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第一章
ロータス(四)疑惑
しおりを挟むメイドの話ではシタールの国王が新しい王妃を迎えて以降クリビアはずっと王妃と王子に酷い扱いを受けていたということだった。
「クリビア王女殿下は王子に頻繁に暴力を振るわれ、王妃はメイドのように床や窓を掃除させ、わざと汚していたこともしょっちゅうだったようです。躾と称して鞭を使っていたとも聞きました。それを国王は王妃と王子ばかりを大事にして、全て見て見ぬ振りをしていたそうです」
ロータスは頭に血が上り、わなわなと震え出した。
(だから娘の結婚式を利用してあのような事ができたのだな……)
「ただ王妃の言いなりになって王子にも反発することなくじっと耐えていたとそのメイドは悔しそうに言っていました。今は監禁されているため王妃や王子と会うこともなくなったらしいですが、監禁されてもされていなくても酷い状態にはかわりありません」
「あいつら……殺してやる」
ロータスの青い瞳が怒りで熱を持ち眉間に青筋が立つ。
クリビアにとってあの結婚はそういう状態から抜け出すチャンスで、それを父親に潰されたのだ。
どれだけ落胆しただろうか。おまけに今は自分のせいで監禁されていると思うと耐え難い思いでいっぱいになった。
(一刻も早く力を付けて迎えに行かなければ。ここで自分だけぬくぬくとしてはいられない!)
クリビアの近況を知ったロータスの立ち止まっていた時間が急激に動き出しガルシアをすぐに出る決意が固まった。
一方、テネカウ神父はそんな彼にどんどん心が冷えていく。
そんなに愛しているのなら何故裏切ったのかと喉元まで出かかった。
「ロータス様。私は明日からアルマ医師と共にシタール王国に行くのですが何かクリビア王女殿下に御伝言はありますか。メイド経由でお伝えすることができるかもしれません」
「愛していると、そして必ず迎えに行くから俺を信じて待っていてくれと伝えてくれ」
「信じて、ですか。私は嘘は吐けません」
「貴様……」
ロータスが今にも飛び掛かって来そうな雰囲気を漂わせ始めたためテネカウ神父はすぐに冗談ですと言って宥めた。
「ん、ちょっと待て。今アルマ医師と言ったか?」
「はい」
「彼はジュリアナとバハルマに行ってるんじゃないのか」
「いいえ。行っていませんよ。そういえば彼女は今回アルマ医師のお供につかないですね」
~~~~~~~~~~
バハルマの王城に着いたネベラウ枢機卿とジュリアナが重厚な扉の先にある部屋に案内されると、そこにはヴァルコフ国王が大きくゆったりとしたソファに腰かけていた。
その近くで五歳位の男の子が床で遊んでいる。
その子はジュリアナに気付くと、お姉ちゃん! と言って走り寄った。
「なかなか聞き出せないようだな」
「申し訳ありません。ですがあと少しで―ー」
「――猶予はない! マリウスと早く一緒に暮らしたいだろう?」
ヴァルコフ国王はジュリアナにしがみついている男の子に射るような視線を向けた。
ジュリアナの心臓がバクバクと激しく脈を打つ。
ジュリアナはマリウスが握る手を握り返しながら「必ず聞き出してみせますのでもう少しお時間を下さい! お願いします!」と半泣きで懇願した。
「それにしてもお前の美貌と身体を持ってしても聞き出すことができないとは。クリビア王女はやはり格別なのだな。子どもの頃の姿を見たことがあるが、既にあの頃から美しかった……」
「国王陛下、王妃殿下の具合はいかかですかな」
「はぁ。良くなったり悪くなったりの繰り返しだ。医師どももなんの役にも立たない。望みの綱は……」
ヴァルコフ国王はそう言って悲壮な表情を浮かべてジュリアナを見た。
この後、ネベラウ枢機卿はバハルマにある神殿で王妃の回復を祈る特別な儀式を行うことになっている。
その間ジュリアナは別の部屋で弟との束の間の時間を与えられた。
それから数日後、バハルマ王国の王妃の容態が急変し、息を引き取った。
~~~~~~~~~~
バハルマから戻り、疲れとストレスでいっぱいのジュリアナはロータスの自分を見る目が行く前と違うことに気付かないでいる。
それから一休みして、彼に嘘を吐いていることの後ろめたさから、彼女はバハルマへ行ったというそれだけの事実を頼りに自分の嘘を覆い隠すかの如くそこでの出来事を話し出した。
「王妃様が急にお亡くなりになってしまったの。国王陛下と王女殿下がそれはそれは悲しんでおられてお気の毒だったわ」
「アルマ医師の腕でも無理だったのか」
「ええ。もう手遅れだったのよ。ネベラウ枢機卿猊下の祈りも神には届かなかったし。一年は喪に服すみたいで街中黒い国旗が掲げられたの。猊下はまだ残っていらっしゃって、私とアルマ医師だけで先に戻ってきたのよ」
「……」
嘘を吐く理由。ただの一看護師に過ぎない彼女が枢機卿とバハルマに行った理由。
その理由さえ嘘かもしれないと思うと聞いたところで意味は無いと思い、ロータスは何も聞かなかった。
そしてジュリアナを言い訳を言う機会を与えるほどには好きではなかったということに気付いた。
ここまで心が冷えるとはロータスは自分でも思ってもみなかった。
彼女への信頼が揺らいだ今となっては不信感しかない。
クリビアのことで頭がいっぱいのロータスは余計にジュリアナの嘘が許せない。
一度大きな裏切りを経験しているロータスは嘘に敏感に反応するようになっていた。
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