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26 誘拐
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黒いローブを羽織りフードを深く被った二人の女が夜の下町を歩いている。
夏の暑い夜にそのような格好はとりわけ目立つが貴族のお忍びでは往々にしてよくある格好なので人々は気に留めることもない。
角を曲がるとベリローズ通りに入る。一人はその通りにあるグロス酒場に入って行き、もう一人は酒場の入口の外で待っている。
中は飲んだくれの男で賑わい、愛想の良い女性の店員が忙しくお酒や酒のつまみを運んでいる。
見回すと奥のカウンターにがたいのいい強そうな男が一人立っている。
この店の店長か何かのようだと思い、女は話しかけた。
「仕事を依頼したいんだけど」
「ああ、どんなご依頼で?」
「ここではちょっと言えないわ」
「……言えないような仕事はうちではやらないよ、お嬢さん」
そう言われると、宝石のついたネックレスや指輪のたくさん入った袋をそっとカウンターに突き出した。
男は中身を確認するとちょっと待っててくれと言って奥まで入って行き、暫くして出てくると中に入るように言った。
カウンターの裏には地下に続く階段があり女はそこを下りた先の部屋に案内された。
扉を開けると大きな机に三十歳位の痩せて学者の様な見た目の男が座っている。
座るように促され、目の前の大きなソファに腰を下ろした。
「それで、どのようなご依頼でしょうか」
ただ見た目とは裏腹に今まで汚い仕事をたくさん請け負ってきたという濁りがその瞳に現れていた。
**********
「ノア! こっちこっち」
「キャンキャン」
ノアは始めて見る湖に興奮して畔を走り回り、途中ちらほらといる薬草摘みの人たちに近寄っては愛想を振りまいて可愛がってもらっている。
人懐っこいノアは人気者だ。
ノアのお陰でエメリアは彼らと犬の話をするまでになり顔見知りもできたし、ともすれば引きこもりがちになっていた毎日で、ノアとお散歩に出るようになって生活にリズムが出た。
リリーは畔から少し離れた大きな木の下にシートを敷いて、美味しそうなサンドイッチとフルーツジュース、紅茶を用意している。
暫く走り回ってからノアはエメリアと一緒にそこに戻ってきた。
「キャンキャン」
「リリー、ありがとう」
「さあ、お昼にいたしましょう」
湖はキラキラと陽光を反射し、心地よい風は枝葉を揺らしてメロディーを奏でる。
そして紅茶の良い香りと美味しい昼食。
隣にはエメリアの大好きなリリーとぬいぐるみの様なもふもふの黒毛の可愛い子犬。
五感を満たすこの感覚をエメリアの体にも感じさせたいとエメリアは心から思った。
そんな中、シートの傍らで鶏肉の挟まれたサンドイッチとミルクを飲んでいたノアがお皿から顔を上げ茂みの方を見て唸り声を上げた。
「ウー」
普段は唸り声を上げないためエメリアもリリーもびっくりだ。
野生の動物でもいてそれに反応しているのだろうか。
「ウサギかたぬきでもいるのかしら」
「どうでしょう。それだったら走って追い立てそうな気もしますが」
「そうね」
薬草摘みの人は基本的に茂みの方には行かない。
「ウー、ギャンギャン!」
ノアがその方向に走って行こうとしたのでエメリアはあわてて抱きかかえ止めた。
まだ子犬だし、もし危険な動物や人間だったら大変だ。
エメリアとリリーは昼食もちょうど終わりに差し掛かっていたので早々に家に戻ることにした。
「それではお嬢様、明日もまた来ますね。戸締りはちゃんとなさってくださいよ」
「わかってるわ、心配性ね。いつもありがとう。リリーこそ気を付けて帰ってね」
夕刻、リリーは邸へと帰って行った。
急に静かになった室内は疲れて休んでいる子犬とエメリアの二人だけだ。
今夜はアンドレが来て一緒に過ごしてくれるため、エメリアはテーブルにリリーが用意してくれた料理を並べて待っている。
ベニアがエメリアだと分かって以降、アンドレは頻繁に魔女の家に泊まりに来るようになった。
ベッドの横の床に敷いて寝るアンドレ用の寝具も既に用意してある。
エメリアはそんなに頻繁に来なくても大丈夫だと言うが、こんな森の中の一軒家に一人でいなければならないなんてアンドレは心配でならないのだ。
いくらノアがいるからといってまだ子犬だし番犬としては心もとない。
アンドレはここに泊まる時は執事に侯爵家に仕事で泊まると言ってある。
ただ、あまり邸の女主人を蔑にしては使用人たちの態度にも影響する。
エメリアが戻った時に嫌な思いをさせたくないので使用人たちの前ではとりわけ優しい態度を取って、邸にもたまには泊まるように心がけている。
一緒にベッドを共にすることはないが。
全てはエメリアの為だ。
陽もすっかり沈み、真っ暗な森の中からはフクロウの鳴き声が聞こえる。
エメリアはアンドレが来るのを遅いなぁと思いながらベッドの上でノアを抱っこしている。
すると、ノアの耳が急にピクッとなって、玄関の方を見て昼間と同じくウーッと唸った。
ノアは知っている人が来るときは唸らない。
頭がいい子なので一度会って友好的に接するともうノアの中では仲間になる。
誰か知らない人が来たのだろうか。
ドキドキしながら警戒するも何も音は聞こえず、エメリアは玄関の方まで抜き足差し足で歩いて行く。
後ろからはノアが小さくウーッと言いながら付いてきている。
ランプを灯している玄関横の窓から外を窺うも誰もいないし人の気配も感じられない。
きっと家の前ではなくて少し離れた所を誰かが通ってそれで唸ったのだろうと思い再びベッドへ戻ろうとした所、テーブルの所のもう一つの窓のカーテンが風で揺れた。
(あれ、窓を閉め忘れていたかしら)
エメリアは窓際へ立ち、閉めるついでに窓から少し顔を出して外を見回した。
すると窓の下の方からにょきっと大きく無骨な手が伸びてきてエメリアの首の後ろを抑え込んだ。
「ひっ!」
ガタガタ! ガシャーン!
「ギャンギャン! ギャンギャン!」
「うわっ!」
バン!
「キャイン!」
エメリアはハンカチで口を塞がれ窓から外へと連れ出されてしまった。
必死にもがくも段々と意識が薄れ、ノアの泣き声も小さくなっていった。
夏の暑い夜にそのような格好はとりわけ目立つが貴族のお忍びでは往々にしてよくある格好なので人々は気に留めることもない。
角を曲がるとベリローズ通りに入る。一人はその通りにあるグロス酒場に入って行き、もう一人は酒場の入口の外で待っている。
中は飲んだくれの男で賑わい、愛想の良い女性の店員が忙しくお酒や酒のつまみを運んでいる。
見回すと奥のカウンターにがたいのいい強そうな男が一人立っている。
この店の店長か何かのようだと思い、女は話しかけた。
「仕事を依頼したいんだけど」
「ああ、どんなご依頼で?」
「ここではちょっと言えないわ」
「……言えないような仕事はうちではやらないよ、お嬢さん」
そう言われると、宝石のついたネックレスや指輪のたくさん入った袋をそっとカウンターに突き出した。
男は中身を確認するとちょっと待っててくれと言って奥まで入って行き、暫くして出てくると中に入るように言った。
カウンターの裏には地下に続く階段があり女はそこを下りた先の部屋に案内された。
扉を開けると大きな机に三十歳位の痩せて学者の様な見た目の男が座っている。
座るように促され、目の前の大きなソファに腰を下ろした。
「それで、どのようなご依頼でしょうか」
ただ見た目とは裏腹に今まで汚い仕事をたくさん請け負ってきたという濁りがその瞳に現れていた。
**********
「ノア! こっちこっち」
「キャンキャン」
ノアは始めて見る湖に興奮して畔を走り回り、途中ちらほらといる薬草摘みの人たちに近寄っては愛想を振りまいて可愛がってもらっている。
人懐っこいノアは人気者だ。
ノアのお陰でエメリアは彼らと犬の話をするまでになり顔見知りもできたし、ともすれば引きこもりがちになっていた毎日で、ノアとお散歩に出るようになって生活にリズムが出た。
リリーは畔から少し離れた大きな木の下にシートを敷いて、美味しそうなサンドイッチとフルーツジュース、紅茶を用意している。
暫く走り回ってからノアはエメリアと一緒にそこに戻ってきた。
「キャンキャン」
「リリー、ありがとう」
「さあ、お昼にいたしましょう」
湖はキラキラと陽光を反射し、心地よい風は枝葉を揺らしてメロディーを奏でる。
そして紅茶の良い香りと美味しい昼食。
隣にはエメリアの大好きなリリーとぬいぐるみの様なもふもふの黒毛の可愛い子犬。
五感を満たすこの感覚をエメリアの体にも感じさせたいとエメリアは心から思った。
そんな中、シートの傍らで鶏肉の挟まれたサンドイッチとミルクを飲んでいたノアがお皿から顔を上げ茂みの方を見て唸り声を上げた。
「ウー」
普段は唸り声を上げないためエメリアもリリーもびっくりだ。
野生の動物でもいてそれに反応しているのだろうか。
「ウサギかたぬきでもいるのかしら」
「どうでしょう。それだったら走って追い立てそうな気もしますが」
「そうね」
薬草摘みの人は基本的に茂みの方には行かない。
「ウー、ギャンギャン!」
ノアがその方向に走って行こうとしたのでエメリアはあわてて抱きかかえ止めた。
まだ子犬だし、もし危険な動物や人間だったら大変だ。
エメリアとリリーは昼食もちょうど終わりに差し掛かっていたので早々に家に戻ることにした。
「それではお嬢様、明日もまた来ますね。戸締りはちゃんとなさってくださいよ」
「わかってるわ、心配性ね。いつもありがとう。リリーこそ気を付けて帰ってね」
夕刻、リリーは邸へと帰って行った。
急に静かになった室内は疲れて休んでいる子犬とエメリアの二人だけだ。
今夜はアンドレが来て一緒に過ごしてくれるため、エメリアはテーブルにリリーが用意してくれた料理を並べて待っている。
ベニアがエメリアだと分かって以降、アンドレは頻繁に魔女の家に泊まりに来るようになった。
ベッドの横の床に敷いて寝るアンドレ用の寝具も既に用意してある。
エメリアはそんなに頻繁に来なくても大丈夫だと言うが、こんな森の中の一軒家に一人でいなければならないなんてアンドレは心配でならないのだ。
いくらノアがいるからといってまだ子犬だし番犬としては心もとない。
アンドレはここに泊まる時は執事に侯爵家に仕事で泊まると言ってある。
ただ、あまり邸の女主人を蔑にしては使用人たちの態度にも影響する。
エメリアが戻った時に嫌な思いをさせたくないので使用人たちの前ではとりわけ優しい態度を取って、邸にもたまには泊まるように心がけている。
一緒にベッドを共にすることはないが。
全てはエメリアの為だ。
陽もすっかり沈み、真っ暗な森の中からはフクロウの鳴き声が聞こえる。
エメリアはアンドレが来るのを遅いなぁと思いながらベッドの上でノアを抱っこしている。
すると、ノアの耳が急にピクッとなって、玄関の方を見て昼間と同じくウーッと唸った。
ノアは知っている人が来るときは唸らない。
頭がいい子なので一度会って友好的に接するともうノアの中では仲間になる。
誰か知らない人が来たのだろうか。
ドキドキしながら警戒するも何も音は聞こえず、エメリアは玄関の方まで抜き足差し足で歩いて行く。
後ろからはノアが小さくウーッと言いながら付いてきている。
ランプを灯している玄関横の窓から外を窺うも誰もいないし人の気配も感じられない。
きっと家の前ではなくて少し離れた所を誰かが通ってそれで唸ったのだろうと思い再びベッドへ戻ろうとした所、テーブルの所のもう一つの窓のカーテンが風で揺れた。
(あれ、窓を閉め忘れていたかしら)
エメリアは窓際へ立ち、閉めるついでに窓から少し顔を出して外を見回した。
すると窓の下の方からにょきっと大きく無骨な手が伸びてきてエメリアの首の後ろを抑え込んだ。
「ひっ!」
ガタガタ! ガシャーン!
「ギャンギャン! ギャンギャン!」
「うわっ!」
バン!
「キャイン!」
エメリアはハンカチで口を塞がれ窓から外へと連れ出されてしまった。
必死にもがくも段々と意識が薄れ、ノアの泣き声も小さくなっていった。
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