愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

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第一章

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 アナスタシアは親睦パーティーでロータス国王に一目惚れをした。
 明るい銀髪で青い瞳の彼は優しそうでいて男らしい精悍さも併せ持ち、なんて素敵な人なんだろうと胸がドキドキした。
 おまけに ”王妃様の元婚約者だから素敵な人に決まっている” と、そういう先入観もあり増々魅力的に映った。
 彼女だけでなくバハルマの貴族子女もロータスを見つめる目には熱が籠っていた。

 パーティー会場でボーっとしているとカリアスがロータス国王に惚れたのかとからかってきたが、彼はそれをアナスタシアをこの国から出す手段にしようとしていたのだ。
 しかし、例えこの国から追い出すためだとしても、その相手がロータス国王であるのならばそれはアナスタシアにとって願ってもないことだった。


 ヴァルコフ国王はアナスタシアが恥ずかしそうに下を向く様子を見て、ロータス国王に惚れていることを確信し、それなら結婚させてやりたいと親心ながら思ったが、一つだけ気にかかることがある。

「だがな、彼は王妃の婚約者だった男だぞ。それでもいいのか? もしかしたら彼はまだ王妃を忘れていないかもしれない」
「それは……。私は待つことはできます。でも――」

(――断られるかもしれない)

 急に彼との結婚話が持ち上がって一瞬その気になったが冷静に考えるとそうに決まっている。
 そう思うとアナスタシアはしゅんとしてしまった。

「うーむ……」

 ヴァルコフ国王はこの時クリビアとは離婚することを決めていた。
 姦通未遂罪にしてしまったのだからもうそうするしかない。
 だとすると、再びロータス国王が接近する可能性もあるだろう。

 娘の幸せの為にどうすべきか考え込んだ。

「そ、それよりお父様、王妃様の事ですがカリアスを誘惑しただなんてあり得ません。すぐに牢から出してください」
「……そうか。その手があるか」
「え?」
「お前の気持ちはわかった。きっと結婚できるだろう」
「? お父様、あの、王妃様を――」
「いいからもう下がれ」

 アナスタシアの訴えに聞く耳を持たずヴァルコフ国王は再び書類へ顔を移した。

(私のことより今は王妃様の事の方が大事なのに、お父様ったら話を聞こうともしないなんて酷いわ)

 アナスタシアは不満に思いながらも仕方なく出て行き、御付きの侍女を下がらせ一人で廃宮の地下牢へ向かった。
 それはできるだけ牢に入れられている姿を見られたくないだろうという王妃への気遣いだ。

 廃宮は没風宮よりさらに遠くにあり、宮殿とは名ばかりで正確には牢獄だ。牢獄を連想させないように単に廃宮と呼んでいるに過ぎない。
 その牢獄の地下にクリビアは連れて行かれた。

 結構歩いてやっと着いた頃にはアナスタシアは汗でびっしょりだった。
 見張りの兵士すらいない捨てられた場所。
 こじんまりとした二階建ての壁には鉄柵の嵌められた小さな窓がいくつもついている。
 上階はまだましだ。

 王族や貴族が入れられる牢屋は他にあるにもかかわらずこの牢獄の地下に入れるよう命令したのはいっそのこと死んでくれてもいいと思っていたからだ。
 
 

 薄暗い階段を下りて行くと上階との空気の境がはっきりわかる。
 ジメジメしてヒンヤリとしたその場所は今が夏だからいいが冬なら凍え死にそうだ。
 汗も一気に引く。

 アナスタシアはしっかり鍵の閉められた鉄格子越しにクリビアの姿を見た。

「ああ、王妃様!」
「……アナスタシア?」

 二日間水しか与えられていないクリビアは冷たい石のベッドに横になったまま彼女の方を振り向く元気もない。
 王宮に戻ってからはまだ日が浅かったため、体調は万全ではなかった。
 病的に痩せた体とベッドしかない牢屋に綺麗なドレスだけが浮いている。

 あまりの酷い有様にアナスタシアは言葉を失った。

「ねぇ……私は本当に誘惑していないの。彼が襲ってきたの……」

 クリビアは灰色の天井を見つめながら力なく呟くように言った。

「わかっています。私は王妃様の無実を信じています。これは次期国王の地位を狙っているカリアスの策略に決まっています」
「……」
「王妃様が国王の子どもを産まないようにと」
「ああ、だから初夜の前に……」
「はい」

 クリビアは知らずに王位争いの渦中にいた。

「くくく……」

(笑えるわ。名だけの王妃なのにそういうことではしっかりと王族らしい出来事に巻き込まれるんだもの……)

「王妃様?」

(こんな目に遭うのならあの時ロータスと逃げていればよかった)

 クリビアはゆっくりと目を瞑った。

「王妃様、今食べ物や毛布など持ってきます。元気を出して、といっても無理でしょうけど、必ずここからお出ししますから気を落とさずにいてください。すぐ戻ってきますから」

 アナスタシアはクリビアの生気を欠いた様子がとても心配で、こうしてはいられないと、支度をしに戻って行った。


 この薄暗い地下牢から光の中に遠ざかっていく足音。
 クリビアの閉じた目にはこぼれそうでこぼれない涙が滲む。
 何もしていないのに、ただ息をして存在しているだけで周りが勝手に自分を悪者に仕立て上げていく。
 もうほとほと疲れ果てた。
 誰にも陥れられることもなく、心配かけることもなく自立して普通に生きていけたらどんなに幸せだろうか。
 地位も名誉もいらないからそんな風に生きていきたいと切に願った。




 
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