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第一章
親睦パーティー(二)
しおりを挟むテネカウ神父はクリビアの伝言をロータスへ伝えることができなかったと謝った。
戻った時、既にロータスは国を出ていなかったという。
「では彼は私を迎えに行くつもりで、そして私がずっと自分を待っているはずと思っていたのですね?」
「そうなりますね」
「なんてこと……」
バハルマの王妃になったのを知ったロータスの心境はいかばかりだっただろうか。
もしかしたら入場直後からずっと纏わりついている視線は自分へのロータスの恨みの視線かもしれない。
しかしそこで彼がすぐに別の女性と深い仲になったことをクリビアは思い出した。
「そういえばつきあっていた女性とはどうなったのですか」
テネカウ神父は、うむ……とその質問に眉間にしわを寄せて、大きく息を吐き出したあと小声で言った。
「彼女は亡くなりました。公には自殺ということになっています」
「え!?」
シタールから戻ったアルマ医師が仕事に来ない彼女を心配して家まで行くと、死んでいる彼女を見つけたらしい。
「公にはって、では本当は違うのですか?」
「いえ、それはわかりませんが」
テネカウ神父にはひっかかっていることがある。
それは、死ぬ数日前に見知らぬ男がジュリアナの家の周りをうろついているのを見たという近所の人の証言があることだ。
だが医師が既に自殺と処理したそれを覆すほどのことではないし、その人物が殺したという証拠も無い。
ロータスに振られて自殺したという方が自然だ。
「彼はそのことを知っているのですか?」
「はい。先ほどお伝えしました」
「ショックだったでしょうね」
「うーん……」
ロータスは一瞬動揺したような素振りを見せたが、すぐにどうでもいいという感じに変わった。
あれほど言っても別れようとしなかったとは思えないほどの関心の無さにテネカウ神父はジュリアナが哀れに思えた。
それよりもクリビアからの五年前の伝言を聞いた時の方が驚いたようで、彼の顔は困惑、絶望、悲しみ等、色々な負の感情が押し寄せてきているかのように赤青変化した。
今にもクリビアを問いただそうとする勢いだったため、それを隣にいた外交官のエリノー公爵が必死に落ち着かせていたくらいだ。
「でも彼を見てくださいよ。バハルマの貴族女性たちに囲まれていますよ。あれでは悲しむ暇もありませんね」
「モテるのは結構な事ですわ」
彼の方は見ないで答えた。
ここでお気に入りの女性を見つけてくれればクリビアの心の荷も軽くなる。
急にテネカウ神父が襟を正したようにシャッキッとなった。
ヴァルコフ国王と話していたネベラウ枢機卿がクリビアの所に向かって来ている。
ふっくらとした顔にいつも微笑んでいるような垂れ目からは厳しさは感じないが枢機卿だけあって威厳はある。
「王妃殿下、ご機嫌麗しゅうございます。妃殿下がバハルマで立派な王妃の務めを果たされていること、誠に陛下の懐も広いというものですな」
(……初夜が済んでいない事を言っているんだわ。わざわざ嫌味を言いに来たのかしら。ロータスの助けを求めた時は良い人だと思っていたのに)
クリビアはわざとらしく愛想笑いを返した。
テネカウ神父は枢機卿の言葉の意味をいまいち理解していないようだ。
彼はクリビアが処女ではないことがばれずにヴァルコフ国王とうまくいったと思い込んでいる。
「いつぞやは脱獄の手はずを整え宗教騎士団まで寄越して下さりありがとうございました。本当はお礼をしたかったのですが、父にガルシアが絡んでいると知られるのもよくありませんでしたし、私はすぐに監……」
クリビアは監禁と言おうとして言葉を止めた。自分の弱みを他人と共有したくはない。
「わかっております。ですが誰にも言っておりませんのでご心配なさらずに。あの頃は王女様の事を知っていたにもかかわらず何もして差し上げられなくて心苦しく思っておりました」
「えっ」
「……申し訳ありません。王妃殿下がシタールで監禁されていたことは猊下にお伝えしたのです。あとロータ――」
テネカウ神父の言葉を最後まで聞かずにクリビアは言葉を被せた。
「――そう。もう過ぎたことです。そのシタールも存在していませんし」
「まさかこのような結果になるとはあの頃は夢にも思っておりませんでしたな」
「ええ」
「もうロータス国王陛下とはお話をされましたか」
「いいえ」
「お互い違う道を歩まれて何年も経ちます。積もる話もございましょう」
「……」
二人の初夜とロータスの想いを知らないネベラウ枢機卿の言葉に、テネカウ神父はクリビアの顔色を見ながらひとりでドキドキしていた。
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