愛の輪廻と呪いの成就

今井杏美

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第一章

ロータス(三)テネカウ神父との会話

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 二日後、ロータスの元に神父が訪ねて来た。
 ロータスとクリビアの初夜の証人となった、司祭であるテネカウ神父だ。

 今ジュリアナは勤務先のアルマ医師とネベラウ枢機卿、護衛の宗教騎士団たちとバハルマ王国へ行って留守にしている。
 バハルマの王妃の容態が優れず、大陸で一番の名医と言われるアルマ医師が呼ばれて行くことになったため自分もその付添いで行くことになったと彼女は言った。
 ネベラウ枢機卿は神への特別な祈りを捧げるために行くのだという。

 テネカウ神父は家の中に促されテーブルにつくと顔を顰めながら俯き加減で何か言いたげにしている。
 ロータスはジュリアナに教えられて淹れることが出来るようになった紅茶を神父に出して、彼の前に座った。

「単刀直入に言います。ロータス様がこの国で暮らすことは何の問題もありません。しかし何故あの看護師と一緒に暮らしているのでしょうか。クリビア王女殿下のことは諦めて彼女を妻になさったのですか?」
「……いいや」

 テネカウ神父は大きくため息を吐いた後、語気を強めて言った。

「遊びでしたらすぐにおやめください。これは神とクリビア王女殿下に対する明確な裏切り行為です」
「俺が愛しているのはクリビアだけだ」
「意味がわかりません」
「俺に説教するために来たのか」
「したいところですが違います。そうそう、私はクリビア王女殿下とあなたの初夜が済んだことをネベラウ枢機卿にお伝えしておりません」

 ロータスが不貞を犯していないのならばネベラウ枢機卿に初夜の完了を伝えていないことに罪悪感があっただろうが、そうではない。
 テネカウ神父は自分の選択は間違ってはいないと思っている。

「どうでもいい。伝えろと言ったのはたまたま君がそこに来たからだ」
「そうですか。このまま私が口を噤めばあの日の行為を無かったことにすることができますからね」
「そういう意味じゃない。俺たちの間に神の許しなどいらないということだ」
「あなたはそれでいいでしょう。しかし王族の初夜は必ず枢機卿が見守る中で行われなければいけません。あの時あなたは既に王族ではなかったかもしれないが、王女殿下は違う。枢機卿に伝わっていないということは、王女殿下の側から見ると初夜は完了していないことになり、正式な夫婦になったとはいえません」
「……」
「これで安心して看護師と暮らすことができますね」
「クリビアを愛していると言っているだろう! 俺をおちょくっているのか!」

 テーブルをバンと叩くとティーカップの紅茶がテーブルに散った。

「まさか。必死でお助けしたあなたをおちょくるはずがございません。クリビア王女殿下にも失礼です。私はあなたに失望しただけです」

 テネカウ神父は王女殿下が彼を逃がそうと必死だったにもかかわらず、愛の名のもとにあの場で初夜を、いや、初夜まがいの行為を行った彼にあの時強烈な不快感を覚えた。
 今だってそうだ。

 そして軽蔑と呆れの気持ちを持ってロータスを見つめて言った。

「あなたのことを聖人君子とは思っておりません。ですがこうも早く不貞を犯すとは、初夜の儀式が遊びのように思えてならないですね」
「クリビアとのことが遊びだなどと……それは俺を殺すことと同じだ。彼女が俺の中で唯一の妻だ」
「では看護師の女性とすぐに別れるということですか」
「……」
「ロータス様。欲望のまま過ごすと後悔することになりますよ。ロータス様が今も王太子であるならこんなことは言いません。王族なら側室を何人も娶ることが出来るでしょう。ですが平民はなおのこと貴族ですら側室を迎えることはできないのはご存じでしょう」

 いつまでも王族の気分でいることを諌められロータスは目を伏せた。
 ジュリアナに悪いようにはしないと言ったのも、側室を娶ることが出来る意識が心のどこかにあったからつい出てしまった言葉だ。

 だがもちろんクリビアと結婚していたのなら側室など迎えるつもりはさらさらない。もしその状態でジュリアナと出会ったとしても決してこの様な関係になることはないとロータスは自信を持って言える。
 今のこの異常な状態だからこそ不貞を犯す結果になってしまったと。

「あの看護師と別れないのなら私はクリビア王女殿下が不憫でなりません」

 テネカウ神父がここまでクリビアの肩を持つのには訳がある。

「今日は殿下の事をお伝えに参りました」
「! クリビアがどうかしたのか!」

 ロータスはテーブルに手をつき前のめりになって椅子から半立ちになった。

「だがなぜお前が知っているんだ? まさがクリビアと連絡を取り合っているのか?」
「取り合ってはいません」
「じゃあなぜ!」
「まあ落ち着いてください」


 ロータスは息を吐き出しながら椅子にゆっくりとかけなおした。早く知りたいとばかりにテーブルの上を人差し指で神経質そうにトントン叩いている。

「私はあの後シタールの王城に出向く用事があって、ついでに王女殿下にロータス様が無事に着いたことをこっそりとお伝えしようと思いました」
「ああそういうことか。で、彼女に会えたのか? 彼女はシタールで幸せに過ごしているんだろう?」
「そう思われますか」
「当たり前だ。彼女は王女ではないか」
「残念ながらお会いすることは叶いませんでした。城のメイドに尋ねたら陛下にあなたを逃がしたことがばれて監禁されたというのです。そのメイドは古くからいるメイドで王女殿下の事をたいそう心配していて私に色々話してくれました」





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