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第一章
婚姻の申し込み
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「はぁー。冷たくて美味しいわ。有難う、マリウス」
クリビアは冷たい井戸水で渇いた喉を潤した。
これを持って来てくれたマリウスは十歳位のピンク色の髪をした男の子だ。
奴隷として雑用をさせられており、この廃宮の上階にある鍵のかかっていない牢屋を住処にしている。
クリビアを見つけて話しかけてから二人は友だちになった。
マリウスは純粋で子どもらしい。
ちょうど暗い地中から太陽を求め大きく葉を広げる若芽のようにこんな場所でも一人で健気に懸命に生きている。
クリビアは前世で保育士だったこともあって今世でも子どもが好きだ。
アナスタシアが持って来てくれたパンやお菓子を分け合って食べている時のマリウスの嬉しそうな顔は暗くジメッとした場所を明るく照らしてくれ、疲れ果てている心の滋養になる。
クリビアは自分がここに入れられなければマリウスの存在を知ることなく生きていたと思うと、悪いことばかりではなかったのかなと、そんな気もしていた。
~~~~~~~~~~
カラスティア王国では貴族の間でロータスに王妃を望む声が上がっていて結婚の申し込みも殺到している。
だがロータスはそんな煩い声は適当に聞き流している。
そんな中、バハルマの貴族のズオウ侯爵からクリビアが地下牢に入れられたと知らせが入った。
怒り心頭ですぐにでもバハルマに攻め込もうとしたがそれをエリノー公爵に止められ、今ロータスは非常にイライラしており近づくだけで人を殺しそうなオーラが漂っている。
あの時さらってでもカラスティアに連れてくれば良かったと激しい後悔がロータスを襲う。
「お前らが行きたくないなら俺一人で大丈夫だと言っているだろう!」
「いくら魔剣をお持ちの陛下でも一人で攻め込むのは無謀です。陛下はこの国に責任があります。もう一人だけの御体ではないのですよ」
兵士たちの間でシタールを倒した時の様な士気は上がらないことぐらいエリノー公爵にはわかりきっている。
一人で助けに行くことは問題外だ。
カラスティアの貴族たちにクリビアにいい印象を持っている者はいない。
ましてや王妃の座に就くなどもってのほかだと思っている者ばかりだ。
エリノー公爵がロータスを説得していると、執事が一通の重厚で仰々しい文を持って執務室に入って来た。
ロータスはまた結婚の釣書かと思ったがその差出人がバハルマの王家だと分かるとそれを破り捨てようとした。
「ちょ、ちょっとお待ちください、陛下。正式な文を読む前から破り捨てるなどいけません」
チッと言って嫌々目を通すと、その文は思った通り結婚の申し込みだった。
『貴国とバハルマの関係が恩義に基づくものではなく、互いの尊重に基づいて成り立つことを願います。
そのうえで、我が娘アナスタシアとの婚姻はこれからの両国の強固な基盤となるでしょう』
と書いてある。
そして、釣書きに添えられた手紙にはもう一つ、慶事に合せて恩赦を実施するということも強調して書いてある。
こんなことをわざわざ書く理由は一つしかない。
「これはアナスタシア王女と結婚したらクリビア王妃を牢から出すと言っているのですかね。我々がクリビア王妃の事を知るのも時間の問題と思ってこの文を書いたのなら牢に入れたことはむしろ他国に知れ渡ってもいいと思っているとか……推測ですが」
「クリビアの評判をとことん貶めたいということか」
「とすると、国王は離婚を考えているんでしょうねぇ」
離婚するなら喜ばしいことだがその前にロータ者アナスタシア王女と結婚しなければならない。
カリアス王子が余計な事をしでかしたせいで面倒くさいことになったと腹が立って仕方がない。
「”恩義に基づくものではなく”などと書いているがこれは命を救った見返りを婚姻という形で求めてきたものだ。しかも脅迫文まで添えて!」
結局文は怒りに任せてビリビリ破り捨てられた。
ロータスはヴァルコフ国王とクリビアが離婚するのを今か今かと待っていたのに、こんなことになるとは考えてもいなかった。
実はズオウ侯爵が事業で失敗し多額の借金を抱えているのを掴んだロータスは、その借金を肩代わりする代わりにヴァルコフ国王に離婚を進言するよう親睦パーティー後に彼に頼んでいたのだ。
彼がその提案を断る理由は一つもない。
その後彼は国王と王妃の離婚を声高に叫ぶ先鋒となってそれまでまだ小さかったバハルマの貴族たちの声をまとめ、国王に離婚を進言する形になった。
だがそれも無駄に終わり、自分が脅迫されることになるとは。
「ロータス様。お叱りを覚悟で申し上げますが、この結婚を利用してはどうでしょう」
「なんだって!? とち狂ったか!」
「聞いてください……。実際の所、カラスティアの貴族や民たちはクリビア様が王妃になることを快く思わないでしょう。だからアナスタシア王女殿下が王妃の方が都合いいかもしれません。そうなれば牢から出ることもできるし、バハルマとの仲も良くなるし皆が納得するでしょう。クリビア様はヴァルコフ国王と離婚された後に側室にされたらいかがでしょうか」
「貴様、クリビアを側室にだと?」
「はい。クリビア様は後ろ盾はなく、離婚すると地位もなくなります。身分から言っても王妃には相応しく――っ!」
ロータスがエリノー公爵の胸ぐらをグイッと掴んで言った。
「いいか、王妃はクリビアだ。それがダメなら俺は王位などいらない。お前が王にでもなれ」
「そんな無茶な……」
その後、エリノー公爵がどつかれながらも必死に説得した結果、ロータスは苦渋の決断を下した。
エリノー公爵は自分の考えはバハルマにもカラスティアにもいい結果を産むと思っている。
しかし後々それがヴァルコフ国王の怒りを買う原因になるとは夢にも思っていなかった。
クリビアは冷たい井戸水で渇いた喉を潤した。
これを持って来てくれたマリウスは十歳位のピンク色の髪をした男の子だ。
奴隷として雑用をさせられており、この廃宮の上階にある鍵のかかっていない牢屋を住処にしている。
クリビアを見つけて話しかけてから二人は友だちになった。
マリウスは純粋で子どもらしい。
ちょうど暗い地中から太陽を求め大きく葉を広げる若芽のようにこんな場所でも一人で健気に懸命に生きている。
クリビアは前世で保育士だったこともあって今世でも子どもが好きだ。
アナスタシアが持って来てくれたパンやお菓子を分け合って食べている時のマリウスの嬉しそうな顔は暗くジメッとした場所を明るく照らしてくれ、疲れ果てている心の滋養になる。
クリビアは自分がここに入れられなければマリウスの存在を知ることなく生きていたと思うと、悪いことばかりではなかったのかなと、そんな気もしていた。
~~~~~~~~~~
カラスティア王国では貴族の間でロータスに王妃を望む声が上がっていて結婚の申し込みも殺到している。
だがロータスはそんな煩い声は適当に聞き流している。
そんな中、バハルマの貴族のズオウ侯爵からクリビアが地下牢に入れられたと知らせが入った。
怒り心頭ですぐにでもバハルマに攻め込もうとしたがそれをエリノー公爵に止められ、今ロータスは非常にイライラしており近づくだけで人を殺しそうなオーラが漂っている。
あの時さらってでもカラスティアに連れてくれば良かったと激しい後悔がロータスを襲う。
「お前らが行きたくないなら俺一人で大丈夫だと言っているだろう!」
「いくら魔剣をお持ちの陛下でも一人で攻め込むのは無謀です。陛下はこの国に責任があります。もう一人だけの御体ではないのですよ」
兵士たちの間でシタールを倒した時の様な士気は上がらないことぐらいエリノー公爵にはわかりきっている。
一人で助けに行くことは問題外だ。
カラスティアの貴族たちにクリビアにいい印象を持っている者はいない。
ましてや王妃の座に就くなどもってのほかだと思っている者ばかりだ。
エリノー公爵がロータスを説得していると、執事が一通の重厚で仰々しい文を持って執務室に入って来た。
ロータスはまた結婚の釣書かと思ったがその差出人がバハルマの王家だと分かるとそれを破り捨てようとした。
「ちょ、ちょっとお待ちください、陛下。正式な文を読む前から破り捨てるなどいけません」
チッと言って嫌々目を通すと、その文は思った通り結婚の申し込みだった。
『貴国とバハルマの関係が恩義に基づくものではなく、互いの尊重に基づいて成り立つことを願います。
そのうえで、我が娘アナスタシアとの婚姻はこれからの両国の強固な基盤となるでしょう』
と書いてある。
そして、釣書きに添えられた手紙にはもう一つ、慶事に合せて恩赦を実施するということも強調して書いてある。
こんなことをわざわざ書く理由は一つしかない。
「これはアナスタシア王女と結婚したらクリビア王妃を牢から出すと言っているのですかね。我々がクリビア王妃の事を知るのも時間の問題と思ってこの文を書いたのなら牢に入れたことはむしろ他国に知れ渡ってもいいと思っているとか……推測ですが」
「クリビアの評判をとことん貶めたいということか」
「とすると、国王は離婚を考えているんでしょうねぇ」
離婚するなら喜ばしいことだがその前にロータ者アナスタシア王女と結婚しなければならない。
カリアス王子が余計な事をしでかしたせいで面倒くさいことになったと腹が立って仕方がない。
「”恩義に基づくものではなく”などと書いているがこれは命を救った見返りを婚姻という形で求めてきたものだ。しかも脅迫文まで添えて!」
結局文は怒りに任せてビリビリ破り捨てられた。
ロータスはヴァルコフ国王とクリビアが離婚するのを今か今かと待っていたのに、こんなことになるとは考えてもいなかった。
実はズオウ侯爵が事業で失敗し多額の借金を抱えているのを掴んだロータスは、その借金を肩代わりする代わりにヴァルコフ国王に離婚を進言するよう親睦パーティー後に彼に頼んでいたのだ。
彼がその提案を断る理由は一つもない。
その後彼は国王と王妃の離婚を声高に叫ぶ先鋒となってそれまでまだ小さかったバハルマの貴族たちの声をまとめ、国王に離婚を進言する形になった。
だがそれも無駄に終わり、自分が脅迫されることになるとは。
「ロータス様。お叱りを覚悟で申し上げますが、この結婚を利用してはどうでしょう」
「なんだって!? とち狂ったか!」
「聞いてください……。実際の所、カラスティアの貴族や民たちはクリビア様が王妃になることを快く思わないでしょう。だからアナスタシア王女殿下が王妃の方が都合いいかもしれません。そうなれば牢から出ることもできるし、バハルマとの仲も良くなるし皆が納得するでしょう。クリビア様はヴァルコフ国王と離婚された後に側室にされたらいかがでしょうか」
「貴様、クリビアを側室にだと?」
「はい。クリビア様は後ろ盾はなく、離婚すると地位もなくなります。身分から言っても王妃には相応しく――っ!」
ロータスがエリノー公爵の胸ぐらをグイッと掴んで言った。
「いいか、王妃はクリビアだ。それがダメなら俺は王位などいらない。お前が王にでもなれ」
「そんな無茶な……」
その後、エリノー公爵がどつかれながらも必死に説得した結果、ロータスは苦渋の決断を下した。
エリノー公爵は自分の考えはバハルマにもカラスティアにもいい結果を産むと思っている。
しかし後々それがヴァルコフ国王の怒りを買う原因になるとは夢にも思っていなかった。
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