愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

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第一章

平和友好条約と名ばかりの王妃

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 シタール王国滅亡後、カラスティア王国が再興した。シタール王国の領土も治めることになった広大なカラスティアの国王の名前はロータスだ。
 以前のシタールとカラスティの立場が逆転してカラスティアの王子が復讐を果たしたこの出来事に、シタールの国民でさえ歓喜し拍手を送った。
 ロータスはその美しい容姿と強さで両国の国民たちの間でまるで英雄かのごとく崇められ大人気となる。


 ダキアの正体がロータスの率いる集団だということがわかったヴァルコフ国王はカラスティア王国との平和条約を結ぶことを考えた。

 そして、バハルマ王国とカラスティア王国、さらに海を隔てたサントリナ王国も加わり三国の平和友好条約調印式がバハルマ王国で行われることになった。

 ヴァルコフ国王、ロータス国王、サントリナのアーノルド国王が席に着き、ガルシア宗教国のネベラウ枢機卿とテネカウ司祭が見守る中、調印式は粛々と行われた。



 式が終わると親睦パーティーがバハルマの王宮で開かれる。そこに王妃としてクリビアも出席しなければならない。

 倒れてからクリビアの生活が改善されたということはないが、この日の没風宮は朝から非常に慌ただしかった。
 王宮からたくさんのメイドたちがやってきてクリビアの支度にとりかかった。
 朝、昼、初めてまともな食事が出され、それを全て食べ終えるまでメイドの目が光る。
 たった一日普通の食事をしただけで何かが変わるわけないのにとクリビアは呆れ顔だ。
 長くお風呂に入っていなかったので入浴にも時間がかかり、出る頃にはクリビアもメイドもくたくただった。
 だが久しぶりすっきりして気持ち良く、一皮二皮剥けた気がする。

 ドレスとアクセサリーも新調された。
 深紅のオフショルダーのドレスはスカート部分がバラの花びらのようにそれぞれ生地を変えて幾重にも重なっている。そしてルビーで統一されたアクセサリー。
 ヴァルコフ国王は赤い瞳をしているのでそれに合わせたようだ。

 こんな立派なドレスを着てもやせ細った体には合わないしかえって貧相なのが目立ちそうだと、クリビアは人前でだけ体裁を取り繕う国王に苦笑いするしかない。

 だがどんな風に賓客に思われようと気にすることはない。
 良く思われてもこのパーティーが終わるとまたあの生活に戻るのだ。
 賓客が自分を掬いあげてくれることはない。
 鏡に映る自分の姿を見てクリビアは空しくなった。

 ただ、そこにロータスが来る。
 自分を忘れ別の女性と新しい人生を歩んだロータスが。
 彼の事は忘れていたのにここに来て再会することになるとは。
 もし会話することがあったら何と言おうか。
 「あなたがダキアのリーダーだったなんてびっくりしました、国を取り戻しておめでとう」とでも言えばいいか。
 そんなことを考えているとクリビアは段々落ち着かなくなってきた。

 できるなら会いたくないがそういうわけにもいかず、パーティーの時間が近づくごとに心が重くなっていく。




 パーティー会場に入る前、クリビアは緊張しつつ控室にいた。国王一家が揃うその場にはアナスタシアもいるのが救いだ。
 久し振りにクリビアを見た国王は一瞬ニヤッとしたが、すぐに厳めしい顔つきに変わった。

「お前は我がバハルマの王妃であるということを忘れるな」
「はい」

 都合がいい時だけ王妃扱いされる名ばかりの王妃。死ぬまでこんなことが続くのかと思うとうんざりする。
 しかし国王はもう年だ。亡くなったらその時は自由になれるだろうかと一瞬頭に浮かんだ。


「王妃様、とってもお美しくて素敵です!」

 アナスタシアがそう言うと横にいた側室たちとバーバラがフンッと顔を背けた。
 カリアス王子が口を挟む。

「容姿だけは最上級であることは認めましょう。ですが貞淑な女性と言えなければそんなのなんの役にも立ちません」

 批判的な口調の割には頬を赤らめている。
 バーバラがそれに気付いて憎々しげにクリビアを見て、泥棒のくせに、と小さく罵ると、国王がバーバラに黙れと叱責した。

「陛下、バーバラを叱るなんてあんまりじゃありません?」

 バーバラの母親のバーベナだ。

「蒸し返すなら正式に調査してもいいんだぞ」
「! ご、ごめんなさい……」

 バーバラを睨みつける国王と萎縮するバーバラのやりとりを見てクリビアはもしやと思った。

(陛下はネックレス紛失事件が彼女の仕業だとわかっていたの? バーバラに脅すように言って黙らせることができたのはバーバラの仕業だとわかっているからとしか思えない……)

 泥棒の汚名を着せられたのはクリビアにとって途轍もない屈辱だったが国王を騙した自分に対する憎しみから調査をしてくれないのだと思っていた。
 そういう心境にさせた自分にも非があるため諦めもついたのだ。
 しかし、それと無実と分かっていたのに汚名を着せたのでは話が違ってくる。
 
 クリビアは国王に持って行き場の無い憎しみと悔しさが湧いてきたがそれでも圧倒的な権力の前ではどうすることもできない。結局泣き寝入りするしかないのだ。


 その傍らで、カリアス王子が国王の顔を意味ありげに見つめていた。



 招待客が全て会場入りした後、執事が控室に呼びに来ていよいよ会場へ向かう時が来た。

 どん底まで落ち込んだクリビアとヴァルコフ国王は並んで会場に足を踏み入れた。





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