上 下
2 / 16

しおりを挟む
「急に何言いだすの? 出て行けって何? 働くならここから通うから!」
「だめだ」
「やだ、絶対やだ」
「言うことを聞け! ここにずっといてもお前の将来はない」
「そんなことない。私はソーハンのお嫁さんになるのよ!」
「馬鹿な事を言うな」
「ソーハンが好きなの! ずっと一緒にいるんだから!」
「いい加減にしろ!」

 ソーハンがバンッとテーブルを叩いた。
 今までそんな風に怒られたことのないソフィアはそれだけでビクッと身がすくんだ。

「ソーハンのバカ――――!」

 泣きながら自分の部屋に走って行くソフィアを見て言いようのないイライラが込み上げてくる。

(全く、本来なら俺みたいな男と一緒にいていい身分の女じゃないんだぞ。わかっているだろう……)


 
 夜になってソーハンがベッドに入ると部屋の扉がそっと開いた。
 嵐の日以外で一緒に寝たことはないからソフィアが何かを言いに来たのだ。

「今日はごめんなさい。話があるの」
「なんだ」
「今まで働きもせずにここに厄介になっていたんだから、私働くわ」
「……」
「でも、ここから通いたいの。村で仕事を探すからだから許して」

(そうじゃないんだ、ソフィア……)

 心細げにしょぼくれた顔をして言われると言うとおりにしてあげたくなるが、ここから出て行けと言ったのは別の理由だ。

 段々女性らしく美しく成長するソフィアに、これ以上一緒にいてはいけないと本能が警鐘を鳴らしていたのだ。

 好意を寄せられているのはわかっているが、それはただの愛着だ。
 自分が盗賊の頭だと言えば恐れをなして出て行くだろうかとも考えたことはあるが、それは未だに言う勇気が無い。

 このマクガイア王国は貧富の差が激しく、平民たちは圧政に苦しみ、ソーハンが子どもだった頃は特に戦乱が激しく孤児が増えた。
 現在のマクガイア王国は長きにわたるティリティアとの戦争に勝利し、経済的に潤いが戻ってきているが恩恵に預かっているのは貴族など裕福な者のみで、貧困層は苦しい生活を強いられている。
 ソーハンの仲間のほとんどは孤児院出身で、孤児院を出ても仕事が無い者たちが集まって盗賊となったのだ。



「ソーハン?」
「……もう遅いから寝ろ」
「……」

 ソフィアはそれ以上言うのをためらい、諦めて扉を閉めて部屋に戻った。


 翌日の昼間、珍しくソーハンの仕事仲間が家にやってきた。
 ソーハンは話を聞かれたくないらしく、家の外に出て話をすることにした。
 その時ソフィアは絶対出て来るなと言われたが、そんなことを言われると余計に何の話だか知りたくなる。
 しかし玄関に耳をそばだてて聞いてもあまりよく聞き取れなかった。


「ねぇ何を話していたの?」
「なんでもない。仕事の話だ」
「ふーん」

 ソフィアは今まで一度も仕事は何をしているのかと聞いたことはない。
 ソーハンはついに聞かれるか? と構えたがそんなことはなく、それ以上話は広がらなかった。

 それからソフィアは近所のパン屋でお手伝いをするようになるがソーハンは何も言わず、出て行けと言うことも無かった。

 しかしそんな中、ソーハンは家に見知らぬ女性を連れて来るようになる。
 毎回違う女だが必ず胸が大きい。
 ソフィアは部屋に閉じこもる二人が何をしているのか具体的には分からなかったが、何だか同じ家にいていい雰囲気だとは思わなかったため、そんな時は家から出るようにしていた。

(ソーハンは胸の大きな女が好きなのね……)

 まだ成長途中のソフィアの胸はそれほど大きくはない。パン屋のおばさんに教えてもらった方法で毎日胸を大きくする体操に精を出している。
 胸の前に両手のひらを合わせて力を込めて押し合うのだ。
 胸が大きくなればソーハンも少しは自分に振り向いてくれるはずと希望は捨てない。
 そんなソフィアの苦労をいつもソーハンは笑いながら見ていた。


 いつも通りの誰もが寝静まっているある日の夜中、ソフィアが寝ている部屋にソーハンが入ってきて起こさないようにゆっくりとベッドの端に座った。

 ソフィアは半分目が覚めたが、ソーハンが何か言うのを待って寝たふりを続けていた。
 しかし彼は何を言うこともなくただ座ってじっとしているだけ。
 暫くしてベッドから離れて部屋を出て行く音が聞こえた後、なんだったんだろうとは思ったが眠気がすぐに襲ってきて呆気なく寝てしまった。


 そして翌朝目覚めたらソーハンは消えていた。
 テーブルの上にはずだ袋に入った大量のお金と少し早い十六歳の誕生日プレゼントの洋服と靴を残して。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

処理中です...