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 魔法が使えるようになってからエメリアの生活は一変した。
 料理は暇つぶしに手作りするときを除いて自分で作ることは滅多になくなった。
 
 ただ、空腹を感じることなくお腹いっぱい食べられているので以前より太ってもいいはずだがなぜか少し痩せたような気がしている。


 虹色の花は思った通り秋分の日から三週間後に三本咲いたので、エメリアは今、乾燥させたものを細かく刻んでいる所だ。
 
(私が使うことはなさそうだけど、いざという時の為にちゃんと用意しておかなくちゃね)

 万能薬は春のと合わせて五本分作れることになる。

 作業の途中で喉が渇いたので魔法で水を出そうとしたとき家の中の窓枠にあのピンク模様のアゲハチョウが止まっているのを見つけた。
 いつの間に入ったのか知らないが、外に出たいのだろうと思って窓を開けてあげることにした。
 
 するとアゲハチョウはひらひらと湖の方へ飛んで行った。
 窓を閉めていた時は気付かなかったが、その方角からガヤガヤと大勢の人の声が聞こえる。
 薬師たちの薬草摘みの時期はとっくに過ぎているためエメリアは何かあったんだろうかと水を飲むのも忘れて湖へ向かった。
 そして彼らに見つからないように茂みに隠れると彼らの会話が聞こえてきた。


「見つかれば金にはなるがな」
「でも言い伝え通りなら探す意味ないぞ」
「ま、奇跡を信じて……」
「探しましたっていう体裁だけ整えりゃいいんだよ」
「それにしても数年ぶりにまたあの熱病が流行るとは困ったもんだ」
「これまでは夏に流行っていたんだろう? 今回は違うんだな」
「うちの領主も熱病かどうかは知らんが寝込んでいるらしいぞ。出入りの業者から聞いたところだと医者も既に二人匙を投げたらしい」
「確か領主様の一人娘はご結婚なさったはず。万が一になったら伯爵家はどうなるんだ?」
「さあな。俺らが考えても仕方がない。おーい、どうだ、そっちは見つかったか?」

 男は離れて薬草を探している男に叫ぶとその男は両手で大きくバツを作って見つかっていないと答えた。

「チッ。見つかるわけないか」
「どうだ、魔女の家の方も探してみるか」
「うーん……」

 この男たちは虹色に咲く花を探しに来たのだ。
 言い伝えの日は過ぎているが万が一の可能性にかけて。

 男たちが魔女の家の方に来るかもしれないと思ったエメリアは走って家に戻った。

(別に逃げる必要なんかないんだけど……)

 自分の行動が可笑しくてフッと笑いが漏れてしまう。

(それよりお父様が熱病に罹ったかもしれないなんて。虹色の花があってよかったわ! なんとかして渡さなければ。リリー! リリーに渡せれば!)

 その日から毎日森の入り口近くでリリーが森に入ってくるのを待つことにした。
 もしかしたら伯爵の為に薬草を探しに来るかもしれないという一縷の望みにかけて。

 
 四日が過ぎ、やっとリリーが森に入ってきた。
 エメリアは神に感謝しながら思い切って声をかけた。

「あ、あの!」
「? なんでしょう」
「伯爵様が御病気だと伺いました。それで、これは私が秋分の日に見つけて摘んだ虹色の花を乾燥させたものなんです。どうかこれで伯爵様の御病気を治してください」

 そう言ってエメリアは麻の袋を渡した。 
 リリーはびっくりして胡散臭そうな顔をしたが、自分の方が死にそうな見た目をしているこの女が嘘を言っているとも思えなかった。
 もう熱病に罹ってから六日目だし藁をもすがる思いで受け取り袋の中を見ると、細かく刻まれた花びらのようなものが宝石のようにきらきら光っている。
 リリーは一か八かに賭けることにした。
 このまま何もしなければ死んでしまうのだから。

 エメリアは久しぶりに会うリリーに本当は自分がエメリアだと言いたくて仕方が無かった。
 でも今それを言うと虹色の花の事も嘘だと思われてしまうと思って言えなかった。
 秋分の日に摘んだと嘘を吐いたのもその方が信じてもらえると思ったからだ。

 森にはもう冬の足音が聞こえてきている。
 虹色の花で伯爵の病は治るだろうから、この先リリーは暫くは魔女の森に入ってこないだろう。
 リリーが伯爵家へ戻って行くのを見とどけた後、エメリアは魔女の家へと一人とぼとぼと帰って行った。


**********

 ベニアは体調が思わしくなくベッドの上で休んでいる。

 伯爵が熱病に罹りもう危ないということはアンドレから聞いている。
 これは中年の男性だけが罹るという不思議な病気で、未だに薬も治療法も見つかっておらず高熱が一週間続いたあと死んでしまう恐ろしい難病だ。

 エメリアであれば絶対にお見舞いに行くところだ。
 しかしベニアの方も本当に調子が悪く、仮病でお見舞いに行けないわけではない。

(アンドレは私がお見舞いに行けなくて残念がってるって思っているけど)

 あながちそれは間違っていない。
 ベニアはリトランド伯爵を愛していたのだから最後に一目だけでも会いたいとは思っている。
 本当は虹色の花を飲ませたい。きっとエメリアなら摘んでいるだろう。

 だがアンドレとエメリアが会ってしまうかもしれない危険を冒すわけにはいかなかった。


「奥様、消化に良いスープをお持ちしました。少しでもお召し上がりください」
「ありがとう」

 メイドが食欲のないエメリアの為にシェフが特別に作ったスープを持ってきた。
 しかしスプーンを口に運ぶと吐き気をもよおし食べることができない。

 ベニアは妊娠三か月。
 つわりが特に酷く寝込むほどだが妊娠の喜びはつわりの酷さを補って余りあるものだ。
 これを乗り越えて無事産むことができたらもうベニアの幸せな人生は決まったも同然で、例えアンドレがこの先自分の事を嫌いになったとしても子どもさえいれば絶対に別れることはないだろうとベニアは思っている。

 それにしてもベニアは本当に体調が悪かった。

(子どもは早く欲しかったけど、エメリアが死んでからの方がもしかしたら良かったのかしら。この体の本当の魂の持ち主が別の場所で生きているっていうのもこのつわりの酷さと関係しているのかもしれない)

 メイドはスープの代わりにベニアが今唯一飲めるお茶を用意することにした。
 ベッドの横で椅子に座っているアンドレはそれをベニアに手渡しながらメイドに尋ねた。

「これは何ていうんだ?」
「タンポポ茶です。妊婦に良いお茶と言われております」
「タンポポ? だったら魔女の森に行ってたくさん採ってこよう」

 それを聞いたベニアは具合が悪いのもすっ飛ぶように驚き、アンドレを止めた。

「そんな必要はありません!! 売っているもので十分だしそれにもう咲いていないわ」
「そうか? でもまだかろうじて咲いているかもしれない」
「本当に大丈夫ですから! お願いですから行かないでください」 

 アンドレは必死の形相で止めるエメリアを不思議に思うが、それよりもそんな風に必死にさせて悪いと思い、お腹の子どもにも障るのではないかと心配になった。

「行かないよ、大丈夫だ。興奮させてごめん」

 アンドレはエメリアの頭を優しく撫でた。

「あ……いいえ、私こそごめんなさい。春になったら一緒に行きましょう」
「え、春に? いいの?」
「ええ。来年の春」
 
 アンドレをまっすぐ見つめて清らかな顔で微笑むエメリア。
 アンドレはそんなエメリアが愛しくて、子どもが生まれたら三人で魔女の森に散歩に行くことになるんだろうなぁと幸せな妄想をしていた。

 

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