一年後に死ぬ呪いがかかった魔女

今井杏美

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(なんで泣くんだ。魔女とばれたのが悔しいからか?)

「本当に、別に泣かすつもりはなくて。悪かった。あの、もう帰ります。伯爵の事も気になるから」
「あ……ぐ、具合は、どうですか」
「すっかり良くなりました。休ませてくれてありがとうございます」

(よかった。でもやっぱりここから早く帰りたいのね。そうよね。私はベニアでここは魔女の家だもの)

 アンドレが椅子から立ち上がると、エメリアは頭ではわかっているが心が追い付かずまだ縋り付いてしまう。

「ま、待って! あの、もう結婚されたんですよね。今幸せですか?」

(やだ、私ったら何を聞いてるの。そんなの決まっているじゃない)

「……ああ幸せだ」

 エメリアは頭を金づちで殴られたような衝撃とショックで目の前が真っ暗になった。

(馬鹿!! 聞かなければよかった。私は馬鹿だ……)

 
 実際幸せだと言われるとこんなにもショックを受けてしまうとは。
 自分は偽善者なのだ。
 なんて返ってくるのを期待していたのだろう。
 以前のエメリアと違うから幸せじゃないって?
 みんなを悲しませないために自分がエメリアだと言わないって決めたんじゃなかったのか。

 エメリアは激しく葛藤する。

(……それでいいの?)

 本当の気落ちに素直になることがこんなにも苦しくて罪悪感にさいなまれるなんて。

(ああ……違う。それでも私は……)

 本当は自分が本物だと叫びたい。
 例えすぐに死んでしまって悲しませてしまうと分かっていても!


 こぼれた紅茶を拭き取った布巾をぎゅっと握りしめるとそこから汁がボトボトしたたり落ちる。
 エメリアは早くなった鼓動を落ち着かせようと小さく深呼吸を繰り返すが鼓動は早くなるばかりでもう限界だ。

「……じゃない」
「?」
「私は、私は魔女じゃない……」
「え?」
「魔法なんか使えないわ」
「……」
「立派なケーキを魔法で出す事なんかできないって言ってるのよ!」

 もうやけくそだ。
 自分でもおかしなことを言っているとわかっている。
 まるでヒステリーな女みたいだ。
 こんなに感情的になったらそれこそアンドレが逃げ出してしまう。
 でも溢れ出してしまった激情は止めることができない。

「名前なんか何年も前から知ってるわよ。魔法で知ったんじゃないわ」

(なんだ? 魔女じゃない? そんなはずはない。伯爵の話が嘘であるわけがない。だが以前のベニアとあまりにも様子が違うのは確かで。いや、何を考えているんだ私は。名前も魔法で知ったんじゃなければエメリアか? 私の知らない所であれから一人でベニアと会ったとか? でも何年も前から知っている? どういうことだ。私とベニアはあの日が確かに初対面だ)

 考えれば考える程混乱する。確かめなければいけない。
 アンドレは決して見過ごしたらいけない、見過ごしたら後悔すると心の奥底でもう一人の自分がそう言っているように感じている。

「怪我だって普通に薬草で止血するし殺菌するのよ。リリーに教えてもらったんだから」
「!?」

 エメリアは言いながら自分は卑怯だと思った。
 自分から名乗らないで相手が気付くのを待つなんて。
 でも気付いて欲しい。
 それはベニアといて幸せと感じているアンドレへの挑戦でもあった。


 その時エメリアには分からなかったがアンドレの瞳が微かに揺れた。

(リリーに? 何言ってんだ。まるでエメリアみたいじゃないか! 口調も……)

 アンドレは目の前の女性を見極めようとベニアの言葉に注意深く耳を傾け、帰るのも忘れている。
 この混乱が解決した先にあるものを掴みたい。掴まなければいけない。

「ただ……ここで暮らして初めて虹色の花を手に入れることができた。それだけは感謝してる。そのお蔭でお父様は……」
「お父様?」

 アンドレの脳みそをぼんやりと覆っている霧がどんどん晴れてくる。
 霧が晴れたその先に全ての答えがある。
 追い求めようとしても途中でやめていたその答えが。

 結婚式での伯爵との話がアンドレの脳裏を駆け巡った。
 ベニアが伯爵の恋人に魔法で変身して二人の仲を引き裂いた話、今度はエメリアとアンドレを引き裂こうとしたのではないかと伯爵が心配したこと。

 もうすぐだ。
 もうすぐ答えを掴むことができる。

 
「まだ気づかないの?」

 エメリアは大粒の涙を流しながらアンドレの顔をまっすぐに見て言った。

 アンドレは目を瞠った。そこにありありとエメリアの面影が見える。
 全く似ていないのにその言葉が、話し方が、行動が、風情がエメリアを髣髴とさせる。

『……それなら再び同じような事をする可能性はありますね』

(! 自分でもそう思ったじゃないか!)


 そして見知らぬ人の為に薬草を分けてあげたり虹色の花をあげたりする女性、そんなことをする女性は……。

「そんなに今のエメリアに満足してるの? だったら最初から私の事なんて好きじゃなかったのよ! あなたはただ私の外見が好きだっただけだわ!」
「!」

 アンドレはベニアの方へゆっくりと歩いて行って腕を掴んだ。

「君は……」
「うっ、うっ、もういい……。諦めるのはこれで二回目だわ。結局諦めろっていうお告げなのかも」

(ああ、今までの私はなんと愚かだったのか)

「一度は婚約破棄しようと思ったことだってあるもの。ベニアと仲よく暮らせばいいのよ……」

 エメリアが掴まれた腕を振り払いながらそう言うと突然アンドレに抱きしめられた。


 やっと答えにたどり着いた。
 この女性こそ間違いなくエメリアなのだ。
 アンドレはベニアの細くて折れそうな体を強く抱きしめた。

「エメリア!」
「ア、アンドレ?」
「エメリア、エメリアなんだろう!?」
「ア……」

 エメリアの張りつめいていた心が弾け、アンドレに強く抱き着いて堰を切ったように大声で泣いた。

「わーーーー!」


 アンドレの温かい胸はエメリアの意地も覚悟も溶かしていく。


 窓の外はまだまだ明るい。
 薬草摘みをしている人たちはどこからか女性の泣き声が聞こえてくると話している。
 魔女の泣き声じゃないかと冗談を言う人もいた。


 

 
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