愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

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第一章

カリアスの策略(一)

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 没風宮にロータスが忍び込んだことはばれることなく、あれから一か月経った。
 この間にクリビアの環境はガラッと変わった。

 没風宮から王宮へと住まいが戻り、侍女も複数ついて部屋の掃除やお風呂、着替えなど自分ですることがなくなった。

 反対に、王宮の外ではクリビアをずっとこのまま王妃でいさせることに疑問を持つ貴族の声が日増しに高まっている。
 そしてヴァルコフ国王はクリビアと離婚して新たに王妃を迎えるのが国益にかなうと事あるごとに臣下から進言されて困っている。

 クリビアを王宮に戻したのは初夜の儀式をしてしまおうとの考えからだ。
 親睦パーティーで彼女の肩に触れた時、もうそろそろ許してこの美しい女を自分のものにしてしまおうという気持ちがヴァルコフ国王の中に芽生えた。
 ロータスと会っても顔色一つ変えなかったことにも満足していた。


 王宮に戻ったこととは別にもう一つ変わったことがある。
 それは第一王子のカリアスが親しげに話しかけて来るようになったことだ。

「よくお会いしますね。バラの花がお好きでしたら私の温室に珍しい品種のバラが咲いております。一度ご覧になられますか」
「珍し品種?」
「はい。ドゥボルという大輪の朱赤のバラなんですけどとてもフルーティな香りがするのです。花数が多くて株のまとまりも良く鉢植えに向きますから今度王妃殿下にお持ちいたしましょうか」
「まぁ、それは素敵ですね。でも遠慮いたしますわ。そのままの場所で咲かせておいてください。気が向きましたら見に行かせていただきますわ」
「そうですか。それではその時はお声掛け下さい」
「有難う」


 アナスタシアと仲の良くないカリアスと親しくすることは極力避けたい。
 彼に特に嫌がらせを受けたことはないが今更親しげにしてくるなんて怪しい。
 庭園で散歩しているとちょくちょく会うのは偶然ではないと思っている。

 部屋に戻ると侍女長がやってきた。

「王妃殿下、今宵国王陛下のお部屋へ向かわれますようとの連絡がありました。準備がございますのでご夕食の後はすぐにお部屋にお戻りくださいませ」

(とうとうその時が来たのね……)

 この宮殿に移された時に国王はそのつもりなのだと思った。
 無実だと知っていながら窃盗の罪を着せた国王には嫌悪感しかないが、離婚にもならないし、この国で、この宮殿で生きていくのなら避けては通れないと腹をくくった。
 絶望する心は麻痺しているかのようにぼんやりとしていた。

「わかりました。食事は部屋でとります」
「かしこまりました」


 暗い気持ちで椅子に座っていると、扉がノックされた。食事の時間にしては早いと思ったが、返事をするとカリアス王子だった。
 一体何の用だろうかと訝しみながらも扉を開けると、目の前に大きなバラの花束が飛び込んできた。

「え?」
「王妃殿下、これが例のドゥボルというバラです」

 口角は上がり目も笑っているが作り笑顔だというのも隠しもしないその笑顔はすぐに真顔に戻る。
 アナスタシアと同じ黒い髪と赤い瞳。
 黒と赤のコントラストが魅力的に見えるアナスタシアと違って悪魔的な彼の顔は、より父王の雰囲気を髣髴とさせる。



「そのままにしておいてくださいと言ったではないですか」
「ですが今宵父上の寝室に行かれるのでしょう? 初夜の儀式を行うのではないですか。そのお祝いです」
「……」
「処女と偽って嫁いで来たのに、それを許されたのですよ。良かったですね」

 カリアス王子はずかずかと入り込み部屋の中で一番豪華で大きなソファにドカッと腰を下ろした。

「ちょっ……」
「まぁ、こっちに来て座ってください」

 本来なら王妃の部屋でこんな態度をとるなんて許されることではない。しかし専属の侍女たちですら嫌々仕事をしているのが見え見えで、未だに無視や陰口を言うこともあるのだ。
 彼に礼儀を期待しても無駄だ。

「王妃殿下に折り入ってお話があるのですよ」
「なんでしょう」
「座ってください」

 自分の部屋なのに彼に言われた通りに座るのも癪だが渋々ソファに近寄ると急に手を掴まれ、ソファの上に倒れ込んでしまった。

「何をするのです!人を呼びますよ!」
「人? 人ならもうすぐ来ますよ」

 クリビアが必死に体勢を整えようとしてもカリアス王子が上から伸し掛かっていて動きが取れない。
 こんな所を見られたら大変だ。

(! もしやこの場面を人に見せようって魂胆? どうして!?)

 王子の目の縁は赤く染まり口元には邪な笑みが浮かんでいる。

「あなたは本当に美しい。あんな老いぼれの妻になるなどもったいないな」
「離しなさい! 何を考えているの!」
「こんなにも美しいと分かっていたら、父上ではなく私が結婚を申し込んだのに。全く、父上もいい年こいてこんな若い妻を貰おうなどと……」

 クリビアは足をバタつかせ抵抗する。

「でももう遅い」

 王子の力がフッと抜けた。

 クリビアは今がチャンスと起き上がろうとして王子の体を強く押すが、王子が仰向けになってソファの下に落ちる際にクリビアの腕が掴まれ、クリビアもろとも落ちてしまった。
 そして王子の上にはクリビアが覆いかぶさる形になって……。

「キャー!!」

 花瓶を持った侍女が悲鳴を上げた。その隣には、カリアス王子の婚約者、エリカ侯爵令嬢が青い顔をして立っていた。





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