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第一章
ネックレス紛失事件(一)
しおりを挟む夜風が冷たくなってきたので窓を閉めるとメイドが夕食の食器を取りに来た。
食べ残しているカビたパンを見て薄ら笑いを浮かべるその表情にクリビアは苛立ちを覚えるが、怒ったところで改善はされない。
苛立ちを押さえるため頭の中で十まで数えた。
少しして三年前に亡くなった王妃が産んだ第一王女のアナスタシアが訪ねて来た。
故王妃は彼女の前に三人子どもを産んでいたが三人とも幼いうちに亡くなっているため、彼女はとりわけ父ヴァルコフ国王から大切にされている。
国王と同じ黒髪に赤い瞳を持ち、きりっとした意志の強い顔をしているが、実際はとても穏やかで優しい女性だ。
クリビアより三つ年下で婚約者はまだいない。
ヴァルコフ国王は背も高くすらっとしており年の割には若々しく見た目も悪くない。
彼にはアナスタシアの他に側室ビエネッタが産んだ第一王子のカリアスとその弟のヨセフ、そして側室バーベナの産んだバーバラがいる。
クリビアに出されている食事がどんなものか知っている彼女はできたてのパンに肉と野菜を挟んでこっそり持って来てくれた。
唯一クリビアに親切で味方でいてくれるのは彼女だけだ。
「いつもありがとう、アナスタシア」
「いいえ、私にはなんの力も無いことが悔しいです。メイドは父の宮殿から派遣されてきているから私が辞めさせることができないし。ごめんなさい……」
「いいのよ」
クリビアがこの没風宮に住むことになったきっかけは、十六歳になるバーバラ王女の大切にしていたネックレスがなくなったことにある。
数か月前、クリビアがまだ王宮で暮らしていたある日の午前中、部屋の外から複数の人の足音が聞こえ、クリビアの部屋の前で止まった。
そしておざなりなノック音が聞こえたかと思うとたくさんのメイドが部屋に入って来た。
その雰囲気は結婚式の時のシタール軍が攻めてきた光景を髣髴とさせ、クリビアの心臓が一瞬ドクンと嫌な音を立てた。
メイド長が合図をすると、メイドたちはクローゼットやタンスを勝手に開けなにやら物色し始めた。
驚いたクリビアは何事かと聞くと、メイド長は不快なものでも見るような冷たい表情を向け、バーバラ王女殿下が故王妃殿下から貰ったルビーのネックレスがなくなったのでそれを探すと告げだ。
それがどうして自分の部屋を探すことになるのかわからず今すぐ止めさせようとしたが、陛下のご命令の為止めることはできないと言われた。
その時、アナスタシアが血相を変えてやってきた。
「王妃様、バーバラからネックレスがなくなったことをお聞きになりましたか」
「ええ、一週間くらい前に聞いたけど。でも私の部屋を探すなんて訳がわからないわ」
「……そのことを父と私とカリアスが聞いたのは三日ほど前なんです」
クリビアはそれがなんなのだろうかと首をかしげた。
「その時父はルビーのネックレスがなくなったことを知っている者は他にいるかと尋ねたんですがバーバラは今が初めてでまだ誰にも言ってないって言ったんです」
「は?」
「犯人を捜すにはあまりこのことが広まらない方がいいからもう誰にも言うなと父はバーバラに念を押されました」
「ちょ、ちょっと……それじゃあ……」
「王妃様は昨日夕食の際にバーバラにネックレスは見つかったかどうかお尋ねになられましたよね?」
「ちょっと待って。私は確かにバーバラから聞いたのよ、一週間前に! 陛下たちが知る前に!」
あたかも犯人が馬脚を現したみたいではないか、しかも相当間抜けな……。
クリビアは全身が緊張していくのが感じられた。
「夕食後に王妃様が部屋に下がった後、父がバーバラに確認したんです。あのあと王妃にネックレスの事を話したかって。そしたら……話していないって」
「なんですって!」
昨日の夕食時にバーバラにネックレスの事を聞いたらなぜかみんなが一瞬固まって雰囲気がおかしくなったので何かおかしいとは思っていた。
しかもバーバラまで目を瞠ってクリビアの顔を見たのだからとんだ役者だ。
最初から自分を陥れようとしていたのだとしたら誰かが部屋にネックレスを仕込んだはずだ。
見つかったらどんなに否定しても誰も信じてくれないのが容易に想像できクリビアは目の前が暗くなった。
嫌な汗が滲んでくる。
部屋の中はもうぐちゃぐちゃで、アナスタシアはオロオロしてクリビアを心配そうに見ている。
「ありました!」
メイドが声を上げた。
この前日の夜、ベッドの中でヴァルコフ国王はネックレス紛失を利用してクリビアをこの王宮から出すことを考え付いた。
バーバラの仕組んだことだとわかりきっていたがそんなことはどうでもいい。
国王の正妻になる女が処女でないことなどこの国の歴史上なく、コケにされた国王の怒りは未だ収まっていなかった。
相手はカラスティアの王子だと推測はつく。
婚約期間中だとしても関係は持たないということが当たり前の世代の国王には考えられない事だったためうっかりしていた。
ヴァルコフ国王はクリビアを送り返そうとも思ったが、せっかく手に入れた美しい王妃を手放すのも惜しく、だからといって今更初夜の儀式を行い正式に妻として扱うつもりもなく宙ぶらりん状態が続いていて、頭の痛いことだった。
その結果、普段は自分の目に入らない所に置いて公式な場でのみ職業王妃として役目を果たさせればいいという考えに至り、王宮から出す正当な理由と移動場所をどこにすればいいか考えていたところだった。
バーバラの企みは国王にとってタイミングが良く、翌日すぐに王妃の部屋を改めさせることにした。
罰は没風宮送りだ。
没風宮は、歴代、王の怒りを買い寵愛を失った王妃や側室が死ぬまで暮らすことになった宮殿で、今では長年放置され掃除もされておらずボロボロなため、メイドたちの間では幽霊屋敷と言われている。
幸い王宮の外には初夜が済んでいないことは漏れてはいない。
処女ではなかったというのは国王一家と医師と側近しか知らない。
嫁いできてすぐに盗みを働く手癖の悪い王妃というレッテルを貼り王宮から追い出せば、後々王妃に子どもができないことで煩く言ってくる貴族もいないだろうしシタール国王に対する名分もできる。
ヴァルコフ国王は我ながらいい考えだと満足して眠りについた。
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