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第二章
プロポーズ(一)
しおりを挟むアスター王子は港町タンスクからほど近い所にある別荘に泊まっている。
視察で来ているというが視察している様子はなく、毎日宿屋の食堂に食事をしに来ているので誰がどう見てもマリアンヌ目当てだとバレバレだ。
子どもたちに勉強を教えている時も側にいるし、早朝の魚の仕入れにも付き添う。とにかく常にクリビアにべったりで離れない。
クリビアももちろん気付いているが、告白されるわけでもないし、友達のように接してくるのであえて気にする方が変だからそのままにしている。
「マリアンヌ、うちとしてはあの男がくるようになって客も増えて嬉しいんだけど、今のおまえさんの状況はちゃんと伝えているのかい? 五か月目にしては全然目立たないがこれから目立ってくるよ。言ってそれで離れて行ったらそれまでの男だったってことだよ」
「離れて行くとか、そういう関係じゃありませんよ。ただの知り合いですから」
「はぁ……全く……」
アスター王子が食事に来るたびに護衛の騎士たちもこの食堂で食事をするようになったので売り上げが上がった。
おかみさんは護衛騎士を一般客だと思っているが、クリビアには護衛騎士なのだろうとなんとなく分かっている。目つきや体格、風情などがちょっと違うのだ。
妊娠していることは、全然目立たず言わなければわからないし、そういう時に聞かれもしないのに自分から言うのもなんだなと思っている。
「でも、ありがとうございます。考えてみます」
クリビアが勉強を教えている場所は宿屋の敷地内の空き地に置いてあるテーブルだ。雨の日はお休みにしている。
夕方、勉強も終わり子どもたちが帰って行ったあと、アスター王子に海の見える展望台に誘われた。
これから夕飯時、宿屋の食堂の手伝いをしなければならないため一旦断ったが、おかみさんが今日はいいから行っておいでと言ってくれた。
馬車に乗り山の上にある展望台に着いた。
そこからは三百六十度見渡せ、遠くにはかつてのシタール城が見える。
現在はカラスティアの管理下にあるがクリビアは不思議と何の感慨も無い。
城の美術品などはゆくゆくはそのまま展示品として一般開放されるらしい。
「あー、気持ちいい。こんな所があったのね」
残暑の厳しい地上よりも大分気温が低く、涼しい秋風に金髪がふわっと靡きキラキラ光る。
アスター王子は目を細めてクリビアを見つめている。
「でもサントリナ島は見えないのね」
「船でも丸二日はかかるからね」
「そういえば地獄の二日間だったわ」
「え?」
「サントリナへの行き帰りずっと船酔いしてて、本当に苦しくて偶然乗り合わせた医師に看病してもらったのよ。今思うとただの船酔いなのに大げさだったわ。ふふふ」
「あはは、そうか。じゃあ今度サントリナに来るときは特別に最上級の船を用意してあげるよ。なるべく君の負担を減らすようにしないといけないからね」
太陽の下半分がゆっくりと水平線に触れ、それはオレンジ色から紫色へと変ってゆく。海面は夕日の光を反射してその輝きは宝石のようだ。
(綺麗……。部屋の窓から見る光景も美しいけど、ここからは格別だわ)
妊娠していることを言うなら今かしらとそのタイミングを見計らっていると、アスター王子が真面目な顔をして伝えたいことがあると言った。
「実は私は子どもの頃にあなたに一目惚れをしたんですよ」
「え、そうなんですか!?」
「でもあなたはカラスティアの王子と婚約していて本当にがっかりしました」
「ああ……」
クリビアはもしこの王子と結婚していたら自分の人生はどうなっていただろうかとちらっと考えた。
きっとこれまでのような辛い目には合っていなかったかもしれない。
「ロータス王子との結婚がなしになってから、私がどれだけあなたを切望したか……」
「え」
「そしてバハルマに嫁いだと聞いてどれだけ絶望したか……。私はもう二十七です。誰にも何も言わせません」
アスター王子は遠くの海を見つめ、決意を表明するかのように力強く言った。
クリビアはなんだか落ち着かない気分になった。
(こ、これはもしかして……。ああだめよ、この人は私の事を何も知らないから!)
「私の話を聞いてください!」
アスター王子はゆっくりとクリビアの方を向いた。
そしてクリビアの頭を撫でながら彼女が話すのを黙って待っている。
その手つきは愛情に溢れた限りなく優しい手つきだ。
クリビアは彼ががっかりして傷つくのは嫌だったが、本気なら絶対に言うことを避けては通れない。
「私……妊娠しているんです!」
「!!!」
クリビアの頭を撫でる手が止まった。
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