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第一章
解放
しおりを挟む「汚ねーなー。とっとと出て行け!」
城の門番にドンと背中を槍の柄で押されてクリビアはよろよろもたつきながら城門の外へ出た。
背中は痛いがそれよりもやっとこの城内から出られたと思うと涙が出る程嬉しくて、そんな門番の態度もなんとも思わなかった。
代わりにマリウスが門番を睨みつけあかんべーをしてくれる。
城門から少し離れた所でクリビアは両手を大きく上に伸ばして深呼吸した。
牢に入れられてから二ヶ月ちょっと。
久し振りに浴びる太陽の光に全身の細胞が喜んでいる。汚れた肌でもキラキラ光を放っているようだ。
(牢に入った時はすぐに死ぬか何年も入っていることになるかどっちかと思って絶望したけど)
空気も新鮮で風の揺らす葉音が耳に心地よい。生きていて良かったと今ではそう思える。
右手にアナスタシアが持たせてくれた宝石とお金、少しのお菓子等の入ったトランクを持ち、左手にはマリウスの手を繋いで、クリビアは王城の門から自由への一歩を踏み出した。
ただの平民になったクリビアにはもうなんのしがらみもない。
ただクリビアという名前は今やもうすっかり悪い意味で有名になり、その名を使うことが憚られるため偽名を使って生きていくことにした。
マリウスが弟なので新しい名前は「マリアンヌ」だ。
「マリアンヌお姉ちゃん」
「なーに?」
「マリアンヌお姉ちゃん」
「なーーに?」
二人は顔を見合わせてクルクル笑った。
これからどこへ行こうかとクリビアは考えた。とにかくバハルマからは出たい。
だとしたらカラスティアかガルシア宗教国か、それとも馴染みのない北や東の国々……。
(そうだわ。サントリナ王国に行ってみようかしら)
叔母のいるサントリナなら何かと安心かもしれないと思った。
そこへ行くにはまずは旧シタールの港町まで行かなければいけない。
急ぐことはない。
お金を節約しないといけないためできるだけ歩いて行きたいが、ずっと牢にいたため少し歩いただけでも疲れて息が上がる。
マリウスが心配そうにするから仕方なく乗合馬車に乗って国境近くの街まで行って、そこで今夜は宿泊することにした。
宿屋の食堂ではカラスティア王国の結婚式のパレードを見学しに行った人たちが盛り上がっている。
とても美しい王妃とかっこいい国王でお似合いだったとか、王妃が満面の笑みを湛えていたが国王は終始真顔でともすると仏頂面にも見えて怖かったなど。
クリビアはもう自分にはなんの関係も無い、世界の違う出来事だと思いただアナスタシアの幸せだけを願った。
しかし話はそれだけでは終わらず、酒のつまみになる話はもっと面白いものでなければならないようだ。
「クリビア王妃が昔の婚約者だったんだろう?」
それを皮切りに次々に人々は面白おかしくクリビアの噂話に花を咲かせた。
昔の婚約者と結婚しなくて国王は正解だった、恩赦で牢から出たらしい、悪女、泥棒、娼婦、詐欺師、淫乱……。
自分の悪い噂にコップを持つ手が震え呼吸が浅くなる。
この場にいるのが怖い。
逃げ出したくなったが、目の前には食事に夢中のマリウスがいる。
元気を出さなければ……。今のクリビアにはマリウスだけが支えだ。
ただ、この様子ではサントリナに行っても叔母は迷惑かもしれないと思い、サントリナ行きは一旦止めておくことにした。
翌日の早朝、とにかく国境を越えてカラスティアに入る一番近道の山道を宿屋の主人に教えてもらった。
そのルートは道が整備されていないため馬車は通らず歩いて行くことしかできないが、ゆっくり歩いていくなら近くはトリス川が通っていて観光客もいるくらいだから女性と子どもでも危なくはないだろうということだった。
旧シタールに行く方法はカラスティアに入ってからまた後で考えればいい。
「じゃ、行こうか、マリウス」
「うん!」
マリウスはクリビアに合せてゆっくり歩いている。クリビアは自分がとんでもなくおばあさんになった気がしてならない。
「遅くてごめんね」
「そんなことないよ、周りをゆっくり見ながら歩けるから楽しいよ」
道は整備されていないが、人が踏みならした道はそれほど悪路でもない。
空気はおいしいし鳥の鳴き声や時折風で香る花の匂いをたっぷりと吸い込みながら歩くのは健康的で癒される。
水の流れる音が聞こえてきたので二人はそこに行ってみることにした。
木の枝を除けながら進むと十メートルくらいの川幅の大きな川が目の前に開け、マリウスが走り出した。
「わー、川だ、川だー」
クリビアは花びらが川面に舞い降りる美しさに見とれながらその川辺を歩いている。生成りのワンピースが汗で体にへばりつく。
「ちょっと休みましょうか。私の目の届くところにいてね」
マリウスは川の畔で足をピチャピチャさせて遊んでいる。
まだ午前中の早い時間帯なので人は誰もおらずマリウスのキャッキャ言う声だけが川の流れの音と共に聞こえてくる。
クリビアはトランクの横で後ろに手をついて座り空を見上げた。
(はあああ。心が洗われるわ)
その時、後ろでザクッという小石を踏む音がした。
振り返ると誰もいなかったはずの後ろに見知らぬ大きな男がクリビアを見下ろして立っていた。
城の門番にドンと背中を槍の柄で押されてクリビアはよろよろもたつきながら城門の外へ出た。
背中は痛いがそれよりもやっとこの城内から出られたと思うと涙が出る程嬉しくて、そんな門番の態度もなんとも思わなかった。
代わりにマリウスが門番を睨みつけあかんべーをしてくれる。
城門から少し離れた所でクリビアは両手を大きく上に伸ばして深呼吸した。
牢に入れられてから二ヶ月ちょっと。
久し振りに浴びる太陽の光に全身の細胞が喜んでいる。汚れた肌でもキラキラ光を放っているようだ。
(牢に入った時はすぐに死ぬか何年も入っていることになるかどっちかと思って絶望したけど)
空気も新鮮で風の揺らす葉音が耳に心地よい。生きていて良かったと今ではそう思える。
右手にアナスタシアが持たせてくれた宝石とお金、少しのお菓子等の入ったトランクを持ち、左手にはマリウスの手を繋いで、クリビアは王城の門から自由への一歩を踏み出した。
ただの平民になったクリビアにはもうなんのしがらみもない。
ただクリビアという名前は今やもうすっかり悪い意味で有名になり、その名を使うことが憚られるため偽名を使って生きていくことにした。
マリウスが弟なので新しい名前は「マリアンヌ」だ。
「マリアンヌお姉ちゃん」
「なーに?」
「マリアンヌお姉ちゃん」
「なーーに?」
二人は顔を見合わせてクルクル笑った。
これからどこへ行こうかとクリビアは考えた。とにかくバハルマからは出たい。
だとしたらカラスティアかガルシア宗教国か、それとも馴染みのない北や東の国々……。
(そうだわ。サントリナ王国に行ってみようかしら)
叔母のいるサントリナなら何かと安心かもしれないと思った。
そこへ行くにはまずは旧シタールの港町まで行かなければいけない。
急ぐことはない。
お金を節約しないといけないためできるだけ歩いて行きたいが、ずっと牢にいたため少し歩いただけでも疲れて息が上がる。
マリウスが心配そうにするから仕方なく乗合馬車に乗って国境近くの街まで行って、そこで今夜は宿泊することにした。
宿屋の食堂ではカラスティア王国の結婚式のパレードを見学しに行った人たちが盛り上がっている。
とても美しい王妃とかっこいい国王でお似合いだったとか、王妃が満面の笑みを湛えていたが国王は終始真顔でともすると仏頂面にも見えて怖かったなど。
クリビアはもう自分にはなんの関係も無い、世界の違う出来事だと思いただアナスタシアの幸せだけを願った。
しかし話はそれだけでは終わらず、酒のつまみになる話はもっと面白いものでなければならないようだ。
「クリビア王妃が昔の婚約者だったんだろう?」
それを皮切りに次々に人々は面白おかしくクリビアの噂話に花を咲かせた。
昔の婚約者と結婚しなくて国王は正解だった、恩赦で牢から出たらしい、悪女、泥棒、娼婦、詐欺師、淫乱……。
自分の悪い噂にコップを持つ手が震え呼吸が浅くなる。
この場にいるのが怖い。
逃げ出したくなったが、目の前には食事に夢中のマリウスがいる。
元気を出さなければ……。今のクリビアにはマリウスだけが支えだ。
ただ、この様子ではサントリナに行っても叔母は迷惑かもしれないと思い、サントリナ行きは一旦止めておくことにした。
翌日の早朝、とにかく国境を越えてカラスティアに入る一番近道の山道を宿屋の主人に教えてもらった。
そのルートは道が整備されていないため馬車は通らず歩いて行くことしかできないが、ゆっくり歩いていくなら近くはトリス川が通っていて観光客もいるくらいだから女性と子どもでも危なくはないだろうということだった。
旧シタールに行く方法はカラスティアに入ってからまた後で考えればいい。
「じゃ、行こうか、マリウス」
「うん!」
マリウスはクリビアに合せてゆっくり歩いている。クリビアは自分がとんでもなくおばあさんになった気がしてならない。
「遅くてごめんね」
「そんなことないよ、周りをゆっくり見ながら歩けるから楽しいよ」
道は整備されていないが、人が踏みならした道はそれほど悪路でもない。
空気はおいしいし鳥の鳴き声や時折風で香る花の匂いをたっぷりと吸い込みながら歩くのは健康的で癒される。
水の流れる音が聞こえてきたので二人はそこに行ってみることにした。
木の枝を除けながら進むと十メートルくらいの川幅の大きな川が目の前に開け、マリウスが走り出した。
「わー、川だ、川だー」
クリビアは花びらが川面に舞い降りる美しさに見とれながらその川辺を歩いている。生成りのワンピースが汗で体にへばりつく。
「ちょっと休みましょうか。私の目の届くところにいてね」
マリウスは川の畔で足をピチャピチャさせて遊んでいる。
まだ午前中の早い時間帯なので人は誰もおらずマリウスのキャッキャ言う声だけが川の流れの音と共に聞こえてくる。
クリビアはトランクの横で後ろに手をついて座り空を見上げた。
(はあああ。心が洗われるわ)
その時、後ろでザクッという小石を踏む音がした。
振り返ると誰もいなかったはずの後ろに見知らぬ大きな男がクリビアを見下ろして立っていた。
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