亡国の王女は押しかけ女房になって愛する人と結婚します~あなたがどんなに獣でも~

今井杏美

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 ソーハンが困っていたところに誰かが訪ねて来た。
 窓の外に目をやると大分日も暮れてきているのがわかる。

「俺だ、開けるぞ」
「チッ」

 今日はアーロンや仲間たちとの集会の日だ。ソーハンの部屋の下の酒場を貸し切って行われる。この酒場のオーナーはソーハンたちの味方だ。

「ちょっと、いやかなり早いけど暇だったから来てしまったよ。いい知らせもあるしね」

 カールした金髪の、大きくて少したれ目の優しそうな顔の男が慣れたように入って来てソフィアを見て立ち止まった。

「おや、この美しい淑女はどなたかな?」

 そんな言い方をする盗賊はいない。多分この男がアーロンだとソフィアは思った。

 ソーハンはソフィアの耳元で小さくもう帰れと囁いた。

 しかし若干被害妄想気味のソフィアは、今帰ったらきっと次ここに来たときにはソーハンはこの部屋から姿を消しているかもしれないと思った。
 だから言うことを聞くつもりはさらさらない。


「あなたがエリオポール公爵の息子のあのアーロンなの?」

 彼とは兄とあともう一人の四人でよく遊んでいたのを覚えている。

「……。ソーハン、この淑女は君とどういう関係なのかい」
「私はソフィアよ。覚えているでしょう」
「おい!」
「いいじゃない」
「まさか……王女殿下ですか?」


**********

「送ってくれてありがとう」
「遅くまで悪かったな」
「もう絶対に何も言わないで消えたりしないで」
「わかったよ」

 心なしかソーハンの声に元気が無くてソフィアは心配になる。

「それじゃ」
「うん。気を付けて。またすぐ会いに行くわ」
「……」

 城門前から馬に乗って遠ざかるソーハンの背中を見えなくなるまで見送ると城内に入り寮に戻った。

(今日はいろんなことがあったわ。誘拐されそうになったり、ソーハンに再会して。ティリティアの貴族たちや盗賊の人たちとも会って……)


 ソフィアはあれからアーロンに無謀な計画は止めろと言ったが、彼に止める気は全く無く、これは王女殿下だけのためではないと言われてしまった。
 それに勝算も有りもう事は動き出していて今更止めることはできないとも言われたのだ。 

 夜になって酒場に仲間たちが集まると、アーロンは彼らに王子と王女が見つかったことを報告し、ソフィア王女を紹介した。
 仲間の士気は大いに高まり、更にランシアが兵を派遣してくれるということを伝えると、心強い味方が加わったことで酒場は大賑わいになった。

 ソフィアは彼らの意気込みとランシアが派兵するという情報を聞いて、もう計画を止めることはできないんだと悟った。

 悲しい気持ちでいると数人の騎士たちがソフィアの前にやってきて徐に跪いた。
 ソフィアをはぐれさせ、フィルベールを奴隷商に攫われるという二つの失態を犯した護衛の騎士たちだ。
 彼らは涙ながらに謝罪し、二人の無事を喜び再び忠誠を誓ったが平民として育ったソフィアは大袈裟な目の前の光景に戸惑うばかりだった。

 
 夜も更けてきてまだまだ店内は賑やかだがソフィアが帰る時間になった時、アーロンがソフィアを送り届けるソーハンに話しかけた。
 最初は今まで王女の事を隠していたことに不信感と不快感を持ったと言う。
 しかし……

『だがそれもこれも王女殿下を私たちの計画に巻き込みたくなかったという君の親心なんだろう。殿下を立派に育ててくれたことに免じて今回は不問にしよう。感謝する』

 ”親心”

 彼がその言葉を発したとき、ソーハンとソフィアの目が合った。
 ソフィアはその言葉を否定したい気持ちでいっぱいだが、ソーハンはどうなのだろうかと気になった。
 でも彼は否定しなかった。

 
 ソフィアはそれを思い出す度に心が沈み、なかなか眠ることができなかった。

 
 
 翌朝

「おや、なんだか暗い顔してどうしちまったんだ? 昨日は休みだっただろう?」
「あ、わかる? ちょっと寝不足でね」
「そうか。無理するなよ。にしても相方はまだ出勤して来ないんだぜ。こんなの初めてだ」

 それもそのはず、その男は死んでいる。
 城の方は昨日の今日でまだ対応できていないのだろう。死んだということも分かってないかもしれない。

「多分新しい人が配属されると思うわ」
「マジか? ま、あいつは無口で無愛想だったから別にいいけどな」

 この赤鼻の兵士とする話に今まで一度も入ってくることなく無関心を貫いて真面目に職務を遂行していたような男が心の中ではソフィアを誘拐して奴隷として売り渡そうと思っていたとは人は見かけによらないものだ。


 ソフィアは朝食のワゴンを持って中に入った。今日はフィルベールに話さなければいけないことがある。

 しかし見渡しても彼はいない。
 そう言えば食事も九人分しかワゴンに積まれていない。
 心臓が大きくドクンと鳴った。

「あの、フィ……ルシオはどこに行ったか知っていますか?」

 昨日自分が休みだった時に何かあったのだろうか。食事中の奴隷は誰も答えてくれない。
 諦めて帰ろうとしたらその中の比較的年のいった男がボソッと呟いた。

「彼は王女のお気に入りだから」




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