一年後に死ぬ呪いがかかった魔女

今井杏美

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 伯爵はエメリアとアンドレを見送った後、一人エルシーのお墓参りに来た。

 曼珠沙華の咲く大きな花壇、その前に伯爵は跪いている。

「エルシー、私は心から君を愛しているよ。君の存在は私の全てだったんだ。それなのに私は気を信じず一方的に別れを告げ、挙句の果てには見せつけるように他の女性とすぐ結婚してしまった。その時君は既に天国に行っていたとも知らず……。ははは。なんて馬鹿で愚かな男だろうか。出産で亡くなってしまったエメリアの母親にも気の毒な思いをさせた。なんせ私の頭の中は君のことだらけだったんだから。本当に私は酷い男だ。大魔女に真実を教えてもらい、私がどれほど後悔したか。大魔女がもっと早く来ておしえてくれたらなんて自分勝手なことも考えたよ。君との生活を楽しみにしていた。君が人間になることを選んでくれて嬉しかった。君の全てを愛している。今も、この先もずっと、君を愛している。そういえば、コーヒーの他に虹色の花も最後い持ってくると言っていたね。ほら、もうすぐ咲きそうだよ。これのおかげで熱病から助かったんだ。全て君のおかげで……有難う……。君がこれをどんな気持ちで植えたかと思うと……胸が潰れそうな思いまする……!」

 伯爵は咽び泣き、曼珠沙華が赤く咲く花壇の土に涙がぼとぼと落ちる。

「エルシー、私もそう遠くないうちにそっちに行くから待っていてくれないか。その時は何度でも私を拒否してくれ。そして何度でも君に愛を乞わせてくれ。だから君と同じところに行けるように毎日祈るよ」

 その時花の影からおおきな黒とピンクの模様のアゲハチョウが現れた。
 エメリアの結婚式に飛んでいたものと同じだとしたらとても長生きだし違う蝶だったらこの周辺に生息しているということでそれこそ大発見ではないだろうか。
 しかしそうだとしてもそのアゲハチョウを大衆に知らしめるきなどさらさらない。

「エルシー」

 伯爵はそのアゲハチョウに向かって呟いた。


**********

 二人の邸が見えてきた。今日からエメリアはここの女主人になる。ただそう思っているのはエメリアだけだ。

「旦那様、奥様、お帰りなさいませ」
「ただいま」
「え、あ、ただいま……」

 二人を迎える執事とたくさんのメイドたち。
 エメリアは恥ずかしいのとなんだか騙しているような気がして必然的に声が小さくなる。

「奥様のお部屋も、共通の寝室も、全て新しいものと交換済みでございますのですぐにお休みになれます」
「え!」

 そんな意味ではないと思うが執事に言われてエメリアの顔が赤くなってしまった。

「あははは。ありがとう。まずはちょっとお茶したいから、エメリアの部屋まで頼むよ」
「かしこまりました」
「アビトリアのハーブティーは無しだよ。あれは全部捨ててくれ」
「? はい。承知しました」

 アビトリアの葉には避妊効果があること以外、男性には精力が付く効能があり、まさに不埒な男性が多用するような植物で、この国では不適切な関係の男女が密かに購入しているらしいことが後からわかった。
 
 マリナはそれを親戚から貰って持ってきたと言うが、その親戚というのがレクター子爵未亡人だ。
 因みにブライトマン侯爵家が『何でも屋』を調査したことで、ついでにレイン伯爵のレクター子爵暗殺依頼の証拠が出て、レイン伯爵は殺人容疑で捕まった。
 レクター子爵未亡人は取り調べ中だ。


 ちょうど二人が部屋に下がろうとしたとき、マリナ嬢が訪ねて来た。
 図々しくもまだ自分から訪ねて来るとは相当な度胸だ。
 今日という大切な日に彼女の顔を見ることになるとはアンドレは不愉快で仕方がない。
 しかも彼女のせいでベニアに許しを請うために必死になったことは忌々しい思い出だ。

「……誰?」
「ベニアがよくここに呼んでお茶していた令嬢だ。私の友人のトーマスの妹でもある。春分の日の夜会で会って女性除けの為に少し側にいてもらっただけなんだ。だから変な噂もちょっと立った。でも誓ってそれ以上の事は何もない。本当だ。利用したのは悪かったと思っている。彼女に対して気なんか全く無い」

 ベニアの時の二の舞は嫌だったのでアンドレも必死でつい早口になっている。
 
 アンドレの側にいることができたのだ、きっとマリナは勘違いしてしまったのだろう。そう思うと、エメリアはマリナだけを責める気にはなれない。

「わかったわ。でも私が相手するの? どうしよう。話をあわせられるかしら」
「そんなことしなくていい。彼女にはうちに来ないようにそれとなく言ったんだけどどうやら言い方が甘かったようだ」
「来ないように?」
「エメリアに会いに来ているようで、本当の目的は私だ。あのアビトリアのハーブティーを持ってきたのも彼女なんだ」
「あら……そうなんだ」

 単に恋する乙女ではなくアビトリアのハーブティーまで持ってきたとなるとエメリアの考えも変わる。

 アンドレは、忙しいのでマリナを追い返すようにと執事に言った。

 二人が部屋に入って少しして、メイドがお茶を持ってきたのかと思ったら執事だった。
 マリナが時間ができるまで待っていると言ってなかなか帰ろうとしないと困って伝えに来たのだ。

「随分面倒な人なのね」
「全く、一体どういう神経をしているんだ。前触れもなくやってきて、忙しいといっても帰らないとは……」
「旦那様、ここは遠まわしにではなく直球で行った方がよろしいのでは」
「うむ」

 慕っている人にきついことを言われるのは少し可哀想だがあんなハーブティーを持ってくるような女だ。何を考えているのか分からない。
 付き合わない方がいいとエメリアも思っている。

「モテる人は大変ね。アンドレといると色んな女性で私は苦労しそうだわ」
「こんなことは二度と無いようにする!」
「あなただけがそう思ってもねぇ」
「隙を見せるような事は絶対にしない!」
「でも思わせぶりな態度を取られると女性は勘違いしてしまうわ」
「そんな態度取ったことないよ! ……一緒にいて会話したのがそうだとしたら、もうそんなことはしない。それに君なしで夜会にでることなんて金輪際ないから」
「ふふふ」

 アンドレは走ってマリナの所に行って、そしてあっという間に戻ってきた。
 執事はそんなアンドレの素早い行動に微笑ましく感じている。

「あら、早かったのね」
「はぁ、はぁ……もう大丈夫だ」
「何て言ったの?」
「ん? ”迷惑だからもう来るな、私は君の事が好きじゃない” って言った」
「え、ひど……」
「”アビトリアのハーブティーが何だか知っている。殺人容疑で取り調べ中のレクター子爵未亡人に貰って持ってきたことを侯爵とトーマスに言うぞ!” って言ったら顔を青くして帰って行ったよ。

 執事はまだアビトリアのハーブティーを捨てていなかったようで、植物図鑑を見せたら急いで捨てに部屋から出て行った。

 執事と入れ違いにエメリアの侍女が紅茶を持って入って来た。
 この侍女はベニアと一緒にグロス酒場に行った女だ。
 目的を知らずにただついて行っただけなので、辞めさせられることはなかった。

 『何でも屋』はその後傭兵ギルドを解散してただの『何でも屋』になった。




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