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35 最終回

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「ここは君の家だ。なんでも君の好きにするといい。私の許可などいらないよ」
「ありがとう。いい部屋ね」
「だろう? 伯爵家の君の部屋に似たテイストにしたんだ。シンプルだけど女性らしさも感じるように壁紙は白でカーテンは白に近いベージュに小さいバラを刺繍して……」
「でも前のも結婚前に二人で選んだじゃない」
「あぁ、でもあれは……ベニアが趣味じゃないって全部変えてしまったんだ。それで全体的にクラシックな感じの重厚感のある部屋になって」
「ふーん。それでもいいけど、別に」
「いや、私が嫌なんだ。部屋が嫌って言うんじゃなくて、思い出すのが、ね」
「そういうものなのね」

 これらのカーテンや壁紙、ファブリックは前もってアンドレが用意してこの日の為に使っていない部屋に隠しておいたもので、アンドレと執事だけがその部屋のカギを持っていた。

「でもありがとう。とても素敵な部屋よ、気に入ったわ」
「本当?」
「ええ」
「本当に?」
「もちろん」
「好き?」
「……ええ」
「愛している?」
「もちろん!」

 アンドレは椅子から立ち上がりエメリアに口づけた。唇にまだ紅茶の味が残っている。

「はは」

 何が可笑しいのか破顔するアンドレにエメリアは訝しげな顔をする。
 

「あ、そういえば、この世界に戻る前に大魔女に何を言ったんだ?」
「え、ああ」
「言えない事?」
「そんなことないわ。でもあなたは怒るかも」
「聞いてもいい?」
「ベニアの呪いを解いてくれって言ったのよ」
「……。やっぱりそうか」
「ばれてた?」
「まぁね」
「でもちょっと笑われちゃっただけで返事は貰えなかったの」


 一つの側面から見ると最悪な経験だった。
 でも、違う側面から見れば、虹色の花で伯爵を助けることができたしミーナという知り合いもでき、ノアにも会えた。
 そして入れ替わっていなければ魔法の世界にも行くことはなく、そこでエルシーさんのことを聞いて伯爵に伝えることもできなかった。

 だから結果的に殺されずにこうして今幸せであるということは、それまでの出来事はエメリアにとって悪いことではなかったのだ。

 そんなことをエメリアは考えた時、彼女の呪いを解いてあげたくなった。
 まだ八十歳だ、きっとまだまだ長生きできる。弟やガーラントだっているではないか。

 でも最終的に決定するのは大魔女だ。自分の考えを伝えたのは後悔しないため。



「……もうあの世界とも繋がらないのか。なんだか慌ただしい六か月だったな」

 しみじみとした空気が漂う中、アンドレが思い出したように徐にポケットに入れていた遺書を取り出した。

「あ、それ」
「今読んでもいいだろ?」
「いいけど、面白くもなんともないわよ。弱っている時に書いたからかなり女々しいと思う」


  ***

親愛なるアンドレ

元気に過ごしていますか。

これを書いているのは夜です。
昼間はミツバチが花壇の周りをブンブン飛んで煩いくらいなのに、夜になると代わりになんていう虫なのかわからないけどジーっていう声やフクロウの声が聞こえます。

自分の部屋で感じていた夜とは違って夜がとても長く感じます。
邸では朝はリリーに起こされていたけどここでは鳥の鳴き声で起きます。
素敵でしょう?
とても新鮮で清々しい朝を迎えられ、もう少し寝ていたいなんて思うこともないです。

この家に住んでいた魔女ベニアはきっと魔法で色々できただろうから私とは違った生活だったかもしれません。
どうせなら魔法の呪文でも教えてくれればよかったのにと思っています。
でも、リリーのお陰で私は小さいころから森の中で色々と教えてもらい、なんと、火のつけ方まで知ってるの。
アンドレは知らないでしょう?
今はまだ暖炉の火を絶やすことがないようにしているけどもう少し暖かくなったら暖炉は消すので自分で火をつけてみようと思っています。

食事は庭には野菜が植えてあったし、ジャガイモとかにんじんも保存してあったのでそれを茹でて食べています。森にはキイチゴやビワもあります。
これもリリーに教えてもらったの。
本当にリリーには色々教えてもらって、足を向けて寝ることができません。
ただ水はいちいち井戸から汲まなければいけないので重たいし面倒です。
でも運動と思ってやると不思議と面倒と思わなくなるのがわかりました。

色々考えると、これから夏に向かうので良かったと思います。
でも蚊が入って来そうでちょっと心配。
あ、この家のカーテンは魔法のカーテンなのよ。
外からはカーテンが閉まっていると中は見えないけど中からは外がはっきりと見えるの。
カーテンを全開して何も遮っているものが無いように見えるのよ。
だからカーテンが閉まっているからって安心して家の周りをうろうろしていたらしっかり見られてたりするから。

そういえば、薬草摘みに最適な場所にいるにもかかわらず、まだ二回しか行っていません。
いつでも好きなときに摘めるとなるとそんなものなんですね。
ここで暮らしていなかったら私はきっと毎日でも行くのにと思っていたはずです。


あなたと薬草摘みに行ったのはあの日が最初で最後でした。
でもあの日に行かなければ、とは思わないでください。
もう一通の手紙に書いた通り私は七歳の頃からこうなる運命だったのです。
自業自得です。

ただ、本当の私はここにいる、ここで暮らして、ここで生きていたんだという事実を、証拠を残したくてこの手紙を書きました。
これを読んでくれるかどうかはわかりません。
ずっと見つからないままかもしれません。

アンドレ

愛しています。昔も今も。私の結婚相手はあなただけです。
あなたが求婚してくれた時からずっとあなたの事を考えていたらいつの間にかあなたのことを愛するようになっていました。

夜会に一緒に行かなくてごめんなさい。
普通の令嬢のように宝石や美しいドレスにあまり興味が無くてこめんなさい。
そんな私だからプレゼントを選ぶとき苦労したに違いありません。
でもあなたのプレゼントならなんだって嬉しくて宝物です。

誰とも会話をしない生活の中で、あなたの優しい言葉や眼差し、笑顔、心遣いを思い出すと淋しさも癒えました。
ありがとう。

あなたはこれから私があげたいと思っている物をベニアから貰うことになるけどそれであなたが幸せを感じるのであれば仕方がありません。でも本当は私があげたかった。
私はあなたとの未来をずっと夢見てきたんだから。

こんな未練たらたらのことを書くなんて私も諦めが悪い女です。
でもこれが嘘偽りのない気持ちです。
悲しませることを書いてごめんなさい。
好き勝手して生きてきた私の手を離さないでいてくれてありがとう。
私に愛を教えてくれてありがとう。

私はあなたのまっすぐな気持ちを感じることができてとても幸せでした。
私の愛がちゃんと伝わっていたかどうかそれがちょっと気がかりです。


アンドレ

心から愛しています。
あなたのこれからの輝かしい幸せな未来を願っています。


p.s. たまには父の事を気にかけてくれたら嬉しいです。
   どうかこの手紙が見つかりますように。
   来世では私があなたと一緒になれますように。
   騙されていたあなたをからかいたいので先に天国に行って待っていますね。
   悪いことしないでちゃんと天国に来てくださいね。


シェール歴 三三三年 五月 一日

エメリア・リトランド



  ***

 アンドレは顔を下に向け手と肩を震わせている。

「ふ……p.s.が長いよ……」

 少し鼻にかかって掠れた声。
 エメリアはやっぱり見せない方が良かったかなと思った。



 
 秋分の日から三週間後、エメリアとアンドレは一緒に虹色の花を摘みに行った。
 足元では久しぶりの魔女の森にノアが嬉しそうに尻尾を振りながらついてきている。
 
 ノアは最初はエメリアを見知らぬ人と認識していたがすぐにベニアの姿の時と同様に懐いてくれ、今では新しい邸で皆に可愛がられている。
 因みに何も知らないミーナには魔法の世界に行く前に魔女の家を当分留守にすると言ったので暫く来ることはないだろう。
 近いうちにアンドレと共に視察に行ったときに説明しようと思っている。



 咲いているか不安だった虹色の花は咲いていた。
 以前咲いたときと同じように生き生きとしている。
 リリーも水遣りに来ていたしここ数日は雨の日もあり、花弁や葉の上では水滴がきらきらと輝いている。
 水滴の中に虹を閉じ込めたような輝きはまるでホワイトオパールのようだ。

 その奥の赤い曼珠沙華の花壇の側には白い曼珠沙華が置いてあった。


 それから一年後、エメリアは双子の赤ちゃんを産む。
 一人はブロンドで青い目、もう一人は黒髪で青い目の女の子だ。
 そしてまた一年後、今度は黒髪で青い目の男の子、また一年後、黒髪で青い目の男の子を産んだ。

 そのうち三番目の男の子はのちのちエメリアの父であるランス・リトランド伯爵の養子になり、伯爵家を継いでいくことになる。



 コーヒー豆は魔女の森の『エルシーコーヒー農園』で順調に育ちコーヒー事業は成功し、エメリアはその利益の五〇%を伯爵家と分けた。
 エメリアとリトランド伯爵家はそれ以外にも共同で南の大陸からのコーヒー豆の輸入をすることになり、国内にコーヒーを日常の嗜好品飲料として定着させることができ莫大な財産を築く。

 魔女の森の裏手の遺跡はコーヒー農園を作る時に石を砕いて取り除かれた。
 そして魔女の家はコーヒー農園の管理小屋となり、次期リトランド伯爵に孫が生まれる頃には魔女と虹色の花の言い伝えは消えていた。



The end




 
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