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第二章
心の闇
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カラスティアの王宮の南に位置する東屋では、結婚したばかりのアナスタシア王妃が貴族令嬢らと共にお茶をしている。
東屋は色とりどりの花々に囲まれており、彼岸花や女郎花、そして百日紅が夏の終わりを惜しむかのように見事に咲き誇っている。
木々の隙間から差し込む光は東屋の木の柱や屋根を温かく照らし、その移ろいは穏やかな時間が流れて行くのを感じさせる。
「王妃殿下がいらしてくれたことでこの国も前途洋洋ですわ。宮廷の貴族たちの中には自分の娘を王妃にできなくて残念がっている者もおりましたけど、アナスタシア王妃殿下相手には諦めるしかありません。ふふふ」
後ろ盾のしっかりした王女の中の王女、アナスタシアの右に出る者はそういない。
なんのスキャンダルも無い清廉潔白な彼女はもはやこの世界で一番の幸せな王妃だと言われている。
「王妃殿下のことを嫌う声もなく、これはまさに王妃殿下のご人徳以外の何ものでもないですね」
「バハルマは国王陛下が平和主義で有名ですので我がカラスティアも安心して再興に力を入れることができますわね」
「協力します、なんて言って攻撃してくることもないでしょうし」
「あら、でももうそんな国は存在しないんじゃないの? くすくす」
「……カラスティアの再興には私も王妃として尽力を尽くしますわ。でもこの国の事は私よりあなたたちの方が知っているから色々教えてくださいね」
「もちろんです」
(ここにいるのがクリビア様だったら、きっとバハルマと同じように辛い思いをしていたでしょうね)
だからこそこの場は自分の居場所でもある。
ロータスの心はまだ掴むことはできないが、いつか必ず振り向いてくれるだろうとアナスタシアは信じている。
ロータスは国王の執務室の窓から見える東屋で幸せそうにお茶をする王妃たちを鬼のような形相で睨みつけている。
そこで一息つき、四季の移ろいを感じながらクリビアとの対話に花を咲かせる――。
あの東屋はロータスがクリビアと共に過ごそうと新しく設計した肝いりの東屋だった。
少ししてドレインが現れたためロータスは窓を背に椅子に座った。
クリビアがバハルマの国境を越えたら密かにカラスティアの王宮に連れて来るように命令されていたドレインが事の次第を報告し終わると、怒声が部屋中に響き渡った。
「貴様、それで諦めて戻って来たというのか!!」
「申し訳ありません。下流の方も探しましたがどこにもおらず、一度ご連絡を入れ協力を仰いだ方がいいと思い……」
「クリビアに何かあったらお前もただじゃすまないと覚えておけ!」
「……はっ」
側にいるエリノー公爵は、もう生きてはいないのではと思ったが、そんなことを口にしようものならロータスに殺されるから黙っている。
「エリノー、暗くなる前にこれからもう一度トリス側の下流域を探しに行く。地図を持ってこい。バハルマからの流れだとカラスティア国内に流れ着いている可能性が高い。誰かが助けたかもしれないから周りの家も捜索するぞ」
「わかりました」
(無事でいてくれ! どうか、どうか!!)
ドレインの話からガルシアで自分を尾行していた男とクリビアを襲った男が同一人物だということは分かった。あの顔の傷は一度見たら誰も忘れないだろう。
ロータスにはヴァルコフ国王の考えていることが分からない。それはエリノー公爵も同じだ。
アナスタシアと結婚したのに何故今になってクリビアを殺そうとするのか。
急いで出かける準備をして王宮を出たその時、ちょうど庭園から王宮へ戻ろうとするアナスタシア王妃たちと出くわした。
「陛下! どちらに?」
アナスタシアが優しい微笑みをロータスに向け話しかけたにも拘わらずロータスは怒りのこもった冷たい目を向けただけで何も言わず足早に横を通り過ぎて行った。
「ま、まぁ、陛下はどうなさったのでしょうか。王妃殿下がいらっしゃるのに」
「もしかしてあまりにも急いでいたからお気づきになられなかったとか」
「でも殿下の方を見られた気はしましたけど、私の見間違いかしら」
よりによって令嬢たちがいるところでそんな場面を見られてしまった。
アナスタシアは自分が陛下から愛されていないことを令嬢たちに知られたくはないため、全く気にしていないかのように、それが陛下なのだというように平然として「きっと大事な急用ができたのでしょう」と言って誤魔化すしかなかった。
自室に戻り一人になったアナスタシアに急に震えが襲ってきた。
(どうして……。私が何かした? さっきのあの目はいつもと全く違ったわ。理由が知りたい! どうしてあんな目で見たのか!)
アナスタシアはロータスの自分を見る冷たい目に心が凍りそうになり、怒りにも似た悲しみで心の中がいっぱいだ。
新婚の甘さは最初から期待していない。
自分から話しかけなければ二人が会話をすることもなく、仕事の休みも取らないため新婚旅行も無い。
そういうのも結婚前は振り向いてくれるまで待てると思っていた。
しかしまだ結婚して一週間も経っていないというのに、実際そうなるとロータスのそっけなく冷たい態度に悲しみは深くなり寂しさが積もっていく。
愛する人は目の前にいるのに、その心は遥彼方にあることがこんなにも苦しいことだとはアナスタシアは知らなかった。
東屋は色とりどりの花々に囲まれており、彼岸花や女郎花、そして百日紅が夏の終わりを惜しむかのように見事に咲き誇っている。
木々の隙間から差し込む光は東屋の木の柱や屋根を温かく照らし、その移ろいは穏やかな時間が流れて行くのを感じさせる。
「王妃殿下がいらしてくれたことでこの国も前途洋洋ですわ。宮廷の貴族たちの中には自分の娘を王妃にできなくて残念がっている者もおりましたけど、アナスタシア王妃殿下相手には諦めるしかありません。ふふふ」
後ろ盾のしっかりした王女の中の王女、アナスタシアの右に出る者はそういない。
なんのスキャンダルも無い清廉潔白な彼女はもはやこの世界で一番の幸せな王妃だと言われている。
「王妃殿下のことを嫌う声もなく、これはまさに王妃殿下のご人徳以外の何ものでもないですね」
「バハルマは国王陛下が平和主義で有名ですので我がカラスティアも安心して再興に力を入れることができますわね」
「協力します、なんて言って攻撃してくることもないでしょうし」
「あら、でももうそんな国は存在しないんじゃないの? くすくす」
「……カラスティアの再興には私も王妃として尽力を尽くしますわ。でもこの国の事は私よりあなたたちの方が知っているから色々教えてくださいね」
「もちろんです」
(ここにいるのがクリビア様だったら、きっとバハルマと同じように辛い思いをしていたでしょうね)
だからこそこの場は自分の居場所でもある。
ロータスの心はまだ掴むことはできないが、いつか必ず振り向いてくれるだろうとアナスタシアは信じている。
ロータスは国王の執務室の窓から見える東屋で幸せそうにお茶をする王妃たちを鬼のような形相で睨みつけている。
そこで一息つき、四季の移ろいを感じながらクリビアとの対話に花を咲かせる――。
あの東屋はロータスがクリビアと共に過ごそうと新しく設計した肝いりの東屋だった。
少ししてドレインが現れたためロータスは窓を背に椅子に座った。
クリビアがバハルマの国境を越えたら密かにカラスティアの王宮に連れて来るように命令されていたドレインが事の次第を報告し終わると、怒声が部屋中に響き渡った。
「貴様、それで諦めて戻って来たというのか!!」
「申し訳ありません。下流の方も探しましたがどこにもおらず、一度ご連絡を入れ協力を仰いだ方がいいと思い……」
「クリビアに何かあったらお前もただじゃすまないと覚えておけ!」
「……はっ」
側にいるエリノー公爵は、もう生きてはいないのではと思ったが、そんなことを口にしようものならロータスに殺されるから黙っている。
「エリノー、暗くなる前にこれからもう一度トリス側の下流域を探しに行く。地図を持ってこい。バハルマからの流れだとカラスティア国内に流れ着いている可能性が高い。誰かが助けたかもしれないから周りの家も捜索するぞ」
「わかりました」
(無事でいてくれ! どうか、どうか!!)
ドレインの話からガルシアで自分を尾行していた男とクリビアを襲った男が同一人物だということは分かった。あの顔の傷は一度見たら誰も忘れないだろう。
ロータスにはヴァルコフ国王の考えていることが分からない。それはエリノー公爵も同じだ。
アナスタシアと結婚したのに何故今になってクリビアを殺そうとするのか。
急いで出かける準備をして王宮を出たその時、ちょうど庭園から王宮へ戻ろうとするアナスタシア王妃たちと出くわした。
「陛下! どちらに?」
アナスタシアが優しい微笑みをロータスに向け話しかけたにも拘わらずロータスは怒りのこもった冷たい目を向けただけで何も言わず足早に横を通り過ぎて行った。
「ま、まぁ、陛下はどうなさったのでしょうか。王妃殿下がいらっしゃるのに」
「もしかしてあまりにも急いでいたからお気づきになられなかったとか」
「でも殿下の方を見られた気はしましたけど、私の見間違いかしら」
よりによって令嬢たちがいるところでそんな場面を見られてしまった。
アナスタシアは自分が陛下から愛されていないことを令嬢たちに知られたくはないため、全く気にしていないかのように、それが陛下なのだというように平然として「きっと大事な急用ができたのでしょう」と言って誤魔化すしかなかった。
自室に戻り一人になったアナスタシアに急に震えが襲ってきた。
(どうして……。私が何かした? さっきのあの目はいつもと全く違ったわ。理由が知りたい! どうしてあんな目で見たのか!)
アナスタシアはロータスの自分を見る冷たい目に心が凍りそうになり、怒りにも似た悲しみで心の中がいっぱいだ。
新婚の甘さは最初から期待していない。
自分から話しかけなければ二人が会話をすることもなく、仕事の休みも取らないため新婚旅行も無い。
そういうのも結婚前は振り向いてくれるまで待てると思っていた。
しかしまだ結婚して一週間も経っていないというのに、実際そうなるとロータスのそっけなく冷たい態度に悲しみは深くなり寂しさが積もっていく。
愛する人は目の前にいるのに、その心は遥彼方にあることがこんなにも苦しいことだとはアナスタシアは知らなかった。
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