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第二章
プロポーズ(三)
しおりを挟むアスター王子のプロポーズの時の話がおかみさんに聞こえてしまい、マリアンヌがシタールの王女であったクリビアだとばれてしまった。
おかみさんはバハルマでの噂も知っていたが、今までと同じように接してくれてクリビアにきつく当たるようなことはなかった。
「嘘を吐いて申し訳ありませんでした。私はここにいてもいいのでしょうか」
「当たり前だろう? 王族や貴族には庶民には考えられないような嫌な事もたくさんあるんだろうね。にしてもサントリナの王子だったなんて、王子にしては気取っていないし親しみやすいいい男だよねぇ」
おかみさんはこれまでのクリビアの真面目な働きぶりと生活ぶりから、彼女に対する悪い噂は全て嘘なんだろうと思ったと言う。
そんな風に思ってくれる人が叔母やアスター王子以外にもいたことに、クリビアは以前酒場で話していた男たちのような人ばかりではないということがわかって心底嬉しかった。
だがプロポーズの話を聞いていたのはおかみさんだけではなかった。
ちょうど勉強を教えてもらいに来ていた子どもたちも陰で興味津々で聞いていて、そこからその親へと話が広がっていくことになり。
そしてついにずっとクリビアを捜していたロータスの耳に入ることになる。
早朝の魚の仕入れから戻ると、遠目に宿屋の周りを沢山の騎士が取り囲み、大きく立派な馬車がとまっているのが見える。
(あれは! どうしよう、どうしよう!)
クリビアは宿屋に近づくことができず、そのまま踵を返した。
その時クリビアの所に行こうとしていたアスター王子がちょうど馬車に乗ってやって来た。
~~~~~~~~~~
「ここに金髪でピンクの瞳の女性が滞在していると聞いた。今どこにいる。名前はクリビアだ。いや、偽名を使っているかもしれない」
ここにいるのはカラスティアの国王陛下だ。おかみさんに嘘を吐く勇気はない。
金髪でピンクの瞳という事実に添って返事をすることにした。
「金髪でピンクの瞳の女性ならマリアンヌのことでしょうか、今ちょうど出ていて、もうすぐ帰ってくると思います」
「マリアンヌ……。そうか、なら待たせてもらおう」
ロータスは静かにテーブルに座った。
彼はこれまで見知らぬ女性が倒れているとか、修道院に美しい女性が運び込まれたなどの様々な情報に踊らされ、どれも人違いで何度も気を落とした。
だがシタールの元王女が港町タンスクにいるとの情報を聞いた時に今度こそそれはガセではないという直感が働いた。
(あの夜から半年か。短いようで長かった。ああ、早く会いたい)
心は躍り、生きていると信じて探し続けていた女性にやっと会える喜びで顔は晴れ晴れとしている。
(今度こそはもう二度と離さない)
だが、クリビアが宿屋に戻ることはなかった。
~~~~~~~~~~
アスター王子は取り敢えず自分の別荘にクリビアを連れ帰った。
そして、宿屋に戻れない理由を聞いて子どもの父親がロータス国王だと知る。
ずっと二人は不仲だったと思っていたため、まさかロータス国王がそんなに彼女を愛していたとは思ってもいなかった。
国を奪われ両親を殺されたにも拘わらずそれでもその娘のクリビアを愛しているというその愛の深さを思い知り、自分は敵わないのではないかと思うほどだ。
それでもクリビアを彼に渡したいとは思わない。
「君は本当に彼の元へ行く気は全くないのか」
「はい。彼にはもう王妃様がいらっしゃいます。私は彼女の負担になりたくありません」
「そうじゃない。ロータス国王を君は今でも愛しているのか?」
「……愛していません」
それなら話は早いと、アスター王子は少し強引な提案をした。
「クリビア、このまま私とサントリナに行かないか」
「え?」
クリビアが宿屋に帰らなければ余計にそれはクリビアだと言っているも等しい。
だとすると、今後ロータス国王はこの港町を徹底的に捜索するだろう。
もしかしたら検問を行うかもしれない。
そう考えるとアスター王子は見つかるのは時間の問題だと思った。
さすがに断られるかもしれないと思ったが、意外にもそれを受け入れてくれて、彼女の本気度を知ることができた。
そしてそのまま二人はサントリナ王国行きの船に乗り込んだ。
(おかみさん、ごめんなさい。後で手紙を書きます。どうかお元気で。子どもたちも、ごめんね)
荷物は宿屋に置いたまま身一つで船に乗ってしまい、そうするしかなかったとはいえ全てを中途半端に放り出して来てしまったことだけは心残りだ。
鏡のように平らでキラキラ輝く海面、船の出航を今か今かと待ちわびているように広がる青空。
船上のデッキにたくさんの笑顔の乗客が集まっているのを見ると、まるで海の向こうに希望があるかのような錯覚をクリビアは覚える。
そして汽笛が低く長く鳴り響き、船は静かに波を切って動き出す。
クリビアを乗せた船は多くの人の希望を乗せてタンスクからサントリナ王国へ出航した。
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