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 ガーラントの額からは大粒の汗が流れ落ち、誰が見ても自分が犯人だと言っているも同然だ。
 そこにいる魔法使いたちもアンドレの言葉を受けて皆ガーラントを見ている。
 針のむしろだ。

 大魔女は椅子から徐に立ち上がり、それまでの柔らかい雰囲気は消え、ガーラントを見据えながら短い階段を下りてゆっくりと近づいていく。

「お前は、今も昔もベニアに良い様に使われそして他人を傷つけ、一人ベニアの役に立ったと悦に入っている。まさに自分の事しか考えることのできないどうしようもない男だ。エルシーの時は人間の世界にいられるのは一日だけという罰にもならない罰を与えたが……」

 大広間の隅に赤々と光を発している檻が出現し、同時にガーラントの姿が檻の中に移動した。

「大魔――!! うあっ!」


 檻を掴んだガーラントの両手が一瞬で焦げ煙が立ち上る。
 肉が焦げる臭いが漂い大広間はシーンと静まり返った。

「大魔女様……どうか、ベニア様の呪いを……解いてください!」

 ガーラントはその痛みに悶絶しながらもまだ叫び続けている。
 魔法で治そうとしても檻の中は魔法が効かなかった。

 その時大広間の扉が開いて誰かが入って来た。

「何の騒ぎですか」と言いながら入ってきたのは少しくせ毛の黒髪で瞳がピンクの青年だった。


**********

「それじゃあ行ってくるよ。すぐ戻ってくるから。エメリア」
「気を付けてね」

 エメリアたちがこの世界に降り立った庭園の一角で、エメリアと大魔女が人間界へ行くアンドレとヨシュアを見送りに来ている。

 アンドレとヨシュアが魔女の家にある魔法契約書を取りに行ってベニアをこの世界に連れてくることになったのだ。
 どうやって連れて来るのか考えた時、ヨシュアが見えない所から魔法で眠らせるということになった。

 ヨシュアは一連の話を聞いた後、呪いが発動したことを初めて知ったがここにいるベニアの体が健康そうなことに安堵している。
 彼もガーラントと同じく自分の姉のベニアを大切に思っているのだ。
 入れ替わりを元に戻した後、大魔女に呪いを解くよう必死になって頼めば母親なのだからそうしてくれるだろうと安易に考えている。

 ヨシュアが円の中に入ると魔法陣が現れ光の柱が立ち二人は人間世界へと移動して行った。


「さあエメリアさん、彼らが帰ってくるまでちょっとこの世界を見てみない? 案内するわよ」
「いいんですか」
「もちろん」

 大魔女が直々に案内してくれるなんて、なんてついているんだろう。
 この世界の植物や動物、食べ物などにもとても興味がある。

 ここに着いたときはまだ薄暗くて街の様子はあまりわからなかったが今は既に昼近くで明るく街も活動を始めていた。
 人々は普通に歩いたり走ったりしているが中には飛んで移動している人もいる。
 大魔女によるとこの世界でもそんなにしょっちゅう魔法を使って生活することはないと言う。

 城から出て驚いたのはこの世界の空が薄紫色ということだ。だからといって暗さは全くなく青空と同じように明るく感じる。
 公園の噴水から出ている水も薄っすら紫がかっている。
 でも味は完全に水と同じだ。なにより街中だと言うのに森林の中にいるように空気がとても澄んでいる。

 噴水の近くには猫ぐらいの大きさの丸くて白いふわふわな毛の動物がボーっとしている。
 人間世界では見たこともない動物だが、あれはパルマという動物で犬や猫と同じく飼っている人もたくさんいるという。
 エメリアは走り寄って頭をナデナデすると、嬉しいのか喉をキュルキュル言わせた。
 可愛くて人間世界に連れて帰りたいぐらいだが、大魔女がすかさず人間世界には適応できないだろうと言った。
 やはり動物はその生まれ育った場所や環境が一番適応して幸せなのだ。

 エメリアと大魔女は街のカフェに入った。

「お勧めの飲み物があるんだけど試してみる?」
「是非!」

 そうして出てきたのは黒っぽいこげ茶色の飲み物だった。
 薬草も煎じればこれくらい濃くなるものもあるが、これはとても香りがいい。
 一口飲んでみた。
 とっても苦いがそれほど苦手ではない。薬草茶で慣れているからだろうか。
 だがもう少し甘い方が美味しいだろう。

「あら、初めてなのに大丈夫そうね。そういえばベニアは甘いのが苦手でそのまま飲んでいたから体が慣れているのかもしれないわね。ミルクとお砂糖を入れても美味しいわよ」

 大魔女は角砂糖二個とミルクを少しその中に入れてかき回した。

「はい、どうぞ」
「美味しい! お砂糖とミルクでこんなに美味しくなるなんて!」
「何も入れないで飲む人も多いのよ。私はミルクとお砂糖なんて甘すぎて無理」

 エメリアは初めて飲むその苦味と甘味の混じった美味しさに感動した。
 紅茶やハーブティーもいいけどこれも大人から子どもまで日常的に飲みたくなる中毒性のある美味しい飲み物だと思った。

「これはコーヒーって言うの。あなたの世界でも多分南の大陸に行けばあると思う」
「コーヒーなんて知りませんでした。我が国は南の大陸の国とは交流が全く無いんです。北の大陸からはたまに商人が来るんですけど」
「そう。それならそこに商機があるわね」
「あ!」


 エルシーは伯爵と結婚するにあたり普通の人間にしてほしいと大魔女に頼んだ。
 そしてあまり裕福でない伯爵のために南の大陸からこのコーヒー豆の輸入を行っ
たり、できれば土地を購入して自ら栽培をしてグランシェール国内でそれを流通させればいいと考えていたのを大魔女は知っていた。

 ここでエメリアにエルシーが伯爵とやりたかったことを伝えれば叶えられるだろうか。
 大魔女にそんな希望が湧いてくる。
 それにベニアに二代にわたって陥れられたリトランド伯爵親子に申し訳ない気持ちもあった。

「リトランド伯爵に伝えて。エルシーはあなたとコーヒー豆の栽培と輸入をやりたかったってね。彼はもしかしたら聞いていたかもしれないけど……でも今それをやっていないってことは聞いていなかったのかしら。それとも……」

 エメリアは思った。知っていたら余計に父はそんな ”いいとこどり” のような真似はしないだろうと。


 コーヒーと一緒にこれまた珍しい茶色いケーキ――チョコレートケーキというらしい――を食べた。
 これも目が覚めるくらいに美味しくて、アンドレにも食べさせたかったなと思いながら街中を歩いていると各家庭の窓際や玄関先に置いてある植木鉢に虹色の花が咲いているのが見えた。

「も、もしかして虹色の花ってこの世界の花なんですか?」
「そうよ」
「……こんなに普通の花みたいに咲いているんですね」

 エメリアは青い瞳をまん丸く見開いて感動している。

「え? ああ、人間の世界では半年に一度、たった一日しか咲かないものね。この世界ではどこにでも自生していて全然珍しいものではないからどの家庭でもそだてているわ。魔法で傷は治すことができるんだけど病気は治せないからその花で治すの。でも体温を上げることで治せる時は魔法で体温を上げて治しちゃうんだけどね。そういえばエルシーから魔力を取った後、虹色の花の球根を何球かそっちの世界に持って行ってたわねぇ。あの子もしっかりしていたのね……」
「エルシーさんが?」

 エメリアの胸に熱いものが込み上げてきた。
 ベニアが育てていたと思っていた虹色の花はエルシーが持ってきたものだったのだ。
 きっとエルシーは喜んでいるだろう。
 リトランド伯爵はそれで熱病から助かったのだから。




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