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第一章
アナスタシアの結婚
しおりを挟むアナスタシアが夜、地下牢へ下りてきた。
どうしても言っておきたいことがあって部屋でじっとしていられなかったという。
「こんな遅くに危ないじゃない」
「大丈夫です。外に護衛騎士を待たせていますから」
そこまでして言いたいこととはなんだろうか。
「あの……。私、結婚が決まったんです」
「え、お、おめでとう」
アナスタシアの表情は嬉しそうにもきまりが悪そうにも見え、もしかしたら国を出るからここに来られなくなることを悪いと思っているのかと思って自分は大丈夫だからと言うとそうではないらしい。
アナスタシアは俯き加減でクリビアに尋ねた。
「王妃様はカラスティアのロータス国王陛下の婚約者でしたよね。あの……今でも愛していらっしゃいますか?」
(ああ、なんだ。そっか……。私が拒否しようがしまいがやっぱり私と彼は結ばれない。なんだかそういう運命の様な気がしてきたわ)
不思議とジュリアナの時に抱いたような嫉妬に似た感情は湧き起こってこなかった。
「もう何年も前のことよ。もう愛していないから安心して。おめでとう。アナスタシア」
微笑んで祝福すると、アナスタシアはパーッと明るくなった。
好きな相手と結婚できる喜びが溢れ出している。ある意味羨ましかった。
ロータスの事を嫌う女性などいないだろう。きっと親睦パーティーの時に好きになったのだと思ったクリビアは、その夜に彼に激しく求められたことを思い出してしまい頭を振ってその残像を消した。
結婚を承諾したからには自分のことを諦めたに違いない。
もしかしたらあの夜、別れる時に自分が頷かなかったからそれが考えを変える一つの要因になったのかもしれないと思った。
しかし次の言葉でそうではないことがわかり複雑な気分になる。
「それで、あの、通常王族の結婚は婚約期間があってそれからになるのはご存知かと思いますけど、今回カラスティア側から条件があって、父もそれは別に構わないということで、条件を呑むことになったんです」
その条件とは、すぐに結婚式をあげて恩赦を実行することというものだった。
ロータスがクリビアを牢から一刻も早く出すための条件だということは誰にでもわかる。
牢から出られるのは嬉しいが、自分の為に結婚を承諾したのだとしたらまだ諦めていないのかもしれない。だとするとアナスタシアが悲しい思いをするのではないかと心配になる。
しかしそんなことを思うのは自惚れの様な気もしてクリビアは自分が恥ずかしくなった。
なぜならアナスタシアと結婚したら彼女の心根の優しさに、すぐに好きになって自分の事は考えなくなるに違いないのだから。
ガルシアでもすぐに他の女性に心を奪われたくらいだからきっとそうなる。
色々な考えがクリビアの頭の中で交錯した。
彼女の物憂げな顔を見てなんとなく考えていることがわかったアナスタシアは言った。
「王妃様、私に気を遣わないでください。私はロータス様の事をいくらでも待つことが出来ます」
「気を遣ってなんかいないわ。私と彼はもう終わったの。あなたなら大丈夫、絶対に愛されるに決まっているから」
「ありがとうございます」
アナスタシアは照れ笑いをしている。見た目は大人っぽいのにこういうところは少女の様で可愛らしい。
クリビアは彼女の心持ちをたくましく感じると共に安心した。
「あ、それと、父は王妃様と離婚するようです」
「え、それは本当!?」
自分まで良い知らせを聞くことになるとは思っておらず、クリビアの瞳が輝いた。
「はい。でも、私がもっと早く王位継承権を放棄してカリアスが早くから王太子になっていれば王妃様が今ここにいることはなかったのかもしれないと思うと、全て私のせいのように思えてなりません。私だけ幸せになるなんて、なんだか罰が当たりそうです……」
「そんなことあるはずないわ。だってあなたほど心優しい女性はいないでしょう? どれだけ私が助けられていると思っているの? あなたのお陰で今こうして生きていられるよの。私は誰よりもあなたの幸せを願っているわ」
アナスタシアは王妃の言葉に救われ、肩を震わせながら嬉し泣きした。
クリビアはアナスタシアが思っているようなことは一度も思ったことがないからそんな泣く必要などないと彼女を慰めた。
もう少しでここから出られる、離婚できると思うと少し興奮してしまったのだろうか、アナスタシアが戻ってもなかなか寝付くことができない。
すると階段を駆け下りる軽やかな足音が聞こえてきた。
マリウスだ。
「こんな夜遅くまで起きているなんてどうしたの」
「んー。外に騎士がたくさんいたからびっくりして」
マリウスはそれで心配になって下まで忍び足で降りると、アナスタシアとの会話で聞き覚えのあるロータスという名前が出て来たからつい話を聞いていしまったと言う。
その名前は数年前から会いに来なくなった姉の好きな人の名前で、いつかその人と結婚するからその時は一緒に暮らそうと約束していたらしい。
それを聞いてクリビアはふとテネカウ神父が言っていた、ロータスの浮気相手の亡くなった女性の事を思い出した。
(まさかマリウスはその女性の弟なのかしら? 姉はガルシアにいるって言っていたし。マリウスの姉だとしたらきっと凄い美女だったんでしょうね……)
どうしてだかジュリアナのことになると心に嫉妬の霞がかかるのが自分でも不思議だ。
「お姉さん牢から出るの?」
しかしそう言われた瞬間ハッとして、心にかかった霞が消え去った。
「……出ることになると思う」
「よかったね」
嬉しそうとも寂しそうともとれる顔をして言うマリウスに胸が締め付けられる。
自分が去った後、彼がまた一人でここで生きていくことを思うとそれは辛すぎる。アナスタシアになんとかしてもらえないだろうかと考えた。
「私がこの牢から出ることになったら一緒に来たい? もし一緒に来たら、いつか来るかもしれないお姉さんと会えなくなるけど……」
(多分来ることはない……)
それから二週間後、カリアスが王太子に任命され、アナスタシアの結婚式がカラスティアで執り行われた。
準備期間が全くなかったため招待されて出席できた国は極僅かでとてもシンプルな結婚式となったが、結婚式にトラウマがある国王なのだから致し方ないと出席者は理解を示し、カラスティアの国としての面目は潰れることはなかった。
結婚式の翌日の午後離婚されたクリビアは牢から出された。
隣には一緒に出ることを国王に許されたマリウスがいた。
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