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「急に何言いだすの? 出て行けって何? 働くならここから通うから!」
「だめだ」
「やだ、絶対やだ」
「言うことを聞け! ここにずっといてもお前の将来はない」
「そんなことない。私はソーハンのお嫁さんになるのよ!」
「馬鹿な事を言うな」
「ソーハンが好きなの! ずっと一緒にいるんだから!」
「いい加減にしろ!」

 ソーハンがバンッとテーブルを叩いた。
 今までそんな風に怒られたことのないソフィアはそれだけでビクッと身がすくんだ。

「ソーハンのバカ――――!」

 泣きながら自分の部屋に走って行くソフィアを見て言いようのないイライラが込み上げてくる。

(全く、本来なら俺みたいな男と一緒にいていい身分の女じゃないんだぞ。わかっているだろう……)


 
 夜になってソーハンがベッドに入ると部屋の扉がそっと開いた。
 嵐の日以外で一緒に寝たことはないからソフィアが何かを言いに来たのだ。

「今日はごめんなさい。話があるの」
「なんだ」
「今まで働きもせずにここに厄介になっていたんだから、私働くわ」
「……」
「でも、ここから通いたいの。村で仕事を探すからだから許して」

(そうじゃないんだ、ソフィア……)

 心細げにしょぼくれた顔をして言われると言うとおりにしてあげたくなるが、ここから出て行けと言ったのは別の理由だ。

 段々女性らしく美しく成長するソフィアに、これ以上一緒にいてはいけないと本能が警鐘を鳴らしていたのだ。

 好意を寄せられているのはわかっているが、それはただの愛着だ。
 自分が盗賊の頭だと言えば恐れをなして出て行くだろうかとも考えたことはあるが、それは未だに言う勇気が無い。

 このマクガイア王国は貧富の差が激しく、平民たちは圧政に苦しみ、ソーハンが子どもだった頃は特に戦乱が激しく孤児が増えた。
 現在のマクガイア王国は長きにわたるティリティアとの戦争に勝利し、経済的に潤いが戻ってきているが恩恵に預かっているのは貴族など裕福な者のみで、貧困層は苦しい生活を強いられている。
 ソーハンの仲間のほとんどは孤児院出身で、孤児院を出ても仕事が無い者たちが集まって盗賊となったのだ。



「ソーハン?」
「……もう遅いから寝ろ」
「……」

 ソフィアはそれ以上言うのをためらい、諦めて扉を閉めて部屋に戻った。


 翌日の昼間、珍しくソーハンの仕事仲間が家にやってきた。
 ソーハンは話を聞かれたくないらしく、家の外に出て話をすることにした。
 その時ソフィアは絶対出て来るなと言われたが、そんなことを言われると余計に何の話だか知りたくなる。
 しかし玄関に耳をそばだてて聞いてもあまりよく聞き取れなかった。


「ねぇ何を話していたの?」
「なんでもない。仕事の話だ」
「ふーん」

 ソフィアは今まで一度も仕事は何をしているのかと聞いたことはない。
 ソーハンはついに聞かれるか? と構えたがそんなことはなく、それ以上話は広がらなかった。

 それからソフィアは近所のパン屋でお手伝いをするようになるがソーハンは何も言わず、出て行けと言うことも無かった。

 しかしそんな中、ソーハンは家に見知らぬ女性を連れて来るようになる。
 毎回違う女だが必ず胸が大きい。
 ソフィアは部屋に閉じこもる二人が何をしているのか具体的には分からなかったが、何だか同じ家にいていい雰囲気だとは思わなかったため、そんな時は家から出るようにしていた。

(ソーハンは胸の大きな女が好きなのね……)

 まだ成長途中のソフィアの胸はそれほど大きくはない。パン屋のおばさんに教えてもらった方法で毎日胸を大きくする体操に精を出している。
 胸の前に両手のひらを合わせて力を込めて押し合うのだ。
 胸が大きくなればソーハンも少しは自分に振り向いてくれるはずと希望は捨てない。
 そんなソフィアの苦労をいつもソーハンは笑いながら見ていた。


 いつも通りの誰もが寝静まっているある日の夜中、ソフィアが寝ている部屋にソーハンが入ってきて起こさないようにゆっくりとベッドの端に座った。

 ソフィアは半分目が覚めたが、ソーハンが何か言うのを待って寝たふりを続けていた。
 しかし彼は何を言うこともなくただ座ってじっとしているだけ。
 暫くしてベッドから離れて部屋を出て行く音が聞こえた後、なんだったんだろうとは思ったが眠気がすぐに襲ってきて呆気なく寝てしまった。


 そして翌朝目覚めたらソーハンは消えていた。
 テーブルの上にはずだ袋に入った大量のお金と少し早い十六歳の誕生日プレゼントの洋服と靴を残して。




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