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第二章
プロポーズ(二)
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クリビアが妊娠している。
衝撃で動揺するアスター王子の茶色の瞳の視線はあちこち動いて落ち着く場所を探し、さっきまで彼女の頭を撫でていた手は自分の腿の上に置かれた。
「ヴァルコフ国王の子ども、ですよね」
まるでそうでなければいけないとでも言うかのように恐る恐る問いかける。
結婚していたのだからそうなるのも当然だと自分に言い聞かせるが、クリビアが首を横に振ると彼は息を呑んだ。
「じゃ、じゃあ誰の?」
(そうよね、そうなるわよね。言いたくないけどいずれ分かるかもしれないし……)
アスター王子は言いにくそうにしている彼女のお腹の方に目をやった。
よく見ればふっくらしている。ヴァルコフ国王ではないとすると誰なのだろうか。
クリビアが何も言わないでいると、アスター王子は唐突に青ざめた。
(なんて不躾なことを聞いてしまったのだろう! 今の質問を撤回したい! 『誰の?』じゃなくて『誰か聞いてもいいか?』と言うべきではなかったか? 私としたことが!)
「いや、言わなくていい。まだ……」
質問を撤回する代わりに挽回するように言ったつもりが、ちょっとしたところに余計なひと言が出てしまい、急いで手で口を覆った。
(『まだ』なんて、まるで自分に正当な聞く権利があるみたいな言い方をして、ちょっと図々しかったよな? それこそまだちゃんと告白していないのに……)
アスター王子は自分の発した言葉に落ち込み、もう何も言わない方が身のためだと思ってその後沈黙してしまった。
それに合わせるようにクリビアも沈黙する。
太陽は沈みすっかり夜になった。
もう展望台の閉まる時間になったので二人は馬車に乗った。
馬車の中ではアスター王子がずっと外を見て難しい顔をしているのでクリビアは少し居た堪れない気持ちになった。
(なんだろう。私の妊娠とアスター王子とは全く関係ないのに私が悪いことをしたみたいだわ。騙していたわけじゃないのに)
宿屋までそんなに遠くないのにクリビアにはその道のりがとても長く感じられた。
やっと宿屋に到着して今日のお礼を言って中に入ろうとしたら、アスター王子に呼び止められた。
「クリビア」
「?」
「君は、その人を愛しているのか? その人は君の妊娠を知っているのか?」
「愛……していたけど、今はもう愛していないわ。その人に言うつもりもないし知られたくない。私は一人で育てるって決めているから」
「……そうか。話してくれてありがとう。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
クリビアは食堂に向かい、無心になって皿を洗い始めた。
翌日の午後、昨日のこともあるし今日は来ないだろうと思っていたアスター王子が手に大きなバラの花束を持ってやってきた。
「クリビア、昨日君は私の話を遮って、私に告白させないようにしたよね。君は私をそんな男だと思っていたのか?」
「……」
「正直びっくりしたよ。でも私が大事なのは今だ。昨日の続きを私に言わせるチャンスをくれないか」
彼は返事を待たずに花束を手にクリビアの前に跪いた。
「私の恋人になってください」
「……」
「君が妊娠していようがいまいが私の気持ちにはなんの変わりもない」
クリビアは妊娠したことを話したら告白されることはないだろうと思っていた自分が恥ずかしくなった。アスター王子はずっと紳士的で誠実だったではないか。
しかしこのことでまた静かな生活が脅かされるのも嫌だった。
真剣に告白してくれた彼の為にもはっきり言うことにした。
「ごめんなさい。それはできません。あなたは次期サントリナの国王であらせられます。私の様な者と恋人など、そんなこと許されませんし私にも負担です」
「なんの覚悟も無しに言っているんじゃない。言っただろう、誰にも何も言わせないと」
「そういう訳には行かないことはご存じのはず。私は静かな生活を送りたいのです」
「私はここ数日君と一緒にいて、やはり愛しているのだと実感した。今ここで君を手放したら後悔する。もう後悔したくないんだ。静かな生活がしたいと言うのなら、私が全面的にサポートしよう」
クリビアに差し出されている真っ赤なバラの花が微かに震えている。
「お腹の子どもも共に育てさせてほしい。つまりこれは、アスター・サダルティア・ド・サントリナからクリビア・ニゲロ・ド・シタールへのプロポーズです」
「!」
「返事は今すぐでなくても構わない。君の気持ちが固まった時でいい。それまでは今まで通り、どうか私を避けないでいて欲しい」
衝撃で動揺するアスター王子の茶色の瞳の視線はあちこち動いて落ち着く場所を探し、さっきまで彼女の頭を撫でていた手は自分の腿の上に置かれた。
「ヴァルコフ国王の子ども、ですよね」
まるでそうでなければいけないとでも言うかのように恐る恐る問いかける。
結婚していたのだからそうなるのも当然だと自分に言い聞かせるが、クリビアが首を横に振ると彼は息を呑んだ。
「じゃ、じゃあ誰の?」
(そうよね、そうなるわよね。言いたくないけどいずれ分かるかもしれないし……)
アスター王子は言いにくそうにしている彼女のお腹の方に目をやった。
よく見ればふっくらしている。ヴァルコフ国王ではないとすると誰なのだろうか。
クリビアが何も言わないでいると、アスター王子は唐突に青ざめた。
(なんて不躾なことを聞いてしまったのだろう! 今の質問を撤回したい! 『誰の?』じゃなくて『誰か聞いてもいいか?』と言うべきではなかったか? 私としたことが!)
「いや、言わなくていい。まだ……」
質問を撤回する代わりに挽回するように言ったつもりが、ちょっとしたところに余計なひと言が出てしまい、急いで手で口を覆った。
(『まだ』なんて、まるで自分に正当な聞く権利があるみたいな言い方をして、ちょっと図々しかったよな? それこそまだちゃんと告白していないのに……)
アスター王子は自分の発した言葉に落ち込み、もう何も言わない方が身のためだと思ってその後沈黙してしまった。
それに合わせるようにクリビアも沈黙する。
太陽は沈みすっかり夜になった。
もう展望台の閉まる時間になったので二人は馬車に乗った。
馬車の中ではアスター王子がずっと外を見て難しい顔をしているのでクリビアは少し居た堪れない気持ちになった。
(なんだろう。私の妊娠とアスター王子とは全く関係ないのに私が悪いことをしたみたいだわ。騙していたわけじゃないのに)
宿屋までそんなに遠くないのにクリビアにはその道のりがとても長く感じられた。
やっと宿屋に到着して今日のお礼を言って中に入ろうとしたら、アスター王子に呼び止められた。
「クリビア」
「?」
「君は、その人を愛しているのか? その人は君の妊娠を知っているのか?」
「愛……していたけど、今はもう愛していないわ。その人に言うつもりもないし知られたくない。私は一人で育てるって決めているから」
「……そうか。話してくれてありがとう。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
クリビアは食堂に向かい、無心になって皿を洗い始めた。
翌日の午後、昨日のこともあるし今日は来ないだろうと思っていたアスター王子が手に大きなバラの花束を持ってやってきた。
「クリビア、昨日君は私の話を遮って、私に告白させないようにしたよね。君は私をそんな男だと思っていたのか?」
「……」
「正直びっくりしたよ。でも私が大事なのは今だ。昨日の続きを私に言わせるチャンスをくれないか」
彼は返事を待たずに花束を手にクリビアの前に跪いた。
「私の恋人になってください」
「……」
「君が妊娠していようがいまいが私の気持ちにはなんの変わりもない」
クリビアは妊娠したことを話したら告白されることはないだろうと思っていた自分が恥ずかしくなった。アスター王子はずっと紳士的で誠実だったではないか。
しかしこのことでまた静かな生活が脅かされるのも嫌だった。
真剣に告白してくれた彼の為にもはっきり言うことにした。
「ごめんなさい。それはできません。あなたは次期サントリナの国王であらせられます。私の様な者と恋人など、そんなこと許されませんし私にも負担です」
「なんの覚悟も無しに言っているんじゃない。言っただろう、誰にも何も言わせないと」
「そういう訳には行かないことはご存じのはず。私は静かな生活を送りたいのです」
「私はここ数日君と一緒にいて、やはり愛しているのだと実感した。今ここで君を手放したら後悔する。もう後悔したくないんだ。静かな生活がしたいと言うのなら、私が全面的にサポートしよう」
クリビアに差し出されている真っ赤なバラの花が微かに震えている。
「お腹の子どもも共に育てさせてほしい。つまりこれは、アスター・サダルティア・ド・サントリナからクリビア・ニゲロ・ド・シタールへのプロポーズです」
「!」
「返事は今すぐでなくても構わない。君の気持ちが固まった時でいい。それまでは今まで通り、どうか私を避けないでいて欲しい」
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