無想無冠のミーザ

はらわた

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第二章 「深十島〇〇一作戦」

一章 異常な者達(3)

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 それからは特に変わったものはなく、一般的なテストが続いていく。シャトルランもあるようだったのだが、そこはミーザなので時間内に収まる訳がなく、握力のような手軽なものしかしなかった。

 緋苗とエリニュスの勝負は緋苗の全勝だった。緋苗の高い身体能力と、貧弱なエリニュス。やはりだが、エリニュスはとても女の子という感じがする一方、緋苗には頼りがいを感じる。

 もしかすると緋苗は守られるようなか弱い存在で居たかったのかもしれない。

「あ、嗣虎さん。今日はこのくらいで終わるようです」

 体育館の端っこで休憩している緋苗と違い、疲れた様子のないエリニュスは人気のない体育倉庫にいる俺にぴったりとくっついている。

 背丈の関係で見下げる形になるエリニュスの銀髪が視界の多くを占めるからか、何の気なしにそれに触れていた。

「し、嗣虎さん?」

 困惑、というよりも恥ずかしそうに見上げる。

 感触はひんやりしていて、霧でも触っているかのようにさらっとし、動かす度にほのかにシャンプーの匂いが漂う。

 エリニュスの耳は赤く、恥ずかしいのだと理解すると、俺はようやく手を離せたのだった。

「いや、別に」

 顔の熱を悟られぬように背けるが、匂いに釣られてなかなか離れられない。今度は爽やかなラベンダーの匂いがほんの少ししたので、再びエリニュスを見る。

「なぁ、香水付けてるのか……?」

 エリニュスが今度は困惑した。

「ええ、あ、はい。ほんの少しだけなんですけれど……キツかったですか?」

「そんなことはない。凄く落ち着くよ」

 これは素直に思ったことだ。前に衝撃的な体験をして、ストレスが溜まっているのかぐっすりと寝付けず気分が優れなかったのだが、彼女の匂いはそれを洗ってくれる。

 前は無臭だった気がするのだが、気のせいでなければ何がきっかけで香水を使い出したのだろうか。

「……あの、嗣虎さん。突拍子もないことを言いますが、わたしとフリアエ達の人格は確かに分かれていますけれど、みんな嗣虎さんに恋してます」

「えっと……ああ」

「だから……その……嗣虎さんの彼女というのは、フリアエだというのは分かっているのですが、別に一つの人格で収まらなくていいと言いますか……」

「……拗ねるのか、フリアエは」

「フリアエは拗ねます」

「そういうことか。難しいなぁ恋人って」

 説明するとややこしいのだが、俺とフリアエは正真正銘の恋人である。俺の認識としてはフリアエの人格が俺の恋人で、エリニュスは別だと思っていた。しかし、フリアエが嫌がるというだけで、絶対駄目ということではないのだ。

 そうじゃないか。例え人格が違っても、全部フリアエでエリニュスなのだから。

「嗣虎さん」

「なんだ?」

「ん。今なら誰も気付きませんよ」

 俺の耳に小声で呟くと、手を後ろに回して目を閉じた。

 興奮と、それを抑えるラベンダーの香りで胸がくすぐったくなりながら、抵抗のない唇に口をあてがる。

 下心から、ではなく、もっと満たされたくなってしまってか、彼女に気付かれないように舌を入れた。

「だ、駄目です……!」

 瞬間、エリニュスは俺の胸に手を当てて顔が離れた。

 てっきりエリニュスなら許してくれると思っていただけに、拒否されると驚くところがある。

 呼吸が荒く、頬をピンク色にして、目の端には涙をためており、妙に色っぽい。

「わ、悪い。嫌だったろ」

「いいえそうじゃなくて……。音を立てると見つかるでしょうし、そういうのは私には刺激が強くて声が出てしまいますので、昼休みか放課後なら大丈夫ですが……?」

 自分が何を言っているのか分かっているのだろう、さらに赤くなりながら上目遣いでチラチラと俺の目を見る。

 そう言えば、彼女は敏感な体質だと話してくれていた気がする。誰にも身体に触れて欲しくはないが、俺ならば触ってもいいとやら。

 それならば胸も触りたいなぁ。貧乳のようでそうでもない彼女の上品な胸を、不慮の事故で揉みしだく野郎共のラッキースケベよりも先にこの古代嗣虎が頂いていたという事実を作りたい。

「……そうか。じゃあ、屋上?」

「校舎裏にもそういう場所はあるんですが、屋上が良いですか?」

「絶対邪魔されたくないんだけど」

「……欲深い人」

 いつものエリニュスなら余裕たっぷりでからかってきたのだが、どうやら今回はそれがないようだ。

 それほどまでにエリニュスにとってのキスとは興奮するものなのだろうか。

 劣情が冷めるとふと考えてしまった。

 エリニュスは人造人間、一般的呼称でミーザなのだが、その中でも彼女はゴッドシリーズと呼ばれる最高級のミーザだ。国が造った世界を平和にする力を秘めており、人間よりも価値があるようなもので、もしも粗相をしでかせば最悪死が待っている。

 そんな政府のミーザとも呼べるゴッドシリーズに、恋人が出来たなどと一度も聞いたことがない。ゴッドシリーズは結婚をするのか、赤ん坊は産めるのか、恋を知っているのかすら不明で、そもそも学校から卒業するとどうなるのかも分からない。

 俺は謎と威厳を持つミーザである彼女と恋人になってしまった。であれば、もう少し丁寧に接した方が良いのだろうか。

 エリニュスは火照った身体を冷やそうとジャージのファスナーを下げ、真っ白なシャツを露わにしようとした──が、それはお腹辺りで止まった。

「……」

 どうしてかエリニュスが俺を睨んでいる。ガチの睨みではなく、少し柔らかさの混じったものだ。

「ど、どした?」

「……嗣虎、わたしではないのにキスした」

 ……エリニュスはフリアエに切り替わっていた。ファスナーを上げて全て閉め切る(ああ! 透けて見えそうだったブラジャーの形がぁ!)と、左腕に右手を当てた。

 フリアエとエリニュスを見分けるポイントは、エリニュスは声音が高く丁寧で俺をさん付けで呼び、フリアエは声音が低く俺を呼び捨てにするところだ。

「えっと、エリニュスもフリアエみたいなものじゃないか。フリアエを好きならエリニュスも一緒なのかなぁ……なんて?」

「違う、わたしと彼女は別人格。だからわたしが嗣虎の彼女」

「……嘘だろ? フリアエとエリニュスはセットみたいなものなんだろ? フリアエの言うとおり、フリアエの時だけ俺がかっこいいところ見せようと頑張ったら納得出来ないんじゃないか?」

「……」

「本当はフリアエも、エリニュスも、そしてアイザも、みんな大切にして欲しいんじゃ……ないのかな?」

「……むぅ!」

 珍しくもフリアエは左頬を膨らませ、赤くなりながら怒り始めた。

「嗣虎はそういうとき、優劣を決める。わたしよりエリニュスの方が好みだと考える。不公平、嗣虎の恋人はこのフリアエだけでいい!」

「俺フリアエもエリニュスもアイザも好きだぞ」

「それは嘘」

 なんの躊躇いもなく嘘だと言い切るフリアエに、これ以上言い争っていても俺の望む結果にはならないように思える。

 ここは一旦どうすればフリアエが納得するのか考えるべく、時間を置くしかない。

「いや好きなのは好きだが、それとは別に愛してるから。なんとなーく優しい時は優しい、お前を愛してる」

「……知らない。勝手にすればいい」

 俺はついにそっぽを向かれてしまった。

 そうかそうか。勝手にすればいいねぇ……。

 再び周りを確認すると、どうやら俺とフリアエに気付かずに自分達のことで一杯らしく、まだフリアエと何か出来そうな時間がある。

 特に今の状況で出来ることなどない。キスだってリスクがあるのだから、安易に連続でしようとは思えない。

 しかしエリニュスとはキスをしたが、フリアエにはまだしていないから怒ってきそうだな……。

「……」

「フリアエ、こっち向いて」

「……ふん」

 ……多分空気を読んだ。フリアエは俺と面を合わせて目を閉じる。

 そこで改めて彼女の肌の白さときめ細やかに整った顔の形、深く濃い青い瞳を至近距離で見れて凄い美人と付き合ってるんだなと思う。

 お姫様のようなかわいい唇はお子様の味はしなかった。
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