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第二章
アナスタシアの為に
しおりを挟む命を狙ったのがヴァルコフ国王なのはクリビアにはわかっていた。
アナスタシアを溺愛するあの男ならロータスが執着するクリビアが邪魔で消そうとするのは当然だ。
全てはアナスタシアの為に。
だから絶対に妊娠したことを知られてはいけないと心に誓い気を引き締めた。
自分と子ども、そして自分もまた、アナスタシアの為に。
しかしいつまでこういう気持ちでいなければいけないのだろうか。
心配、不安、緊張、怖れ、隠れ、逃げる。
まるで逃亡中の犯罪者のようで嫌になってくるのも確かだった。
「ねえお姉ちゃん」
「ん?」
「僕ね、生まれてくる赤ちゃんが男の子だったら騎士ごっこするんだ。女の子だったらうんと可愛がる」
クリビアも三人仲良く暮らすのが楽しみだ。
「私たちは三人家族になるのよ。ずっと一緒に暮らしましょうね」
「やったー!」
ふと本当の姉の事はどう思っているのだろうかと思ったが聞くに聞けない。
落ち着く場所が決まってもう少し大きくなったら亡くなったことを伝えてお墓参りをさせてあげよう。
クリビアはそう思いながらマリウスと手を繋いで眠りに着いた。
ランス医師は自分の宿泊部屋にクリビアたちを泊まらせているので自分は宿屋の主人に屋根裏部屋をただで借りて寝ている。
ここには何度も泊まっているお得意さんなので融通を利かせてくれてありがたい。
屋根裏部屋には窓が一つあって、晴れ渡る夜空に星が瞬いているのが見える。
(結婚していないのに妊娠している訳ありの美人か。でも日射病以前にもどこかで見たことがあるような気がしないでもないんだよな……。いや、あんな美人一度見たら忘れるわけないか。アナスタシア王女と友人ということは高位貴族なんだろうが身なりからはそうは見えないし川辺で倒れていたのもおかしい。いや、貴族だからこそ何かに巻き込まれたとかか? それにあの弟も全く似ていない。どちらかというとあのピンクの髪は……)
そこで考えを止めた。あの姉弟のことを知ってどうしようというのだ。
ただ、彼女の発した ”熱中症” という単語だけはどうしても気になった。
ランス医師は二十三年前、十歳の頃に前世の記憶が突然蘇った。
熱中症は、その世界で日射病をさす単語として使われていたのだ。
塩飴も前世の知識からこの世界で作り、それを子どもや高齢者にただで配っている。
もしかして彼女も自分と同じ世界からの生まれ変わりで記憶を持っているのかもしれないと思ったが、聞いてみたところで頭がおかしいとか空想僻のあるおじさんなんて思われるのが落ちだ。
期待はせずにただの偶然、そういうこともあるのだろうと早々に結論付けた。
翌朝
「おや、ランスさん、鏡の前にいるなんて珍しいねぇ」
「わ、びっくりした」
宿屋のおかみさんがニヤニヤしながら突然話しかけてきて手からカミソリが落ちた。
「なんだ、髭を剃っていたのかい。あらあら、いい男になっちゃって! 隅に置けないねぇ」
「からかわないでくださいよ。今日は出立するんでちょっと身だしなみを整えようと思っただけですよ」
「へー、そうかい? ま、うまくやるんだね。朝食はテーブルに置いといたよ、持ってくんだろ?」
「ありがとうございます」
久し振りに髭を剃った顔は自分で見てもなかなかいけているのでは? と思ったが、すぐに何考えているんだと恥ずかしくなった。
そしてテーブルに置かれた朝食を持ってクリビアたちのいる部屋に行った。
「おはようございます。マリアンヌさん、具合はいかがですか」
「……おはようございます。もうすっかり元通りです。ありがとうございます」
(びっくり。誰かと思った。髭を剃ったのね。とてもイケメンだわ。しかも思っていたより若いみたい)
特に理由はないのだが、クリビアは見た目の変わりように驚いたと思われたくなかったため、髭を剃ったことには触れなかった。
「それはよかった。実は私は今日ガルシアへ出立しなければなりませんのでこの部屋は出なければなりません。しかしあなたがここにまだ泊まりたいのであれば宿屋の主人に伝えますけど」
「まぁ、そうだとは知らずゆっくりしてました。私たちも今日出ます。あの、ここの宿泊費と助けていただいたお礼をさせて下さい。診察代も支払います」
クリビアはそう言ってトランクの中から財布を出した。
「いや、いりません。気になさらないでください」
「そんなわけにはいきません」
二人がそんなやりとりをしているとマリウスがランス医師の服をちょんちょんと引っ張った。
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