愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

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第一章

熱中症

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 今から約五年前、クリビアがシタールの王宮の自室に監禁されてから三、四か月が経った頃にテネカウ神父からメイドを通じて伝言を貰った。
 それはロータスからの伝言で、”愛しているから待っていてくれ” というものだった。
 だがクリビアは彼の為に ”自分の事は忘れて幸せになってくれ” と返事をした。

 ところがそう返事した後、メイドは一枚の紙切れを持って戻ってきて、それにはこう書かれていた。

『王女殿下が彼とお別れになる覚悟を決めているのなら、彼を裏切ったと罪悪感を持たずに心穏やかにお過ごしください。彼が王女殿下を愛しているのは事実ですが、人間というものは身近にいる者に親しみを感じてしまうことがあります。私はあの日の出来事を上の者にまだ伝えておりません。早く監禁が解け、王女殿下に新しい輝かしい未来が訪れることをお祈りいたしております』

 その内容の ”新しい” という文字の下には強調するように二重線が引かれていた。
 女性ができたロータスのことで罪悪感を持つことなく彼とは全く関係ない人生を歩んでほしいとテネカウ神父が思っていることが読み取れる。

 クリビアは彼が別の人と幸せになることを望んでいたのでそれを見て良かったと思うべきなのに、暫くは胸のもやもやが続き、頭で思うことと感情が一致しないそんな自分が嫌だった。

 しかしその後、ロータスからの伝言はなくなりクリビアも時と共に彼の事を考えることはなくなっていった。




 そして現在、テネカウ神父の言う新しい未来にいるのだが、輝かしくもなんでもない。
 このまま飼い殺しにされてもおかしくない状況に陥っている。

 シタール王国の滅亡後、カビたり腐っていたりはしたが必ず三食持って来ていたメイドは一日に一回来るか来ないかとなり。
 メイドが掃除や洗濯をしないのはどうでもよかった。
 シタールの王宮にいた時も王妃のメイドの様な扱いだったから自分ですることには慣れている。

 アナスタシアが持って来てくれる食事で生き延びていられるようなものだが、彼女も王女なので公的な仕事もあり来られない日が続くこともある。
 そのため自分のメイドに食事を持ってこさせると言ってくれたが、それが続いてもし国王にばれたらメイドは首になるだろう。



 部屋の中は異様に暑く、喉が渇いてしょうがなかったので没風宮の外にある井戸に水を汲みに行った。
 夏の日差しが容赦なく照りつけ、数日お風呂に入っていない汗ばむ体に暑さが絡みつく。

(このまま逃げてしまいたい……)

 桶から水を飲むとそのまま井戸の横に座り込んだ。涼しい場所に移動する元気が出ない。
 倦怠感と頭痛に襲われ立っていることすら苦痛だった。

(……神様に幸せになったらいけないと言われているみたい)

 晴れ渡る青空に顔を向けて目を瞑り、風がそよりとも吹かない中、このまま熱気に包まれ蒸発してしまうのも悪くないと思った。

 シタール王国が滅んでから一年。クリビアは二十三歳になっていた。


~~~~~~~~~~

 目を覚ますと、白い見知った天井が目に入った。

「あ、あれ? 私……」
「王妃様!」

 アナスタシアが心配そうに覗きこんだ。

「よかった。お目覚めになられて。王妃様がいらっしゃらないのでお探ししたら井戸の所で倒れていたのですよ」
「え、そうなの? ちょっと目を瞑っていただけだと思っていたんだけど」

 アナスタシアは倒れているクリビアを見つけるとすぐにメイドたちを呼んで部屋に運ばせた。
 宮医を呼ぶことを国王に止められ困っていたら、今サントリナ王国から街にボランティアの医師が来ていると自分の主治医に教えてもらった。
 その医師は大陸一の名医と言われるアルマ医師に医療の知識を授けるほど優秀な医師だという。
 そんな医師をアナスタシアは密かに没風宮にまで連れてきてくれた。

「危なかったらしいですよ! 本当に一時はどうなることかと心配しました」

(そうか。死にそうだったんだ。でも……)

 その行為は有難いが、反面そのまま死んでもよかったのにとも思った。

「……有難う」
「その医師には王妃様だとは伝えておりません。ご安心ください」
「くすくすくす。ちょっと水を飲みに出ただけなのにこんな大袈裟な事になるなんて、ごめんなさいね」
「非常に体温が高くなっていたのです。それですぐに体を冷やして足も高くして。塩分のある食べ物や水分をこまめに摂るようにと怒られました。……ああ……ごめんなさい。父には王妃様を王宮に戻すように言っているんです。メイドにもちゃんと世話をするようにと。でも聞いてくれなくて!」

 悔しそうにそう言うと、アナスタシアはなにやら飴玉を袋から取り出した。

「これは医師がくれた塩飴です。街中でも子どもたちに配っているらしくて。今回のような症状になる前に舐めるといいらしいですよ。もちろん、塩分は食事から摂るように言われましたが。置いておきますね」

(塩飴……。あ、そうか、私熱中症だったんだ)

 いつもは忘れている前世の記憶で、熱中症という言葉を思い出した。
 
 一つ一つ包装されている丸い塩飴をテーブルの皿の上に置き終わるとアナスタシアはシクシクと泣き出した。

「うっ、こんなことなら離婚した方が王妃様のためだと思います……」

 シタール王国が滅亡したのだからヴァルコフ国王がクリビアを王妃にしておく必要は無い。
 クリビアも離婚したいのは山々だ。

 アナスタシアは悔し涙を拭くと、そういえばと思い出したように一通の手紙を差し出した。

「王妃様に手紙です。サントリナ王国からです。でも御免なさい、多分父が先に読んだみたいです」

 何を警戒することがあるのだろうか。まるで敵か人質であるかのような扱いにクリビアに自虐的な笑いが込み上げてくる。


 手紙は故母の妹からだった。彼女はサントリナ王国の公爵夫人で、シタール王国滅亡後の姪のクリビアを心配して手紙をくれたのだ。
 そこには自分を気遣う内容と、”落ち着いたら一度遊びにいらしてください” と書かれてあった。






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