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十一年前、七歳だったフィルベールは両親と別れ護衛たちと逃げる途中、ネグマ山の中でソフィアとはぐれてしまった。
暫く山に身を潜めながらソフィアを捜したがマクガイアの兵士たちが自分たちを追っている中、そう簡単には見つけることはできず。
とりあえず王妃の実家があるランシア王国へ助けを求めてからまた捜そうということになった。
フィルベールは護衛に髪を黒く染められ、密かにランシアへ向かう。
しかしその矢先、奴隷商に攫われてしまいマクガイア王国のエクシオ侯爵に買われ奴隷として生きていくことになる。
この老齢の侯爵はその後少年がティリティアの王子であることに気付くが、孫娘が王太子の婚約者であるにも拘わらず反国王派であるため王子を国王に引き渡すことはせず、後々利用できるかもしれないこともあってそのまま奴隷として自分の近くに置くことにした。
しかしティリティア王国との戦勝十周年記念式典が行われた日、たまたまエクシオ侯爵家の馬車の御者として従事していたフィルベールを見たエリス王女がその容姿の美しさに惚れ、彼を引き渡すよう侯爵に命令した。
エリス王女の要請を拒むことができなかったエクシオ侯爵はフィルベールにルシオという名前を付け、王女の奴隷として引き渡すことになった。
ルシオには正体がばれないよう侯爵家から秘密裏に髪の染粉がこの奴隷棟まで届けられている。
「生きていて良かった!」
フィルベールはソフィアのことをもう死んだかもしれない、生きていたとしても決して幸せな生活は送っていないだろうと思っていた。
国は滅び両親は処刑され、マクガイアと自分たちの運命を呪っていた。
そんな彼の鋭い目つきは嘘のように柔らかさを帯び、眦には涙が光る。胸のつかえが一つ下りた。
周りの奴隷たちはいつもとは違う二人の様子に、余計なことに巻き込まれたくはないと遠巻きに見て黙々と食事を進めている。
二人は彼らの食事の邪魔にならないよう誰もいない廊下に出て喜びを分かち合い抱きしめ合った。
ソフィアは、兄は護衛の騎士とどこかでひっそりと暮らしているのかと思っていた。
未だに手配されているということは捕まっていないということだから安心はしていたのだ。
「お兄様ごめんなさい。お兄様がこんな辛い目にあっていたなんて私、全く考えもしなかったわ! 私はなんて薄情な人間なのかしら!」
「何言っているんだ。ソフィアは小さかったんだから当然だ。私は大丈夫だ。それよりお前はあの後どうしていたんだ、今までどうやって暮らしていた?」
「拾われたの。山の中で。それから私を拾ってくれた人と暮らしていたの」
「辛くは無かったか?」
「幸せだったわ」
「幸せ……そうか、いい人に拾われたんだな。良かった。お前だけでも幸せでいてくれて……本当に……」
二歳差の兄妹は子どもの頃からとても仲が良くソフィアはいつも兄の後ろをくっついてまわり、一緒に遊んでいた。
フィルベールは王太子教育が始まる七歳になって一緒に遊べなくなった時、ソフィアが悲しそうに泣いた姿を思い出す。
だがそれも長くは続かずすぐに国が滅ぼされ逃げなければいけなくなったのだが。
再会の喜びに浸るのも束の間、フィルベールは我に返って言った。
「でもどうしてこんな所で働いているんだ。危険すぎる」
「ちょっと理由があって……」
「そんなに大事な理由なのか? できればお前はもうここに来ない方がいい。この仕事を辞めてランシアへ行け」
「ランシアって……お兄様までそんなことを言うのね」
「きっと俺たちの護衛も、他の貴族たちもランシアへ逃げたはずだ。そこでならお前も安心して暮らせるだろう」
「お兄様を放ってそんなことできるわけないでしょう?」
「シッ! 大声を出すな!」
「……それに……」
ソーハンを探さなくてはいけない。
ソフィアはなんとか兄を助け出す方法はないものかと考えながら城内にある使用人専用の寮に帰った。
奴隷の居住棟の出入り口に兵士は二人。
なんとかなりそうだがここは城内。
棟から逃げ出せたとしても城壁の外に出るにはたくさんの兵士の目をかいくぐらなければならない。
ソフィアは自分一人の力では無理そうだと肩を落とす。
万が一捕まってしまったら殺される。
でも再会できた奇跡を無駄にしたくない。
「何深刻な顔してんのよ」
二人一部屋の同室の先輩が話しかけてきた。
「え、ああ、なんでもない。今日も暑いわね」
「もう仕事には慣れた?」
「ええ。思っていたのと違って、もっとこう……汚い部屋に押し込まれているのかと思ってた」
「あんたの担当はいわゆる高級奴隷だからね。下の方は酷いもんよ」
「高級奴隷って?」
「聞いてないの? 王族とか貴族の遊び相手をしたり彼らの周りで働く奴隷の事よ」
「そう、遊び相手をするのなら楽ね……」
「はぁ。ユリは何も知らないのね。遊びと言ってもぴんきりで、そりゃあもうおもちゃのように扱われる奴隷もいれば夜の相手まで様々よ」
暫く山に身を潜めながらソフィアを捜したがマクガイアの兵士たちが自分たちを追っている中、そう簡単には見つけることはできず。
とりあえず王妃の実家があるランシア王国へ助けを求めてからまた捜そうということになった。
フィルベールは護衛に髪を黒く染められ、密かにランシアへ向かう。
しかしその矢先、奴隷商に攫われてしまいマクガイア王国のエクシオ侯爵に買われ奴隷として生きていくことになる。
この老齢の侯爵はその後少年がティリティアの王子であることに気付くが、孫娘が王太子の婚約者であるにも拘わらず反国王派であるため王子を国王に引き渡すことはせず、後々利用できるかもしれないこともあってそのまま奴隷として自分の近くに置くことにした。
しかしティリティア王国との戦勝十周年記念式典が行われた日、たまたまエクシオ侯爵家の馬車の御者として従事していたフィルベールを見たエリス王女がその容姿の美しさに惚れ、彼を引き渡すよう侯爵に命令した。
エリス王女の要請を拒むことができなかったエクシオ侯爵はフィルベールにルシオという名前を付け、王女の奴隷として引き渡すことになった。
ルシオには正体がばれないよう侯爵家から秘密裏に髪の染粉がこの奴隷棟まで届けられている。
「生きていて良かった!」
フィルベールはソフィアのことをもう死んだかもしれない、生きていたとしても決して幸せな生活は送っていないだろうと思っていた。
国は滅び両親は処刑され、マクガイアと自分たちの運命を呪っていた。
そんな彼の鋭い目つきは嘘のように柔らかさを帯び、眦には涙が光る。胸のつかえが一つ下りた。
周りの奴隷たちはいつもとは違う二人の様子に、余計なことに巻き込まれたくはないと遠巻きに見て黙々と食事を進めている。
二人は彼らの食事の邪魔にならないよう誰もいない廊下に出て喜びを分かち合い抱きしめ合った。
ソフィアは、兄は護衛の騎士とどこかでひっそりと暮らしているのかと思っていた。
未だに手配されているということは捕まっていないということだから安心はしていたのだ。
「お兄様ごめんなさい。お兄様がこんな辛い目にあっていたなんて私、全く考えもしなかったわ! 私はなんて薄情な人間なのかしら!」
「何言っているんだ。ソフィアは小さかったんだから当然だ。私は大丈夫だ。それよりお前はあの後どうしていたんだ、今までどうやって暮らしていた?」
「拾われたの。山の中で。それから私を拾ってくれた人と暮らしていたの」
「辛くは無かったか?」
「幸せだったわ」
「幸せ……そうか、いい人に拾われたんだな。良かった。お前だけでも幸せでいてくれて……本当に……」
二歳差の兄妹は子どもの頃からとても仲が良くソフィアはいつも兄の後ろをくっついてまわり、一緒に遊んでいた。
フィルベールは王太子教育が始まる七歳になって一緒に遊べなくなった時、ソフィアが悲しそうに泣いた姿を思い出す。
だがそれも長くは続かずすぐに国が滅ぼされ逃げなければいけなくなったのだが。
再会の喜びに浸るのも束の間、フィルベールは我に返って言った。
「でもどうしてこんな所で働いているんだ。危険すぎる」
「ちょっと理由があって……」
「そんなに大事な理由なのか? できればお前はもうここに来ない方がいい。この仕事を辞めてランシアへ行け」
「ランシアって……お兄様までそんなことを言うのね」
「きっと俺たちの護衛も、他の貴族たちもランシアへ逃げたはずだ。そこでならお前も安心して暮らせるだろう」
「お兄様を放ってそんなことできるわけないでしょう?」
「シッ! 大声を出すな!」
「……それに……」
ソーハンを探さなくてはいけない。
ソフィアはなんとか兄を助け出す方法はないものかと考えながら城内にある使用人専用の寮に帰った。
奴隷の居住棟の出入り口に兵士は二人。
なんとかなりそうだがここは城内。
棟から逃げ出せたとしても城壁の外に出るにはたくさんの兵士の目をかいくぐらなければならない。
ソフィアは自分一人の力では無理そうだと肩を落とす。
万が一捕まってしまったら殺される。
でも再会できた奇跡を無駄にしたくない。
「何深刻な顔してんのよ」
二人一部屋の同室の先輩が話しかけてきた。
「え、ああ、なんでもない。今日も暑いわね」
「もう仕事には慣れた?」
「ええ。思っていたのと違って、もっとこう……汚い部屋に押し込まれているのかと思ってた」
「あんたの担当はいわゆる高級奴隷だからね。下の方は酷いもんよ」
「高級奴隷って?」
「聞いてないの? 王族とか貴族の遊び相手をしたり彼らの周りで働く奴隷の事よ」
「そう、遊び相手をするのなら楽ね……」
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