愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

文字の大きさ
上 下
14 / 62
第一章

親睦パーティー(二)

しおりを挟む
 
 テネカウ神父はクリビアの伝言をロータスへ伝えることができなかったと謝った。
 戻った時、既にロータスは国を出ていなかったという。

「では彼は私を迎えに行くつもりで、そして私がずっと自分を待っているはずと思っていたのですね?」
「そうなりますね」
「なんてこと……」

 バハルマの王妃になったのを知ったロータスの心境はいかばかりだっただろうか。
 もしかしたら入場直後からずっと纏わりついている視線は自分へのロータスの恨みの視線かもしれない。
 しかしそこで彼がすぐに別の女性と深い仲になったことをクリビアは思い出した。

「そういえばつきあっていた女性とはどうなったのですか」

 テネカウ神父は、うむ……とその質問に眉間にしわを寄せて、大きく息を吐き出したあと小声で言った。

「彼女は亡くなりました。公には自殺ということになっています」
「え!?」

 シタールから戻ったアルマ医師が仕事に来ない彼女を心配して家まで行くと、死んでいる彼女を見つけたらしい。

「公にはって、では本当は違うのですか?」
「いえ、それはわかりませんが」

 テネカウ神父にはひっかかっていることがある。
 それは、死ぬ数日前に見知らぬ男がジュリアナの家の周りをうろついているのを見たという近所の人の証言があることだ。
 だが医師が既に自殺と処理したそれを覆すほどのことではないし、その人物が殺したという証拠も無い。
 ロータスに振られて自殺したという方が自然だ。

「彼はそのことを知っているのですか?」
「はい。先ほどお伝えしました」
「ショックだったでしょうね」
「うーん……」

 ロータスは一瞬動揺したような素振りを見せたが、すぐにどうでもいいという感じに変わった。
 あれほど言っても別れようとしなかったとは思えないほどの関心の無さにテネカウ神父はジュリアナが哀れに思えた。

 それよりもクリビアからの五年前の伝言を聞いた時の方が驚いたようで、彼の顔は困惑、絶望、悲しみ等、色々な負の感情が押し寄せてきているかのように赤青変化した。
 今にもクリビアを問いただそうとする勢いだったため、それを隣にいた外交官のエリノー公爵が必死に落ち着かせていたくらいだ。

「でも彼を見てくださいよ。バハルマの貴族女性たちに囲まれていますよ。あれでは悲しむ暇もありませんね」
「モテるのは結構な事ですわ」

 彼の方は見ないで答えた。
 ここでお気に入りの女性を見つけてくれればクリビアの心の荷も軽くなる。


 急にテネカウ神父が襟を正したようにシャッキッとなった。
 ヴァルコフ国王と話していたネベラウ枢機卿がクリビアの所に向かって来ている。

 ふっくらとした顔にいつも微笑んでいるような垂れ目からは厳しさは感じないが枢機卿だけあって威厳はある。

「王妃殿下、ご機嫌麗しゅうございます。妃殿下がバハルマで立派な王妃の務めを果たされていること、誠に陛下の懐も広いというものですな」

(……初夜が済んでいない事を言っているんだわ。わざわざ嫌味を言いに来たのかしら。ロータスの助けを求めた時は良い人だと思っていたのに)

 クリビアはわざとらしく愛想笑いを返した。

 テネカウ神父は枢機卿の言葉の意味をいまいち理解していないようだ。
 彼はクリビアが処女ではないことがばれずにヴァルコフ国王とうまくいったと思い込んでいる。

「いつぞやは脱獄の手はずを整え宗教騎士団まで寄越して下さりありがとうございました。本当はお礼をしたかったのですが、父にガルシアが絡んでいると知られるのもよくありませんでしたし、私はすぐに監……」

 クリビアは監禁と言おうとして言葉を止めた。自分の弱みを他人と共有したくはない。

「わかっております。ですが誰にも言っておりませんのでご心配なさらずに。あの頃は王女様の事を知っていたにもかかわらず何もして差し上げられなくて心苦しく思っておりました」
「えっ」
「……申し訳ありません。王妃殿下がシタールで監禁されていたことは猊下にお伝えしたのです。あとロータ――」

 テネカウ神父の言葉を最後まで聞かずにクリビアは言葉を被せた。

「――そう。もう過ぎたことです。そのシタールも存在していませんし」
「まさかこのような結果になるとはあの頃は夢にも思っておりませんでしたな」
「ええ」
「もうロータス国王陛下とはお話をされましたか」
「いいえ」
「お互い違う道を歩まれて何年も経ちます。積もる話もございましょう」
「……」

 二人の初夜とロータスの想いを知らないネベラウ枢機卿の言葉に、テネカウ神父はクリビアの顔色を見ながらひとりでドキドキしていた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...