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第一章
零れ落ちる幸せ
しおりを挟む「王妃様、食事をお持ちしました」
メイドがガチャンと乱暴に食事を置いた。
「なんで私がこんな手癖の悪い卑怯者の世話をしなきゃならないのよ……」
そして聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで一言文句を言ってそそくさと出て行った。
このメイドは来るたび文句を言うのでクリビアはよくもまぁ毎回言う文句があるものだと感心してしまう。
ロータスを牢から逃がしてから三年後、バハルマ王国の王妃となったクリビアはとある理由で王宮から離れた場所に建てられている寂れた没風宮に一人で暮らしている。
メイドが持って来たのは一切れの固いパンとほとんど具の入っていない冷めたスープ。
パンを手に取るとカビが生えているのを見つけてあやうく口にするところだった。
ため息を吐いて食事の手を止めると、沈みゆく夕日を見つめ物思いに耽った。
クリビアは三年前、ロータスを逃がしたことが父であるシルベスタ国王にばれ、その後三年間に渡って自室に監禁されることになった。
今年二十一歳になってようやく出られたと思ったら隣国バハルマ王国と軍事同盟を結ぶと同時に五十歳になるバハルマのヴァルコフ国王の後妻で正妃として嫁ぐように命令された。
結婚は以前見かけたクリビアの美しさに目を付けたバハルマ側から申込まれたものだった。
「おい、お前の様な役立たずでも貰ってくれるって言うんだ、感謝しろ」
「きゃっ」
異母兄のベルロイが監禁が解け部屋から出たばかりのクリビアの背中を足で蹴って押した。
クリビアは前につんのめって床に手をついてしまったが昔から彼には暴力を受けていたのでこれくらいはなんてことない。
子どもの頃から我慢するのは習慣だ。
反抗しても増々暴力を振るわれるだけだったので自分の身を守るためにはそうするしかなかった。
今、目の前でそんな光景を見ても何も言わず玉座に座っている国王の隣では王妃である継母が睨みつけている。
クリビアが生まれる前から浮気をして子どもまで作っていた父は母の死後、クリビアが十二歳の時に男爵家の三女であるパトリシアと息子ベルロイを迎え入れた。
貴族たちは身分が低すぎるということで反対したが、父は無理やりパトリシアを王妃の座に就かせたのだ。
今思うと母は父の浮気を知っていたのだろう。
十歳の頃、叔母の結婚式に参加するために大陸の南西に位置する大きな島国のサントリナ王国に当時王太子妃だった母と船で渡った。
その帰りに国に帰りたくないと悲しそうな顔で呟く母を見て心配したのを覚えている。
そして「あなたは絶対に浮気をしない男と結婚しなさい」と言ったのだ。
その言葉はクリビアの心に深く刻まれた。
クリビアはその行き帰りに酷い船酔いをしたことまでついでに思い出して苦笑いする。
(そういえば私を介抱してくれた医師には本当に迷惑をかけたわ。行きも帰りも同じ船に乗り合わせて介抱させられるなんてびっくりしただろうな。あの時は二度と船には乗らないなんて思ったけどもう一度行ってみたい。無理だろうけど)
名ばかりの王妃であるクリビアに自由はない。
自分には普通の幸せな結婚生活が縁遠いものの様な気がしてならないと、ため息ばかりが出てくる。
(どうして色々うまくいかないのかしら。前世も若くして死んでしまったし)
実はクリビアには前世の記憶がある。
前世はこことは違う世界で日本という国に住んでいた。
一度離婚を経験し、その後保育士の資格を取って院内保育士として働き希望に満ちた生活を送っていたが、勤務先の病院の医師とのデートの待ち合わせ場所に行く途中で交通事故に遭い亡くなってしまったのだ。
そして現在、バハルマ王国の王妃として嫁ぐもヴァルコフ国王との初夜が済んでいないため正式な妻として認められていない。
バハルマ王国には、王族に嫁ぐには処女でなければならないという決まりがある。
父シルベスタ国王はクリビアとロータスの間にあったことを知らないため結婚を承諾したのだ。
監禁生活に戻るのが嫌だったクリビアは黙っていることにした。
結婚は唯一の逃げ道だ。例え父より年上の五十の男に嫁ぐとしても、これまでのシタールでの生活、そして監禁生活よりはましな気がしていた。
処女かどうかなんて三年も前のこと、わかるはずがないと高をくくっていた。
しかし一度婚約をしていたクリビアはヴァルコフ国王の側近に処女かどうか疑われ、医師に確認させられてしまう。
前世の記憶が蘇ったのは、騙されたと怒ったヴァルコフ国王に殴られ気を失い、数日後に目覚めた時だった。
掴んだと思った幸運が指の隙間から零れ落ちていくようにいつもあと一歩の所でだめになる。
(でもロータスと一緒になることはできない……)
シタールが彼と彼の両親や国に対してしたことを思うと自分が彼と幸せになるなんてそんなおこがましいことできるわけがない。
もしそんなことになったら、一生罪悪感をもって暮らしていくことになるし、それは当然の罰なので受け入れるとしても、彼がことあるごとに思い出して苦しむのは嫌だ。
クリビアは愛する人にそのような思いをさせたくないため最初から彼と別れることを決意していて、牢から逃がした後は修道院に入ろうと思っていた。
あれから三年以上経つ。
彼ももう自分のことは忘れて幸せになっているだろうと思うと少しは気が楽になった。
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