愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

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第二章

別れ

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「ねぇおじさん、ガルシアに行くの?」
「そうだよ。患者がね、待っているんだ」

 マリウスはランス医師の服の先を摘まみながらもクリビアの方をちらちら見て気にしている。

 クリビアはガルシアに行けば姉に会えるかもしれないとマリウスが思っていることが手に取るようにわかった。
 しかしもう亡くなっている可能性の方が高く、行くだけ無駄だ。
 昨晩はずっと一緒に暮らそうと言ったら喜んだのに、どうして……と、悲しくなった。

「君もガルシアに行きたいのか?」
「う…ん……」
「あの、私たちは旧シタールの港町に行くんです。マリウス、そうでしょう? ガルシアにはまた今度連れて行ってあげるわ」

 残念そうに目を伏せるマリウスを見て可哀想だとは思うがネベラウ枢機卿に見つかればヴァルコフ国王の耳に入って刺客がまたくるかもしれないし、ともすればマリウスまで巻き添えを食らう可能性だってある。
 クリビアにそんな危ない橋を渡る気はない。

 そんなクリビアの不安など知らないランス医師は出立しなくてはならないのがつくづく残念で仕方なかったが、マリウスのお陰でまだ一緒にいることができるかもしれないと期待して喜々として提案した。

「マリアンヌさん、お急ぎでないのなら、遠回りですが観光がてらガルシアに寄るのもいいのではないでしょうか。帰りは私もシタールの港町から船でサントリナまで帰るので、行きも帰りもご一緒できます。女性と子ども二人旅より何かと心強いと思いますが……」
 
 しかしクリビアの表情は冴えず、口調がいささか厳しめになった。

「私はガルシアには行けません。マリウス、どうしても行きたいのならあなただけ連れて行ってもらえばいいわ。気になるんでしょう?」
「そんなの嫌だよ、一緒に行こうよ!」
「私は駄目なのよ、ごめんね」
「……わかった。じゃあ僕も行かないよ」

 川で襲ってきたのは盗賊だと思っているマリウスは自分だけを行かせようとしたことがショックで、仕方なく行くのを諦めた。

 ランス医師もそこまでして行きたくないのなら仕方がないと肩を落とす。
 何か理由があるのだろう。川辺で倒れていたことといい、訳ありには違いないのだ。
 そこを詮索する気も無い。
 しかし、だとしたらもうここでマリアンヌとお別れになってしまう。
 何か、どんなことでもいい、細い糸でも繋がることはできないか……と、必死に絞り出す。

「あ」

 そういう時はまず自分のことを開示しなければいけないことに気が付いた。

「申し遅れました。実は私はサントリナ王国のランス・クライブ伯爵と申します」
「貴族だったなんて」
「隠していたわけではないのですが、もし何かお困りのことがあったら是非うちを頼ってください」
「貴族なのに医師の仕事をなさっているなんてびっくりです」
「サントリナでは貴族でも色々な資格を取って仕事にしている人もいるんです」
「そうなんですか。でもサントリナだけでなくガルシアまでわざわざ診察に行くなんて大変ですね。いくら名医だからといって」
「ははは。数年前にガルシアの医師に頼まれましてね。たまにその様子を見に行っているだけなんですよ。その患者さんはマリウス君と同じピンク色の髪をした若い女性で。……そういえばふわふわの柔らかそうな髪質も似てますね……」

 それを聞いてマリウスとクリビアの顔色が変わった。

「ねえ! その人の名前は何て言うの?」
「えーと、ジュリアナだよ」
「それ、きっと僕のお姉ちゃんだよ!」
「え!?」

 ランス医師は昨晩一瞬だけ考えたことが当たっていたのでびっくりした。
 それなら弟を連れて行ったら彼女の体に何か変化が起こるかもしれないという医者魂が湧き起こる。

「ただ彼女はもう何年も眠り続けているんだ」
「何年も? だから!」

 だから自分の所に来ることが出来なかったのだとマリウスは合点して、病気なのは心配だけど、捨てられたんじゃなかったんだとわかって心が明るくなった。





 午後、三人は港町へ続く西へ向かう道と、ガルシアへ続く北へ向かう道の分岐点に立っている。

「お姉ちゃんごめんね……」

 マリウスの目から流れ落ちる涙をクリビアはハンカチでそっと拭いてあげた。
 本当の姉弟の絆には適わないと思うと一抹の寂しさを覚える。

「いいのよ。意識が無くても聞こえているって聞いたことがあるもの、きっとマリウスが来たのを知って意識が戻るかもしれないわ」
「一緒に行けなくて本当に残念です。マリアンヌさん、無理をせず、体には十分気を付けて下さいね。一人じゃないのですから。何かあったら是非我が伯爵家までご連絡ください」
「色々とお世話になり有難うございました。御恩は忘れません」

 ランス医師はクリビアに手を差し出し握手を求めた。
 そしてクリビアが戸惑ってしまうほど長く握り締めたその手を、ため息を吐きながら名残惜しそうにゆっくりと離した。

「じゃあ出発するか」





(今なら間に合う。ガルシアに行ったって必ずしも見つかるわけではない。今なら……)

 クリビアはどんどん遠ざかっていく二人の姿に何度も足を踏み出しそうになるが、その度に踏みとどまる。

 突然自分の境遇が変わることはこれまでもそうだった。
 でもジュリアナが生きていたのはマリウスにとっていいことなのだからこれはいい変化なのだ。
 一度だけ振り返って大きく手を振ったマリウスの背中に元気でねと呟いてクリビアは西へ向かって歩き出した。




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