さんなんでしょうね」
それは自分をかっこいいと言っているのか? と頬に赤みが差し、今日も髭を剃っていて良かったと自分を褒めた。
「そういえば随分長く家を空けていたのではないですか?」
「そうなります。でももう慣れていますから。乳母もいますしそこは心配していません」
「そんな……きっと寂しい思いをしていると思いますよ」
「あぁ、よかったらうちに遊びに来ませんか。ラミアも綺麗なお客様に喜ぶかもしれません」
「そうですね、機会があったら……」
「クリビア、体を冷やしたらいけない。中に入ろう。伯爵、君も医師ならそれくらい気を遣ったらどうなんだ」
「これは、私としたことが!」
クリビアと会話しているうちに彼女が妊婦であることが伯爵の頭から抜けていた。
どうも彼女の前にいると浮かれてしまうようだ。
医師なのに妊婦をこの冷えた船上に留まらせてしまった自分を殴ってやりたくなった。
「アスター王子、私は大丈夫ですから」
クリビアは話を広げてしまった自分にも責任があると思って、アスター王子に心配をかけて少し怒らせてしまったことを反省した。
「じゃあもう失礼するよ」
「ランス伯爵、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
アスター王子の左腕がクリビアの肩に回され、二人は船内に入って行く。
そんな二人の後姿を眺めながら、王子に自分が勝てるわけがないとランス伯爵は今にも泣きそうな情けない顔になった。
(ちょっと待て。勝てるだって? 私が王子と彼女を取り合う? 私は彼女のことを……好きなのか?)
さんざん彼女に好意を持ってもらいたい、一緒にいたいと思っていた割には自分の気持ちに気付いていなかった彼は、ようやく彼女を好きなんだと気付いた。
美砂以外の女性を好きになることなんて生まれてこのかた一度も無かったから自分でも驚きだ。
(でも彼女は私のことなどただの医師としか思っていないよなぁ。年も十は離れているし。はぁ……)
ランス伯爵は二人が船内に入る扉が閉まるのを見とどけるとまだ花火の余韻冷めやらぬ人々の中に入って行った。
夜も更けて来るとデッキの人影は徐々にまばらになっていき、とうとうランス伯爵一人だけになった。
ワインを飲みながら夜空を眺めていると、無数の星々が静かに輝いている中にひときわ明るい光が一筋の線を描いて流れていく。
その光は、まるで夜空に描かれた一瞬の奇跡のように儚くも美しい。
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