一年後に死ぬ呪いがかかった魔女

今井杏美

文字の大きさ
上 下
13 / 35

13

しおりを挟む
 少し考えて、卯乃は猫の姿のまま目を閉じた深森に呼びかけた。

「ねぇ。やっぱり人型でいてもらってもいいですか?」

 不思議と敬語になってしまった。深森がぱっちりと目を開ける。暗がりでも卯乃のことがよく見えているのか、瞳孔が真ん丸になっていて、じいっと見てくる視線が分かる。

「なあん?」
「なんでだ?」と聞こえるような声で深森が鳴いた。
「だってまたゴキブリ出たら……。絶対無理。眠れない」

 口をついて出たのはちょっとだけ本心とはずれた言葉だった。
 深森猫はたしっと爪を隠した手の先で卯乃の頬を触ってきた。たしたしたし……。
 いつしかその手が大きな掌になって卯乃の小さな顔に沿うように優しく撫ぜていた。

「卯乃は怖がりだな」

 困ったやつだ、というような僅かに憂いの滲む声色だ。
 人型で男二人で横たわったら、いかにも布団が窮屈になった。深森は卯乃と向かい合わせに片腕で自分の頭に腕枕し、もう一方は卯乃の背に回して柔らかくさする。

「俺が守ってやるから、寝ていいぞ」

 その手つきが優しくてとろとろと眠くなる。無意識に寝返りを打ったら、今度は背中から腕の中に引き寄せられた。卯乃と同じグレープフルーツのボディーソープが香るのが爽やかで心地よい。

「卯乃、いい匂い……」

 すんっと項の辺りを嗅がれ、掠れた声が吐息と共に悩ましく首筋に落ちてくる。
 腰には大好きなふっさふさの尻尾を巻き付けられ、ぐっと身体を押し当てられた時、硬いものが当たる感覚を得た。同じ男としてすぐにその欲に想像がつきドキッとしてしまった。
 これからの展開を少し期待しつつも、密着してみたら逞しい男の身体が少し怖くもあって、卯乃はこの期に及んで怯んだ。

(もしも深森が本気を出して来たら多分オレは逃げらんない)

「ごめん。獣型で一晩寝てもらう予定だったから、布団一組しか持ってきてなくて。狭いよね。これじゃ疲れ取れないよね? もう一組取りに行こうかな……。あっ!」

 卯乃は「いいこと思いついた!」と腕を振り払うようにがばっと布団から飛び起きた。

「深森の代わりに今度はオレがウサギになればいいんだ。そしたら布団狭くないし」
「は?」
「よし、そうしよう。耳、引っかかるから脱いじゃえ」

 完全に天然のボケとうっかりが焦りで極まった卯乃は朗らかな声を上げて、タンクトップを脱ぎ捨てると、今度は下履きに手をかけ思い切りよくぐいっとおろした。足に引っかかったそれを子どもがズボンを脱ぐときのようにもぞもぞっと両足を動かし、下着ごと脱ぎ捨てる。

「オレ、ウサギの時かなりちっちゃくなるから寝返りでつぶさ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...