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第二章
出会い(二)
しおりを挟む抱きしめ合う二人をドアの近くから柔らかい表情で見つめる男がる。
黒髪で黒い瞳の彼は顎から頬にかけびっしり髭を生やしていておじいさんとまではいかないが、クリビアより随分年上のように見える。
彼が川辺で倒れているクリビアたちを発見して応急処置を施した後、自分の宿泊する宿屋まで抱えてきてくれたのだ。
軽快な声で彼が声をかけた。
「気が付かれて安心しました。マリウス君は沢山の水を飲んでいて吐かせた後すぐに気が付いて元気になったんですよ。でもあなたは気を失ったままなかなか目覚めなくて心配しました」
「助けて下さり有難うございます。あの、ここは?」
「ここはカラスティアの宿屋です。私はランス・クライブと言います。医師ですのでご安心ください」
「まぁ、助けていただいたのが偶然医師だったなんて」
「ほんと、僕たち運が良かったよ! 見て、荷物も無事だよ」
少し離れていたところに流れついたトランクは乾かすためと着替えを出すために開けたそうだ。ランス医師を疑っているわけではないが、アナスタシアから貰った宝石やお金はなくなってはいなかった。
「勝手に開けてすみませんでした」
「いえ、いいんです」
「ところで……私はあなたを数か月前に診察したことがあると思うんですが」
「?」
「バハルマ王国のアナスタシア王女のご友人じゃありませんか?」
(アナスタシアの友人? 数か月前といえば……)
「もしかして私が熱中症で倒れた時に診て下さった医師ですか?」
「…熱中症…」
クリビアはしまったと思った。ここではそんな風には言わない。
「いえ、えーと、日射病です」
「……そうです。その時に私が差し上げた塩飴がトランクの中に入っていたので、どことなく見覚えがありますしもしやあの時の、と思ったのですがやっぱりそうでしたか」
「塩飴も本当に有難うございました。街の子どもたちに配るものだったと聞きました。それを分けて下さって、ご迷惑をおかけしたのではと心苦しかったのです」
「ははは。いっぱいありますからお気になさらずに。それよりあなたはもう少し自分を大切になさった方がいい。あの時もとても痩せていました。今回は無謀にも川を渡ろうとしたなんて、どうして……」
クリビアの瞳に影が差した。微笑みを浮かべた口元はそのままだが明らかに纏う空気が変わった。
マリウスがちらっとクリビアの顔を見る。
ランス医師は二人の間に醸し出された空気を察知して、説教めいたことを言ってしまったことを反省した。
「すみません。今のは失言でした。事情も何も知らない私が言うことではないですね」
「いいえ、そう思うのも当然です」
「今食事を持ってきますからゆっくり休んでいて下さい。大切な時期です、無理はしないように」
「大切な時期?」
「ああ、妊娠初期ですからね。脈診しましたら子どもは無事のようですよ。本当にラッキーでしたね」
ピンク色の大きな瞳が更に大きく見開かれ、口は半開きになった。
「……気付いていなかったのですか?」
青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。
クリビアは牢に入れられたショックで月のもののことまで考えが回っていなかった。
(親睦パーティーの夜の……)
一瞬どうしようかと思ったがロータスには内緒で産むことを決めた。
まだまだ不安の方が大きいが、自分が心を許せる家族が初めてできるという喜びはひとしおだ。
その日の夜。
クリビアの寝ている横でマリウスが小さな声で鼻歌を歌っている。
彼はクリビアが目覚めて嬉しくて今日一日興奮していた。
「もう寝た方がいいわよ」
「ねえ、お姉ちゃんを助けてくれた人はどうなったのかなぁ」
「そうねぇ。逃げるのに必死で置いてきちゃったわね。でも相手は肩に剣が刺さって怪我したんだから、負けるはずないわ。きっと生きているわよ。いつか会うことができたらちゃんとお礼を言わないとね」
「うん」
あの場面で助けてくれたということは、その人もずっと後をつけてきていたのかもしれないと思うと、悪い人ではないと思うがクリビアはあまりいい気分はしなかった。
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