一年後に死ぬ呪いがかかった魔女

今井杏美

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 五月になって温かく快適な気候になると街は活気づき社交シーズンが始まる。
 特に六月の夏至の日の王室主催の舞踏会に向けブティックや宝石店はバタバタと忙しい。

 現在アンドレの邸には舞踏会用のドレスを作成するため首都の人気デザイナーが赴いている。

 デザイナーはスタイルがよく美しいエメリアにドレスを作成できるなど光栄だと褒め称え、ベニアもすっかりその気になって機嫌が良い。

 そしてここにはもう一人、結婚式のガーデンパーティーでエメリアと知り合いになったマリナ嬢がいた。
 彼女はエメリアの美しさに憧れ是非お友達になりたいと言って、それ以来たくさんの手土産と共に頻繁にこの邸に遊びに来るようになった。

 実はこの舞踏会には最初は出席する意思はなく、もう少し貴族のマナーを学んでから冬の舞踏会に出ればいいと考えていた。
 王族に会えるかもしれない場所で失敗したくはない。

 しかしマリナが絶対参加するべきだ、王族も絶対にエメリアの美しさを褒め称え一躍社交界で脚光を浴びる存在になるに違いないなどと囃し立てたため、ベニアはその気になってしまい出席すると返事を出してしまったのだ。

 この国では満十七歳から大人とみなされ、舞踏会は十七歳以上でなければ出席できないと法律で決まっている。
 出席を勧めたマリナ本人は十六歳で出席できないため、羨ましそうにしている。

 マリナを余所に、デザイナーがエメリアの肌に合う色見本を手に持って、色の白さを際立たせるなら青系統の色、華やかさを強調したいなら青みがかったピンク系などもいいと、鏡に映るエメリアを見ながら色々とアドバイスしている。

「どのようなスタイルのドレスになさるかはお決めになっているのでしょうか」
「いいえ、まだなの。よくわからなくて。でもボリュームのあるスカートはあまり好きではないわ」
「でしたらちょうど今年の流行はボリュームを抑えたドレスになっておりますので奥様のお気に召すデザインがこの中にあるかもしれません」

 そう言って分厚いデザイン画を取り出した。
 マリナ嬢は横からそれを覗いて喜々としてあーでもないこーでもないと口を出し まるで自分のドレスを選ぶような熱の入れようだ。
 大人しそうな顔をして、結構図々しいマリナがベニアはちょっと苦手だ。


 一方、侯爵邸に通い仕事をしているアンドレは休憩中、結婚してからのエメリアが結婚前とは大分違うことに違和感を覚えなんともいえない気持ちになっていた。

(どんなエメリアでも愛しているがまるで別人なんだよなぁ)

 友達と一緒にいるよりは魔女の森で薬草を摘んだり知識を深めたり、そういうことの方が好きだったはずが、今ではすっかり普通の令嬢のようにドレスや宝石に興味を持って薬草の事などどこ吹く風だ。
 魔女の森に行かなくなったのでアンドレとしては安心すべきことだがやはりもやもやする。
 それにもう一つの大きな違和感は、彼女との夫婦生活だ。
 エメリアは確かに処女だった。
 だが彼女の振る舞いがどうしても慣れた女性のようにしか思えず、男の自分でさえびっくりしてしまうこともある。

 エメリアは一度は自分との婚約破棄を考えたほどだ。
 多少自信を失っているアンドレの思考はどんどん悪い方へと向かって行く。

(ガーデンパーティーでの社交性……)

(もしかして……)

(……)

 アンドレはブルンブルンと頭を大きく横に振って考えを打ち消した。

 息抜きをするとすぐに変わってしまったエメリアの事を考えてしまい、幸せな気持ちになるどころかかえって心が休まらない。

「どうした、浮かない顔して」
「別になんでもありません」
「さっきからため息ばかりついているぞ。夫婦喧嘩でもしたのか」
「してません」
「ならいいが。そうだ、今度領地視察に行こうと思うが気分転換に私の代わりに行ってみるか」
「いいのですか」
「リトランド領と接しているなんの問題もない所だ。今回は次期領主として顔を見せてこい」
「はい、わかりました」


**********

 魔女の家でエメリアは虹色の花を十日以上天日干しにして乾燥したものをハサミで細かく刻んでいた。

 虹色の花はドライフラワーにしても輝きだけは失われず、飾っておくだけでも美しいがやはり万能薬として使う方がいい。
 刻んだその細かい輝きは小さな宝石の粒のようだ。

 エメリアは入れ替わった最初の頃は絶望してただ悲観する毎日を送っていたが、そんな毎日にも飽きてきて、ただ死ぬ日を待つだけではなくなんとか役に立つことをしてから死のうと考えるようになった。
 そして春分の日からちょうど三週間後に三本の虹色の花が花壇に咲いているのを見つけた。
 最初は咲く時期が違うためまさかそうだとは思わなかったが、どう見ても花弁は虹色に輝いている。
 だから自分たちが今まで信じていた方が間違いだったんだと思い至った。
 見つからないはずである。

 万能薬は三本分しか作ることはできないが、半年後も咲くだろうから少しずつ作っていけばいい。
 後はリリーになんとかして渡すだけだがそれをどうやって伝えるかをエメリアは考えていた。

 砕き終わってベッドに横になると大きく伸びをした。

「んーーーふぅ、疲れた」

 体がすぐ根を上げるのは圧倒的に食べる量が少ないからだ。

(なんだか来年になる前に死にそうだわ)

 エメリアは自虐的になることで平静を装っている。

 死ぬまでの時間を精一杯悔いなく過ごそうとしたくても体力が追い付かない。
 
 体力が無くなると気力も無くなり思考が段々ネガティブになってくる。
 そんな状態の時にこうなった経緯とアンドレ、父、リリー宛に一通ずつ手紙を書いて引き出しにしまってある。
 内容はネガティブ思考の時に書いただけあってなかなか暗く女々しいが何回か書き直してなんとか普通の手紙に近づけたつもりだ。
 エメリアは死んだ後でもいいからいつかここにいた自分が本当のエメリアなのだと分かればいいと思っている。


 今日は昼にジャガイモとにんじんを茹でたものとヨモギやつくし、カラスノエンドウなどの野草と畑のえんどう豆、ビワを食べた。
 それぞれが少量ずつなのでお腹いっぱいにはならない。
 森に出るとキイチゴやビワ、杏が生っているが量としては微々たるものだ。
 既に虫や鳥に食われていたりする。

 幸い火の起こし方はリリーに教えてもらっていた。
 正直貴族令嬢には必要ないことでも教えてくれたのは、エメリアはそういうことに興味がある子どもだとリリーが思ったからだ。
 リリーは軍人だった父親から授かった知識をエメリアに受け継がせようと、子どもの頃から機会があるごとに教えていた。
 それがこんな風に役立つとは。いや、でもこんな所で役立ってもリリーは決して嬉しくはないだろう。

 火の起こし方だが、教えてもらったのは火きり板と火きり棒の間に摩擦熱を起こす方法だ。火きり板などは自然にあるものをナイフで加工して作ることができる。
 しかし入れ替わった日に暖炉が焚かれていたのでわざわざ火起こしする必要なくとても助かった。
 現在その火を絶やさないようにして料理やお風呂に使用しているが、最近は気温も高くなってきたので暖炉はそろそろおしまいだ。

(ベニアは魔女だから料理なんてしなくても良かったのかしら。でも一応食材は保存してあるし、なんでもかんでも魔法でってことでもなかったのかも)

 エメリアは重い腰を上げてジャガイモの皮を剥きはじめた。




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