無想無冠のミーザ

はらわた

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第一章 「占拠された花園」

四章 まとめ

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 「し、嗣虎。わたしのこと好きなの……?」
 目の前の碧眼を涙で濡らしたフリアエは、身長差のある俺の顔を見上げながらそう聴いた。
 俺が付き合おうと言ったからにはその質問は当然で、好きだと返答しなければならないのも当然だ。
 しかし、俺の好きも、愛も、友情も、全て別の人へ贈った。フリアエには何もあげられない。
 それなのにどうして好きだと言えよう。フリアエに嘘をつくのか?
 それでも好きだと言わなければ気が済まない。好きは無いけれど、言う口はここにある。
 喜ぶ顔が見たいのだ。
「今は……好きだ」
「……うん」
「ずっと好きになる」
「……うん」
「好きだ」
「……嘘つき」
 するとフリアエはくすくすと笑い出した。
「わたしには好きになる部分が一つもない。見てて分からなかった?」


───
「(嗣虎くん! まずいですよ! 起きてください!)」
 横腹をつんつんつつかれてパチリと目が覚め、俺は前屈みの姿勢を正した。
 全体、木造で建てられた旧校舎側の体育館で、人生三度目の入学式が行われている。
 隣にパートナーの緋苗が椅子に座り、まるで社会人のような綺麗な姿勢で前を見ていた。
「(ごめんごめん、校長の話があまりにもだるくて)」
「(何を言いますか! とても良いお話でしたよ!)」
 緋苗がそう言うならそうなのだろう。ただし緋苗の中ではな。
 はぁ。にしても俺の夢、夢の中ならキスの一つ二つしてくれよ。仕方とか考えたことあってもしたこと無かったんだから練習させてくれ……。
 ロマンがないだろうが、今度図書館に行ってキスについて調べよう。下手くそなキスなんてフリアエには出来ないし、いざという時にヘタレる原因になりそうだからな。いや図書室があるか。
 ……俺っていきがってるかな。普通だと思うんだが。
 しかし待てよ、俺とフリアエは恋人になったんだよな。なってしまったんだよな? フリアエを放っておけないという理由だけで関わってきたはずが、何故恋人にまで発展した?
 はっきり言って全然好意なんかないぞ。恋にも落ちていない。下手すれば愛情もない。
 ヘラさんに頼まれたことによる義務感ぐらいしか働いていない。
 大体色があまり好みではないし、白色ってそれだけで中身を簡単にごまかせるものだからむしろ嫌いな色なのだ。
 碧眼もあまり好きじゃないな。光が眩しいんだろ、あれ。
 そもそもゴッドシリーズ自体嫌いなんだ。創造物のくせに人を創った神を名乗るのが納得いかない。家庭の事情で何百回かゴッドシリーズと会ったことがあるが、生意気で上から目線でとても悲しい目をしてたぞ。
 それにフリアエに対して好きになるというのが、どうすればなるのか謎である。
 ……逆転の発想をすれば、俺はフリアエに惹かれているのか。
『続きまして、新入生代表角馬かどうままもる、ご登壇ください』
 フリアエは……可愛い。そう、可愛いのだ。性格を度外視すれば誰でも可愛いと言う。実際に寮長も言っていた。
 お人形と表現するのは今のご時世誰にでも出来るが、それくらいのノルマは軽く越えている。ミーザに向かってお人形みたいだねとか言うのは、人造人間だから失礼極まりないが……。
 女神は美しいという印象が一般的だ。何故一般的になったのかは知らないが、ほとんどそう思っているに違いない。フリアエはその女神の子供の姿と表すのが一番しっくりとくる。
 猫や犬は赤ちゃんの時にとても可愛いであろう。それと同じで美しい女神が子供の時にはとんでもない可愛さを持つというのを伝えたい。
 生まれて一日で大人になるとか無茶ぶりな神話ばかりなので、もしかすると当てはまらないかも知れないが。
 つまり俺の彼女はそんな美少女だ。これから先どうなるのかまるで予想がつかないが、きっと俺はフリアエを好きになれる。
 いやいや、恋は外見ではないのだよ古代嗣虎君。君は大きな勘違いをしてはいないかね? 中身が良いから好きになるのだと気付いているはずだろ?
 そうなのだ。やはりどんなに思考しても中身に終着してしまう。フリアエの中身はどうだろう。
 ──多分、俺のことを滅茶苦茶好きでいてくれている。
 そう気付いた時、俺は頭に血が昇っていくのを感じた。
『続きまして、新入生ミーザ代表アレクトー・フリアエ・ウラノス・エリニュス、ティシポネ・ウラノス・エウメニデス及びメガイラ・ウラノス・エウメニデス、ご登壇ください』
「(何だ今の!?)」
「(嗣虎くん、エウメニデスはエリニュスの別名ですよ。エリニュスはそのまま口にするのは良くないとされて、普段はエウメニデスと使いますね。なのでフリアエちゃんの姉妹ですよ)」
「(じゃあなんでフリアエだけエリニュスなんだよ)」
「(ふふ)」
「(な、なんだよ)」
「(フリアエちゃんは変わってる子ですね)」
 なんというか、不思議な気を纏いながら緋苗は笑う。楽しそうでもつまらなさそうでもなくそうした後、ティシポネと呼ばれた少女を見つめる。
 俺もフリアエより先にティシポネを見た。
 ティシポネは俺をガン見していた。
 フリアエが最初着ていたこの学園のとは違う白の制服を身に、臑までの長さがある白靴下を履いている。髪は短めのボブカット。おかっぱに少し似ている。
 フリアエと同じく純白の髪に、禍々しい感覚がする黒目である。
『ごきげんよう』
 ティシポネの口が声を発さず、そう動いた。
 その隣で常ににこにこしているメガイラはマイクの前に立っている。
 ティシポネと同じく白の制服で、フリアエよりも長い銀髪。青い目をしている。というか、フリアエにそっくりだ。
 ……フリアエより可愛くないか?
 な、なんか、いきなりフリアエよりも素敵な女性を見つけてしまった。
 そしてフリアエを見る。
 目隠しをしていながら、その目先は俺を向いている。ティシポネと同じく口を動かし、俺に無言のメッセージを送る。
『わたしに夢中にさせる』
 どうやら、俺の頭の中は読まれているようだ。
「春の季節を迎え、私達新入生は田本学園高等学校という新たな段階へ足を入れることが出来ました」
 メガイラが挨拶を始めた。
「皆様が選んでくださった私達ミーザの喜びを、代表して伝えます。この上ない喜びです、ありがとうございます。ここから私達ミーザは新入生様のかけがえのないパートナーとして助け合う精神を持ち、一生共に幸福を歩む為の準備段階であるこの高校で、笑顔を持って皆様と活動をしたいと思います」
 そこでティシポネがメガイラと交代し、少し笑みを作って再び話し始める。
「この年頃ではミーザとのパートナー契約により、皆様も私達も大人と言って差し支えません。働く者に対する給料の金が、どれほど大切なのかを深く知るのが必然だからです。皆様と私達がパートナーとなるのはこの貧しい世界でバイトなどの仕事で得た金を共有し合い、ルームシェア、またはシェアハウスで二人で一つの寝床を確保し、人として生きていくための十分な生活をする為なのです。一人ではこの世界はあまりに生き辛い、それでも一人で生きていたい人は居るはずだけれど、せめて一人の共有者くらいは勘弁してくださいと言っているのです。そして皆様が選んでくださったミーザは異性の選択も可能です。人とミーザとの間の産み子に、大分昔は反対する人は数多くおりましたが、今はあまりそのようなお堅い人はおりません。つまり、皆様のような子供があまりに少なく、人類が最終的に滅亡してしまうような状況だからです。私達はこの場でも伝えましょう。私達は人として生きる皆様のパートナーであり、最高の家族です。私達ミーザを、どうか、どうか偏見なく受け入れてくださいますようよろしくお願い申し上げます」
 そして、フリアエの番が来た。
 俺は自然と握り拳を作り、フリアエを真剣に見守る。
「わたし達は人々の癒やしとなります。喜怒哀楽の全てを一緒に築き上げます」
 その時のフリアエの声は他の二人の誰よりも優しく、慈悲深く、どんな傷も癒してしまうくらいの女神のような声だった。
 俺が今まで接してきたのは、本当はこんなにも美しく、可憐で、胸を締め付ける程の狂おしい優しさを持ち、時に激怒する魅力的な女の子であった。
「この高校ではいくつもの新しい部活、新しい行事、新しい規則があります。その厳しさも苦しさも、人とミーザならばどんなことでも楽園となれましょう。クラスとなって繋った時の安堵、みんなと目指す目標までの信頼、協力し合った後の達成感はなににも代え難い青春です。それを知るからこそ、私達はこれからが楽しみでわくわくします♪」
 この瞬間に破壊力抜群の笑みを浮かべやがるので、俺は心臓が破裂しそうになる。可愛すぎたのだ。
 そして女神のような声で可愛らしい声を出すのはやりすぎである。
「校長先生、お世話になります教員の方々、これからたくさん見習わせて頂きます上級生の方々、そして──」
 そこでフリアエは目隠しをするりと外し、優しげな目を俺に向けた。
「大切なパートナー……の皆様、全力で支え、勉学に励んで参りますので、どうぞよろしくお願いします」
 ……言い終えた後には静けさが場を埋めた。
 その空白の時間でティシポネがフリアエの目隠しを受け取り、フリアエに付け終えたところで司会がマイクに声を発する。
 俺は、この入学式が終えるまでフリアエのことしか考えていなかった。



───
「入学式が終わりましたね。ついでに明日、私達の組となる場所が書かれたプリントなどが渡されましたので、私は手が塞がってしまいました。仕方がないので持ち帰ります。昼が大きく空いていますから、嗣虎くんはフリアエちゃんと遊びに行ってきてください。フリアエちゃんにはご褒美が必要でしょう? 私なら白火となぐりあ……お茶会を開きますので心配は入りませんよ。それでは、私は帰りますから」
 体育館を出たところで緋苗がそう伝えきると、笑顔で手を振りながら俺から遠ざかる。
「……」
 なにも言うことが思い付かない。緋苗の姿が見えなくなるまで手を振り返した。
 さて、入学式が終わって新入生は帰り始めた。時間はまだ午後を過ぎておらず、自由な時間が多くある。
 俺はこれからどうしようか、そう悩むべくなくすぐにフリアエをさがそうとした。
 恐らく、フリアエは先生方に挨拶をしているだろう。体育館前で待っていれば、すぐに会える。
 晴れてはいないが空でも眺めて過去を振り返ったりしようかな。
「しーっとら! お待たせ!」
 とんでもなく可愛い声がすぐ耳元で聞こえ、あわてて振り返った。
 そこにはにっこにこなフリアエが居た。目隠しの布を左手に持ち、この学園の制服を着ているので間違いなくフリアエだろう。
 テンションがあまりに不似合いだが。
「フリアエ……? えらい早かったな」
「あのね、メガイラとティシポネの姉さんが頑張ってくれてるから必要なくなったの! だから待ってくれてると思って急いで来たよ!」
 雰囲気がフリアエのものではないのだが、喋り方がフリアエみたいだ。確かにフリアエとは違うが『だから』の使い方がフリアエそのものである。
 それに変わると言っていたから、これがフリアエなのでは……?
「それでどうだった? ゴッドシリーズらしく出来てたかなー?」
「そりゃあもちろん。見惚れたぜ」
「よかったぁ。ティシポネの姉さん以外はああいうの嫌いだったんだけど、しとらが居てくれたから頑張れたんだよ。実はね、しとらを見かけた時からビビン! と一目惚れだったの。しとらだからこそ、嬉しいこともあるから、その、ご褒美としてキスさせて……?」
 恥ずかしげもなく……という訳でもなく、頬を赤く染めながら、しかし視線をそらさずにそう言う。
 その時になって髪の長さが若干長くなっていることに気付いて、それでもフリアエだろうと思ってキスをしたくなった。
 どうしてだろうか、妙に好きになれる。
「フリアエがそうして良いなら、俺は……したい」
「うん──これは当然のキスだから」
 そうして、俺はフリアエの肩に手を置き、俺とフリアエは見つめ合ったまま唇で触れ合うことで体に熱を注ぎ合う。どちらともやめる気は無く、誰かに見つかるまで続ける気であった。
「しとら……どう? どんな感じ?」
「フリアエはこんな色っぽいキスはしない。ストレートな愛情をぶつけるキスしかしないぞ」
「しとらに喜んでもらいたいだけだよ」
 だが、気持ちの相違で唇は離れる。フリアエは興奮で目の端に溜まった涙を俺のブレザーにこすりつけて拭いた後、間近のまま離れず見つめ合う。
「しとらのこと、骨抜きにするのはあたしだから」
 瞬間、冷たい風が俺を斬りつける。音も体温も残さず、素早い動きで何も残さず目の前からサッと消えた。
 しかしそれはただの表現であり、実際には音も体温も残しているし、そんなに素早く消え去った訳ではない。去るタイミング的に早いせいでそう感じたのだ。
 目で追えばまだ近くにフリアエはいる。早足で追えば近付ける。
 明らかに追うべきではない状況で、俺はフリアエを追いかけてしまっていた。
 手をフリアエの右肩に置くと、フリアエは俺が初めて見る顔で振り向いた。何も練られていない、ちょっとだけびっくりしたようななにというものもない素の表情だ。
「し、嗣虎さん? な、何でしょうではなくて、その、『なに』?」
 フリアエは混乱しているようだった。
 口調も聞いたことがないものとなっているが、それがフリアエの素の口調としか思えないほど自然なもので、今までのフリアエが本当はどんな女の子なのか、もしかするとこの時にその答えがあったのかもしれない。
 そう、体育館前で出会っているフリアエは壇上でのフリアエ、メガイラ、ティシポネの三人の内、どう見てもメガイラっぽかった。
 もしかしたらメガイラがフリアエのフリをして俺をからかいに来たのかと頭の片隅で疑っていたが、なにか違和感があったのだ。
「フリアエに伝えておくべきこと、忘れていた」
「だ、だからなに?」
 顔を赤くして、眼孔が鋭くも潤んだ瞳を俺の目に向ける。
 この恥ずかしいのに意地を張って対抗しようとする表情、それが出来る人は極めて限られている。
「好きだ、フリアエ」
「……………………嘘つき」
 そしてこうやって、好きと言っているのにちっとも嬉しくなさそうに嘘つき呼ばわりするのも、俺は一人しか知らない。
 言おう、多分この後なにかが起きる。
 それは置いて、俺はフリアエの髪を撫でて機嫌を取り戻すことに取り組む。もちろん付き合ったばかりでこんなことして大丈夫なのかは保証出来ない。
 しかし、俺がフリアエの髪を触りたかったという欲求もあるので、拒否されても怒ることはない。
 ……フリアエは頭のいい女の子だ。俺の髪を撫でるという行為で、俺の心理的な部分で悪いところを見つけるかも知れない。不安が出てきて、髪を撫でるのをやめて今度は普通に頭を撫でた。
「……」
 何故か俺への視線が冷たくなる。一体どうしたというのだ。あーう☆
「ふ、フリアエ?」
「別に……嫌ではないけど……。嗣虎が中身より外見を気にする人なのだと再認識したから落ち込んでいる」
「そ、そそそうなのか?」
「わたしの髪を撫でるのを途中でやめたでしょう?」
「ぐっ……確かにやめたな」
「興味が無いからやめることが出来たということ」
「う、確かに」
「嗣虎にとって、わたしの外見が好みではないのはもう分かった。残念。泣く」
「うわあごめんごめん許してくれ!」
「最低。嗣虎、わたしの言ったことを認めた。酷い、本当にそう思っていたなんて。これならばエッチなこともしてあげられない。死ぬ」
「え、エッチだと!?」
「数日後には女の子の胸がどうなっているのか、確かめさせてあげていた。わたしの身体は感度が良いから誰にも触れて欲しくないけど、嗣虎なら良いと思っていたのに。こんなに喋るのも嗣虎の前だけ、キスも嗣虎くらいにしかしない。腕組みした時にサービスで横乳くっつけようとか色々考えていたのに……」
「ちょっと待った! フリアエ、待ってくれ!」
「なに?」
「好きだ」
「嘘つき」
「本当だって!」
「信じられない。だって嗣虎は変態さんだから」
 と、気付けばフリアエは笑っていた。やらしいことを本心でも無いのに言いながら、それに付き合う俺とのやり取りがおかしくてだ。
 可愛かった。これは新しい魅力だと思う。笑うということを知らなさそうな顔のくせに、笑えば女子でも好きと告白するのではないだろうか。
 俺も好きになれる。
「嗣虎はわたしのこと好きではないでしょう?」
「好きだって」
「くすくす、嘘つき」
 そう言うと、俺の手に指を絡め、軽く引っ張りだした。
 安心しきった暖かさが伝わり、いらない心配をしていた別のことは忘れることにした。
「嗣虎のせいで計画が狂った。だからもう一緒に行こう? 今日は嗣虎にわたしのことをたくさん知って欲しい」
「……そうか。楽しみだ」
「心配はいらない。本物のフリアエだから」
 すっかりフリアエらしくなったフリアエに、俺はこの時になってフリアエの言っていたことを理解した。
 本当に好きだったのなら、あの時にキスなんかしない。
 フリアエとマジの恋人繋ぎをしながら学校を出た俺は、どこかへ向かっていた。
 校門からそう離れていないところで、そういえば、と続けて、
「目隠しはいいのか?」
 と聴くと、そのことを忘れているようだったフリアエは左手に持つ布を自分の右手にリボン結びをし始めた。
「平気。嗣虎が隣に居てくれるなら」
 するとフリアエが密着した。身体の体重を少し乗せるように寄られ、普通では感じれない妙な柔らかさを感じる。
 ああ、そうだった。フリアエって貧しい訳ではなく、体とのアンバランスが生じないギリギリのラインで豊かな物を持っているのだ。
 かと言って、一度も太くなったことが無さそうな細くて小さな体をしているのだが、これは人間の女からしたら抹殺対象である。
 俺にとっては天国にいるのではないかと勘違いするが。
「フリアエは……抱き締めたくなる体をしてるよな」
「あえて抱き締めないのが興奮すると思う」
「……そうだな。あえて邪道を行くともっと興奮するな」
「例えば、嗣虎さえよければ、将来眼孔姦がんこうかんしてもいい……よ?」
「……」
 なんだ眼孔姦とは。初めて聞いたのでどう答えればいいのか迷ってしまう。とりあえず頷けばいいのだろうか?
「えっと……」
「眼孔姦は、嗣虎のモノを、わたしの片目に突っ込ませてぐちゅぐちゅする性行為。気持ちよくは無いだろうけど、とても興奮すると思っている」
「そ、そんなこと出来る訳無いだろ」
「片目一つ、嗣虎との交わりで無くなってもいい。こうすれば嗣虎はわたしを好きになれる」
「ならねぇから!」
「嗣虎、わたしを独占したくないの?」
 妙に本気で言うので、眼孔姦をしたときの光景を想像してしまう。
 シチュエーションはこうだ。俺のモノが入りやすいようにフリアエを跪かせ、先をわざと目の回りに擦り付ける。恐怖と信頼が混ざったなんとも言えない顔に、犬が主人の顔をペロペロと舐めるように目以外を擦るのだ。そして油断した所で、一気にぶち込み、涙と血の混ざった大量の液体がモノの周りから流れてくるのである。まだ正常な片目の苦痛の瞳を見ながら俺は愉悦に浸り、腰を振ってフリアエをいじめ抜く……。
 いいな、と思った。
 恐ろしくも。
「う……」
「なに?」
「……そんなこと、フリアエを傷つけるだけだ」
「簡単に言えば紙に文字を刻むのと同じ意味。わたしが言っているのは酷いことではないよ」
「……うう」
 この時、あまりに可愛い笑みを浮かべるので、本当は駄目だと分かっていながらも、確固たる否定が出来なかった。
 異常性癖なのは分かっている。本番でも最初は躊躇するくせに実際にやり遂げてしまう自分の性格も分かっている。
 否定しながら、いいなと思っている人間なのだ。
「フリアエは、失明しても構わないんだな……?」
「嗣虎ならいいから」
「じゃあ…………いつか」
「ありがとう。大好き」
 幸せそうだった。怖いことを俺ならばいいと言って、好き同士になる為に犠牲を生むのを後悔していなかった。
 冗談ではないのだ。
 俺は……フリアエに何かしてあげられないのだろうか。それをまた考え始める。
「今からどこへ行くんだ?」
「嗣虎が気に入りそうな所」
 俺が気に入るところか。まさか、女がたくさんいるところとは思っていないよな?
 これからフリアエを好きになる為に色々考えようとしているのに。
「フリアエには、俺はどう見えてるんだ?」
「嗣虎を?」
「ああ」
「難しいことを始めに言えば、鉄塔」
「鉄塔ねぇ」
「わたしが一生殴り続けても倒れないくらいの立派な鉄塔。きっと火や金鎚、爆弾を貸してもらえばなんとか崩せると思う。でも、わたしはそれをすることはない。それは嗣虎が一人で築き上げたものだから。崩すならわたし一人でと思う程の、美しい塔だから」
「なんだか……嬉しいな」
「わたしと嗣虎は月と太陽くらいに違うけど、根はこれ以上無いくらいの一緒だと信じている」
「はは、ありがとう」
「他はゴミ箱みたいに見える」
「いきなりとんでもないことを言うぜ」
「わたしにはそう見えるから。ゴミはその人にとって不必要な物だけれど、嗣虎にとってはそれをゴミと思わない。だからゴミ箱と表現した。嗣虎は自分の立場を理解しながら、ゴミ、つまり少数派を全力で支える人。わたしはそんな嗣虎の為なら、ゴミになってもいい」
「そうか」
「後は、小賢しさに寄った聡明な所」
「これまた微妙な表現だな」
「嗣虎は自分の実力を隠し、偽った力を使って自分を誰とでも接触が出来る状態にしている」
「へぇ」
「やるべきことをやらないことで、自由を利かせているというのがしっくりくる」
「ふぅん。そうなのか」
「嗣虎はわたしをどう見える?」
「フリアエは……可愛いよな、意外と」
「可愛いの?」
「いつもあの白い制服を着てたから服装に関してでは無くてさ。容姿はもちろん可愛いけれど、その、恥ずかしがり屋だよな」
「……どうして?」
「上手く表現できない」
 表現してしまったらキモイと思われそうだからな。
「この腕組みとか、本当は凄く恥ずかしがってるんじゃねぇのかな……と思うんだけれど」
「……! 嬉しいから!」
「え?」
「恥ずかしい訳ない!」
 すると、フリアエは俺から見えないように顔を背ける。
 おかしなものだ。俺からは恥ずかしがっているようにしか見えない。
「なあ、こっち見ろよ」
「嫌!」
「俺はさ、そんなやってることと思ってることが食い違ってるところ、結構気に入ってるんだぜ」
「くぅ……!」
 うなり声が聞こえた。初めて聞く可愛らしいもので、ちょっとした高揚をしてしまう。
「馬鹿。もう口をきかない」
「えぇ!? 困る!」
「……」
「本当に口をきかないのか!?」
「……」
 困った。
 ちょっと頭を下げて下から顔を覗くと、物凄い無表情になっていた。
 頬が少し赤らめてはいるが、感情を感じないほどの無。どこかでこんなフリアエを見たことがある気がするが、とにかく機嫌をなおして欲しい。
「フリアエ……聞こえてるだろ?」
「……」
「悪かった。フリアエのことをそんな風にするつもりは無かったんだ」
「……」
「ちょっとした悪戯気分でさ、許してくれ……」
「……?」
 フリアエが俺を見上げると、不思議そうな表情で首を傾げた。
 ……ん?
 なんか、フリアエっぽくないぞ?
「あのさ、」
「……??」
「フリアエだよな?」
「……!」
 フリアエは首を振った。
 ?????
 なんか見たことあるなと思ったら、このフリアエは初対面の時のフリアエではないだろうか?
 初対面の時ではあんな無口だけれど、心を開いてから喋ってくれたのかなと思っていた。しかし、そういうことではないとしたならば?
 誰だこの子。
「なぁ、俺と初めて会った時のこと、覚えてるか?」
「……」
 フリアエは頷いた。
「フリアエっていうのは、どういう理由で人を睨むのか、よく分からない子だと思っていた。頼るものはすぐ頼り、怖いものにはすぐに牙を剥く。なんかな、本能剥き出しだなって」
「……」
「けれど、いつの間にかフリアエは変わってた。変だけど可愛い女の子になっていた。その変な部分はフリアエの魅力が一杯に詰まってて、惹かれたことは事実としてあった」
「……」
「別だったんだな、けれどさ。なんか雰囲気が違うから」
「……」
 フリアエは何度も頷いた。
 そうされると、本当にフリアエではないのだと納得できた。初めて出会った、本当の子だ。
「フリアエは今、なにしてるんだ?」
 するとポケットからメモ帳と短いペンを取り出し、ペンを握り持ちしたまま綺麗に字を書く。
『拗ねてる』
 普通に書きやがった。
 ……これってフリアエの別人格とか? あまりに異変なのでかまをかける。
「フリアエの人格は何人居るんだ?」
『三人』
 多重人格をあっさり認めた。
 そしてこれからどう付き合えばいいのか全く分からなくなった。
「俺はお前をなんて呼んだらいいんだ?」
 フリアエは握り拳を顎に当て、数秒悩むと書き出す。
『アイザ』
「どういう意味だよ」
『『Iあい』と『』で、『私が座』という意味。嗣虎の座はわたし』
「今作ったのか!?」
『作った』
 なんということだろう、このフリアエには元々名前が無く、今作ったらしい。でなければ『アイザ』などという名前が生まれる訳がない。
 というか本当に多重人格だというのか?
「アイザ……」
「……?」
「本当にフリアエじゃないのか?」
「……!」
 やはり頷く。
 認めよう。フリアエは多重人格だ。
 そしてこのアイザには、どう接しようか悩むが恋人らしく振る舞うことにする。
「フリアエ……じゃなくてアイザ。なんで喋らないんだ?」
『上手く喋られないからだよ』
「試しにお喋りしてくれよ」
『嗣虎がして欲しいならする』
 アイザはメモ帳とペンをポケットにしまい、こほん、とすると口を開けた。
「ろお? しろらのいうろおりにしゃべっらよ!」
 尊い。
 声自体はフリアエのままだが、喋り方と声の高さから別人に聞こえる。しかも胸の中が熱くなるというか、萌え死にそうで仕方がない。
 俺は思わずアイザを抱きしめてしまった。
「しろら……?」
「ご、ごめん、つい」
 と言いながら解放する気は全くない。
「いゅーっれしらいなら、すいならけしれいいよ? しろらのらめならなんれもしれあえる!」
 ニュアンス的に俺の為ならなんでもすると言っているようだ。しかもこのままでも問題ないとも言っているようだ。
 可愛い。
「しろら、フリアエよりもわらしを選んれ。しろらの言うおろなら、全れするよ!」
 が、フリアエとアイザは別人格である。愛し合えるのもフリアエの体ではなく、この人格である。
 もしもここでアイザにキスをしたならば、それはフリアエを裏切ることになるのだろうか。
 ……このアイザはフリアエと同じことを言っているんだよな。
「アイザ、俺はフリアエそのものを好きになりたいんだ」
「……」
「フリアエもアイザも、そしてもう一つの人格も、三人とも愛させてくれないか?」
「らめ、ひろりらえ」
 一人だけ、と言っているらしい。
 そんなこと言われたって、まだ数一〇日も過ごしたことがないのに、決められる訳がないじゃないか……。
 急展開過ぎるんだよ。
 大体、多重人格だとしても、それは同一人物ではないのだろうか。
「無理だ」
 フリアエの体で、自分が別人だと言われても、完全に離して見られる程狂ってはいない。
「俺は三人とも好きになる」
「……ひろい。ひろいよしろら!」
「……ああ」
「おんなおりょうらあらいいさなおろもらろ思っれるんらよね? わらしはらら、ふらんをすうなうしようろ思っれおんなふうになっれるのに……! すいなひろうらい、一緒になりらいのに……!」
 ほぼ聞き取れない。
 俺がアイザを変な奴だと思って、一緒になることをさらりと避けている。そんな風なことを言っているようだった。
 確かにそれは思ってはいた。しかし、アイザは事前に上手く喋られないということを伝えてある。その瞬間で、アイザを馬鹿にすることなどあってはならないのだ。
 俺はまだアイザのことを知らない。なんでもするからと言って、そのまま付き合っては、きっと誰でも付き合ってしまう。
「アイザ」
 手をアイザの頬に添える。
「……?」
 ──けれど、フリアエ自体が俺の恋人だ。
 アイザの唇は、少しだけ刺激が強かった。
 ──数一〇分後、アイザの雰囲気は変わった。
「嗣虎、なんでキスしたの?」
 いつも通りのフリアエだ。
 繋いでいるフリアエの手を少し遊びながら、それでも真剣半分に答える。
「すまない。フリアエのこと、ごちゃごちゃしてた。どっちも良いと思ったんだ」
「……本当に多重人格だから。わたしには人格のストックがあって、主人格は定まっていない。だから、アイザと一緒にしないで」
「けれど、フリアエとアイザは似てるよな」
「全く似ていない。アイザの方が私よりも優しい」
「……そうなんかな」
「どういうこと」
「フリアエでも、アイザでも、考えることは一緒だと思うんだけれどな」
「……そう」
 怒ることは無かった。それと、少しだけフリアエのことを知れた気がする。
 繋がった気がするのだ。
 その後すぐにフリアエから肩をつつかれた。
「嗣虎、おねだりしていい?」
「なんだ?」
「んー」
 立ち止まり、目を瞑って口を少し突き出す。
 周りに人がいないか調べた後、俺はそれに応えた。
「ありがとう。目的地にはもう近くだから」
 満足そうな顔になると、俺を引っ張るように前を歩いた。
 というか、本当に近くだったのだけれど。
 着いた場所は普通の一軒家と比べて少し大きいくらいの、店っぽい建物。いかがわしさなどは感じられないが、ここがどこなのか予想がつかなかった。
「嗣虎」
「ど、どうした?」
「わたしは人格を代えるから、あまり変なことしないで」
「ああ、分かってる」
「──なんて冗談ですよ、嗣虎さん。わたしの彼氏なんですから堂々とすればいいんです」
 突然、フリアエは雰囲気をがらりと変える。
 フリアエは控えめに俺に腕組みし、中へ入った。
 そこは机と椅子ばかりの休憩所みたいなところだった。カウンターらしき部分は見当たるが、品物を出すことを目的にはしていないような貧相さだ。
「こんにちはー! お手伝いをしに来ましたー!」 
 フリアエらしからぬ元気な声が響くと、カウンターの奥からえんれぇべっぴんせぇがでぇできへぇた。
「アレクトー様! よくお越しくださいました!」
「いーえいーえ、そんな畏まらないでくださいな。あなたもわたしも同じ人間だってんですから」
「そんな恐ろしいこと! ゴッドシリーズに比べたら私なんてとても……!」
「わたしは雑に扱われるくらいが性に合うんですよ。ささ、皆さんを呼んできてくださいな」
「は、はい! 少々お待ちく……じゃなくて、……ちょっと待っててね?」
「はいっ!」
「分かった。ちょっと待っててね!」
「頼みますよー!」
 カウンターの別嬪さんは強張りを緩めると、なにやら奥の方へと入っていった。
 というよりも、フリアエではない。この少女は誰なのだ?
「あらあら嗣虎さん? 何を混乱されているんです、わざわざ種明かしをした意味がないですよ」
「え?」
「わたしは多重人格です、アイザでなければあなたの知っているフリアエでもありません。壇上で目を合わせたこと、ありますよね?」
「まさか、お前は!」
 フリアエの体は華麗に回転し、止まった後にスカートの端を上げてお辞儀をした。
「また会いましたね。アレクトーと名付けられましたが、別に好きではないんですよ、その名前」
「あ、アレクトーということなのか……?」
「ええ、名前としてはアレクトーとするのが良いのかもしれません。ですがあえて名前を作るなら、やっぱりオリジナルのものが良いですよね」
「……?」
「つまり、わたしの名前は一号機、二号機と名付けられているのと同じなんですよ。フリアエという名前はなんとか自分で確保しましたが、定員が三人と多いですから省いてしまってんです」
「そうなのか……?」
「ですから、新しい名前を考えました。今日からわたしは──あ、やめました」
「どうした?」
「一ヶ月後に教えます。それまではエリニュスと呼んでくださいな」
「あ、ああ」
「──お待たせしましたー!」
 丁度エリニュスとの会話が(そう言えば、エリニュスってそのまま口にしてはいけない名前だったと聞いたことがあるぞ)区切りの良いところで終わる頃、奥から複数人が出てきた。
 なんということだろうか、美女の集団であった。
 それはそれはもう見るだけで血が沸騰するほどの美女揃い! 楽園とはこのことを言っていたのだ。
 と、別に俺はある言葉を思い出していた。
「なあエリニュス、俺が気に入る場所って……」
「さあ、分かりません。わたしはフリアエではありませんので」
 頭が切れている。天才かフリアエ!
 美女達の中の一人、さっきまでエリニュスと話し合っていた別嬪さんが俺達に駆け寄る。
「お待たせ! 自己紹介がまだだったね、私は八代目ジルダ。ジルダシリーズを束ねる者だよ」
「あ、初めまして。古代嗣虎です。兄達がジルダシリーズのお世話になっております」
「おお、あの古代様達の弟さん! いつも爆買いしてるからよく知ってるよ! 今一五だよね? タメなんだから軽くいこうよ!」
「はは、その割には……エリニュスには畏まっていたが?」
「先代と代わったばかりで、よく付き合い方が分からなくてね」
「あははははは。仕方ないんですよね、ゴッドシリーズの前では当然のことです」
「エリニュスのその態度気にいらねぇなぁ」
「わぁ! 嗣虎さん酷いです! わたしのオリジナリティを崩さないでくださいな!」
「で、さ。嗣虎君が良ければだけど、ジルダシリーズはいかが? きっと自分と一番相性が良いミーザが見つかるし、古代様との関係で私でもオーケーなんだけど……」
 気付くとジルダは俺に売り込みをしようとしていた。
 確かにジルダのやり方は正しい。人のほんの少しの信頼さえ得られれば即利用して社会貢献をしているのだから。それにこのタイミングであれば事情を理解できる上に判断をする時間も得られる。
 しかし相手が悪かった。俺の隣にいるのはゴッドシリーズながら俺の彼女なのだから。
「あらあらジルダさん? 何か勘違いさてれません?」
「アレクトー?」
 ジルダは首を傾げた。
 当たり前だ。ゴッドシリーズが俺の彼女だと思考する脳がある奴は相当イかれている。
「嗣虎さんにジルダシリーズは必要ないんです」
「……え?」
「わたしが嗣虎さんとエッチして沢山の子供を産むんですから」
「……アレクトー、嗣虎君と……恋人?」
「はい♪ どんなフラグだってバッキバキの仲ですよ!」
「フラグ……?」
「恋人と打ち明けると大体破局して男の人が別の女性と付き合うじゃないですか。ですが嗣虎さんはわたしとずぅーと一緒ですよね♪」
 フリアエではない、エリニュスらしい全ての色の花言葉を含めての紫陽花のような笑顔を向けられ、むず痒さがありながらも納得して頷いた。
 エリニュスは分かっていながらあえてするのだ。こうすれば気に入られないだろうと知りながら、『それを抜きにしてわたしはどうなの?』と伝えているようにわざと気に入られないことをする。
 正直好きだ、そういう非常識の中で価値を見いだす人は。
「エリニュスの言うとおり、俺にジルダシリーズは間に合っているぜ」
 するとジルダは残念そうな顔をした。未練たらしく爪を噛み、
「……アレクトーの性格はよく分かった。汚い性格だけど、嫌いじゃないよ」
「そう言われるとわくわくします♪」
「やっぱ嫌いだね、ははは。今度からお互い本当の顔を見せ合おうじゃない。その前に仕事なんだけど」
 しかしすぐに気分を良くする。
 ジルダは手を後ろの美女達に向け、元気よく依頼した。
「このミーザ達を男共に売って欲しいんだ!」
 ──それがジルダシリーズの役目である。
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